ダミーラベル

 広域農道北側現場から収集したダミーラベルの調査をするため、伊刈はマンダリンボトラーズのお客様相談室の電話番号をネットで調べた。対応は素早かった。電話を受けた渉外担当の若築がすぐに環境事務所まで駆け付けてきた。

 「ああこれは自販機の解体のときに出たものですね」若築はラベルを見るなり言った。「一枚ずつ銘柄が違いますから製造工場のものじゃないはずです。自販機のラベルは当社では回収していないので廃棄ルートの特定は難しいと思いますがやってみます。全部借りていってもいいですか」

 「全部ですか」

 「缶コーヒーは全国どこでも同じ銘柄を売っているわけではありません。地域的な銘柄の特性があるんです。ダミーラベルも地域ごとに作っておりますのでどこに地域の自販機なのかある程度わかるんです」

 「なるほどそういうことなら」

 若築は現場で収集されたダミーラベルを全部持ち帰った。

 数日後、若築からFAXが届いた。どの銘柄がどこの地域で売られているか全国の都道府県の一覧表がついていて、そこここに手書きで○が付けられていた。伊刈がリストを眺めていると若築から電話がかかった。

 「FAXご覧になっていただいてますか。お借りしたダミーラベルなんですが関東の自販機のものではありませんでした」

 「どういうことですか」

 「お借りしたラベルの組み合わせですと結論から言うと静岡か高知になります」

 「静岡と高知?」

 「たまたまかもしれません。この組み合わせで出荷しているのは二県だけでした。マンダリン・ダブルショットとマンダリン・リッチミルクの組み合わせがほかの地域ではありえないんです」

 「なるほどすごいですね」

 「高知の自販機から外されたダミーラベルが首都圏まで運ばれることは考えにくいので静岡のものじゃないかと思います」

 「自販機を解体した業者は特定できるんですか」

 「ダミーラベルは自販機の商品入替のときに外すか自動販売機を解体するときに外すかどっちかだと思うんです。商品入替の場合ですと当社が回収ルートを決めておりまして百パーセントリサイクル資源として活用しております。当社は工場も販売店もISOの認証を得ておりましてゼロエミッションを実現しております。しかし解体工場から廃棄される場合はまだ当社で管理ができていません」

 「するとスクラップ業者からの流出だろうということですか」

 「自販機は冷蔵庫ですからスクラップ業者がフロンを抜いてから解体してコンプレッサーなどをはずしているんだと思います。ダミーラベルもきれいに集めてあったのでたぶん普通ならリサイクルに回るはずだったんでしょう」

 「特定はできないんですね」

 「スクラップ業者の分はわかりませんが当社のルートならわかります」

 「きれいに集めてあったのなら商品入替のときに外したものじゃないんですか」

 「それは絶対ありえないんです」

 「念のためわかるルートだけでも教えてもらえますか」

 「わかりました」

 数日後、若築から二回目のFAXが届き、高知と静岡の販売店が回収したダミーラベルの廃棄ルートが特定されていた。十五社ほどの産廃業者がリストに載っていた。そのうち五ルートは自販機の解体ルートだった。

 「自販機解体業者の分もできるだけやってみたんですが四社しか絞り込めませんでした」直後に電話をかけてきた若築は申し訳なさそうに釈明した。しかし伊刈はリストを見るなりほくそ笑んだ。オブチが特約していると説明していたエコユニバーサルの社名が解体業者ルートの取引先の一つとして乗っていたのだ。さらに遠鐘が調査を進めていた調味料メーカーのタイショー製の土佐酢のプラスチックパッケージもエコユニバーサルに処分が委託されたものだとわかった。

 「オブチの雲行きがあやしくなったな。なんでオブチが早々と撤去して幕引きを図ったか意味がわかったよ。神田はオブチの不祥事をエコユニバーサルに知られたくないと説明していたけど逆だったんだ。やばいのはオブチじゃなくエコで神田はエコをかばったんだよ」伊刈が遠鐘に言った。神田の証拠隠滅工作はみごとに破られた。

 「泥をかぶったってことですか」

 「たぶんね。土佐酢のパッケージはオブチ経由じゃないんだろう」

 「エコ直行と思います」

 「それじゃエコを呼び出そうか」

 エコユニバーサルに呼び出しをかけると工場長の豊洲が出頭してきた。都内でも有数の業者の工場長らしく恰幅のいい上品な紳士だった。

 「当社が受注した産廃が流出したことは間違いないと思います」罪を認めているにも関わらず豊洲の言葉はどこか自信がなさそうだった。

 「不法投棄だと認めるわけですね」伊刈は単刀直入に言った。

 「いえそれは」豊洲は歯切れ悪く口ごもった。言いたくないことを言えと言われてきたという様子がありあり伺えた。

 「違うんですか」

 「栃木県の最終処分場の金剛産業に委託したものだろうと思います。それが一台だけ品質が悪くて受け入れてもらえず返品になったようです」

 「よくダミーラベルが栃木に行ったとわかりますね」

 「時期的に静岡の荷ですとそれしかありえないものですから」

 「栃木まで行ってわざわざ返品になってまた持ち帰ったってことですか」

 「はい」

 「御社に戻ったんですか」

 「いえそれが収運業者の一存で別の場所に運んでしまったようでして」

 「ありえないことが重なった。そういうことですね」伊刈は全く豊洲の話を信用していなかった。

 「そう聞いておりますのでそうとしか申し上げられません」豊洲は必死だったがいかにも掌をカンニングするようなぎこちなさが否めなかった。

 「誰から聞いたんですか」

 「収集運搬業者です」

 「返品を持ち帰った収運業者ですね。なんて業者ですか」

 「円(まどか)です。円と書いてまどかと読むそうです」

 「読むそうですって取引先じゃないんですか」

 「あまりお付き合いのない会社でして」

 「なるほど工場長がよく知らない業者ってことですか」

 「栃木への便は確かにそこに委託しておりました。返品されたものを持ち帰らず運転手の判断で犬咬に持っていって投げてしまったんだそうです。それ以上詳しいことはわかりません」

 「円というのは許可のある業者ですか」

 「もちろんです」

 「金剛産業は栃木の処分場なんでしょう。わざわざエコユニバーサルを通り過ごして犬咬まで来たわけですか」

 「私はそう聞いております。今度のことは当社と円の共同責任として対処したいと思います」

 「共同責任というと」

 「撤去をさせていただければと」

 「そんなに結論を急がなくてもいいですよ。大きな現場なので全部調べるまで待っていてください。円の連絡先はわかりますか」

 「今すぐにはちょっと。円の方からこちらに連絡させるようにいたします」最後まで歯切れの悪い返答を続けた豊洲の背中は冷や汗でぐっしょりだった。嘘のつけない人だと伊刈は思った。

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