真打ち登場

 レーベルから出頭してきた万年工場長は小太りでしっかりした体躯の初老の男だった。首都圏有数の規模を誇る産廃業者の番頭格だけに人品にゆとりが感じられた。

 「ほんとうにこのたびは申し訳ございませんでした」万年が慇懃な物腰の中に相手を値踏みするような眼差しをまっすぐに向けてくるので、伊刈もいい加減な対応はできないと感じた。

 「正直に申し上げておきますが、この現場についてレーベルの関与が特定できたわけではなく、介在した可能性のある業者のうちの一社に過ぎません」伊刈の説明を聞きながら万年はしみじみとした顔で見返してきた。業界をしたたかに生き抜いた経歴とそぐわない不安な表情が憎めない印象を与えた。

 「当社の関与は明らかではなくても撤去には協力させていただきたいと思います」万年もまた目前の問題の火消しにやっきだった。とにかく一件落着にするようにと社長の命を受けてきたのだろう。

 「それはとても助かります。この現場ではもう一社調査している会社がありますので共同撤去となります」

 「大和環境さんですね」

 「ご存知なんですね」

 「とても立派な会社です。不法投棄するなんて何かの間違いだと思います。もう認めたんでしょうか」

 「まだ調査中です。それにしてもみなさん立派な会社だとおっしゃいますね」

 「新潟では一番の会社なんです。今度の問題で大和環境はどうなるんでしょうか」

 「レーベルと大和環境の取引関係についてご説明いただけますか」

 「以前はうちの最終処分をすべてお願いしておりました。最近はそれほどの量ではございません」

 「それは最終処分場が満杯になったからですか」

 「満杯ではございません。当社の規模が大きくなったものですから大和環境さんだけでは足らなくなりました」

 「なるほど」

 「今回の事件ではどのような処分になるのでしょうか」

 「レーベルの関与はまだ明らかではありません。うちの事務所としては現場の撤去に協力をしてもらえればと思います。撤去されれば調査する意味がなくなりますからそこで一件落着にするつもりです」

 「本課へのご報告とかは」

 「不法投棄の関与が明らかな会社は行政処分や刑事告発の対象になるかもしれません。撤去協力なら報告しません」

 「そうですか」万年は安堵の表情を浮かべた。「その撤去なんですが当社の協力会社にやってもらってもかまわないでしょうか。当社が直接やるといろいろ噂も立ちますから」

 「かまいませんよ。どんな会社ですか」

 「昇山という会社です。最終処分場を建設中の太陽環境の営業窓口になっている会社なんです。今から呼んでいいでしょうか。駐車場で待っておりますから」

 「どうぞ」

 万年はいったん部屋を出てレーベルの撤去を代行するという白馬の騎士を連れてきた。

 「このたび許可申請をさせていただいております太陽環境のお世話をさせていただくことになりました昇山の横嶋と申します。今回のレーベルさんの問題については私どもにぜひとも協力をさせていただきたいと存じます。これはそのこれから犬咬市さんにお世話になるほんのご挨拶がわりのボランティアでございます」高級スーツをお洒落に着こなした長身で見栄えのする紳士が慇懃この上ない挨拶をした。終始にやにやしているのは愛嬌とも受け取れたし、人を小ばかにしているとも受け取れた。

 「協力というのはレーベルが撤去する廃棄物を太陽環境が受け入れるということですか」

 「そうでございます。ただ私どもは安定型処分場でございますので、難しいものにつきましてはしかるべき処分先を手当てさせていただきとうございます」もったいぶった敬語を使いこなす横嶋は昇山の社長の名刺を出した。ところが後日に見返してみると代表取締役とは書かれていなかった。ずっと後になって真のオーナーが登場するまで、さすがの伊刈も横嶋が代表取締役だとうっかり信じてしまった。実は横嶋はとんでもない食わせ物だった。二重にも三重にも嘘の防塁を張り巡らせた天性の詐欺師で、かかわった者すべてを手玉に取ることになる。だが、その時はそんなそぶりはおくびにも見せなかった。

 「昇山は不法投棄とは関係がない撤去協力者という扱いにしますよ」

 「ご配慮ほんとうにありがとうございます。万年は深々と頭を下げた。この後次々と証拠が発見され首都圏最大の不法投棄センターとして馬脚を現すことになるレーベルにとって、扇面ヶ浦事件は受難の第一幕にすぎなかった。

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