ロックアウト

 伊刈たちは土木事務所から古電柱四本とツルハシを調達し、松岡台の広域農道北側現場の杭打ち作業にとりかかった。農道と現場は数メートルの段差があり、進入路の坂道に杭打ちすれば封鎖することができそうだ。現場は広域農道に沿った三角地で、奥の穴に向かって末広がりになり、ど真ん中に鉄板敷きの仮設道路がまっすぐ延びていた。

 「班長どこに打ちますか」長嶋が伊刈を見た。

 「坂道の途中がいいんじゃないかな。一番狭いし迂回もできない」

 「そこは民地じゃないんですか」遠鐘が言った。

 「たぶんね。だけど俺の土地に杭を打つなって名乗り出てくる奴もいないだろう。不法投棄をやってますって自白してるようなものだから」

 「それもそうですね」

 四人とも土木作業の経験はなかったが一番体力のある長嶋がまずツルハシをつかんだ。ダンプに踏み固められた地盤は想像以上に固く、力いっぱい振り下ろしてもツルハシの先端が砕石にはじかれるばかりだった。

 「班長こりゃムリっすね」さすがの長嶋も音をあげ、一番体力のない喜多にバトンタッチした。

 「全然歯が立ちません」喜多はツルハシを振り上げるのもおぼつかなかった。

 三人目に挑んだ遠鐘は化石採取の要領でツルハシを細かく動かして、砕石を一つ一つ丁寧に取り除いた。さすが地質学者だと他の三人は感心した。伊刈も遠鐘の真似をして砕石を除去した。しかしこんな文化財調査みたいなペースでは古電柱を立てる穴を一つ掘るのに一週間かかりそうだった。それでもあきらめずに四人で交代しながらなんとか表層の砕石は取り除いた。そこからはスコップで土砂を掘り出した。真冬だというのに四人とも汗びっしょりになり、作業を休むとたちまちその汗が台地を筑波下ろしの寒風に凍りついた。一時間以上掘り続けてやっと五十センチ程度の穴が一つ掘れた。まだまだこの程度の穴では電柱を建ててもすぐに倒れてしまいそうだった。

 「今日中に四本打ち込むのはムリだな」長嶋が額の汗をぬぐいながら言った。

 「四本はムリでも二本は立てないと」伊刈は諦めなかったが既にへとへとだった。体力が残っているのは長嶋だけで、あとの三人はしゃがみこんでしまった。

 四人が穴掘りに悪戦苦闘しているところにユンボを積んだ回送車が通りかかった。

 「なにやってんすか?」窓から首を出したのは四十台の赤ら顔の男だった。

 「ハクホーの鳳社長っすね」長嶋が小声で伊刈に耳打ちした。ハクホーは地元の建設会社で北側現場に隣地して廃屋同然の事務所を資材置き場に使っていた。偶然を装っていたがわざわざ杭打ち作業の様子を見に来たようだった。広域農道農道通りかかった誰かが通報したに違いない

 「現場を封鎖するんですよ」伊刈が言った。

 「それは困りますよ。中に敷いてある鉄板はうちのなんだから出せなくなっちゃうでしょう」

 「不法投棄現場だって知ってて貸してるんですか」

 「冗談じゃないすよ。うちはただ土砂を出すっていうから貸しただけ。だけど賃料全然払ってくれないんすよ。だからもう回収しようかなと思ってたんです。うちも被害者なんすよ」しらじらしい説明だった。

 「賃料っていくら」

 「まあ月に一枚千円てとこかね。それじゃ元取れないんだけどね」

 「誰に貸してるの」

 「それはちょっとねえ…」鳳は口ごもった。

 「杭打ち手伝ってくれるなら鉄板出してもいいよ」

 「ほんとすか。じゃやりますよ」最初からそのつもりだったのか鳳は回送車の運転席から飛び降りると荷台のユンボの運転席に乗り移った。

 鳳が起用に荷台からユンボを自力で下ろし、仮設道路に敷いた鉄板を一枚ずつバケットのフックにかけたワイヤーで吊り上げて片付けるのを四人はじっと見守っていた。工事用鉄板は長さ六メートル、幅一・五メートル、厚さ二・二センチメートル、重量は一・六トンある。それが百枚ほど敷かれていた。つまり総重量は百六十トンだ。ユンボはそれを次々と片していった。回送車に積める重さではないので、とりあえず隣の資材置場に積み上げた。二時間ほどの作業で鉄板の撤収が完了した。

 「これ打ち込めばいいんすか」鳳は古電柱を指差した。

 「そうだ」長嶋が答えた。

 「ちゃちゃっとやっちゃいましょう」

 ユンボがあれば電柱を打ち込むのは簡単だった。ざっくりと穴を掘りワイヤーでひっかけて電柱を立て上からバケットの腹で叩くと電柱はみるみる地中に食い込んでびくともしなくなった。手馴れた作業だった。

 「こんなもんすね」鳳は満足そうに杭のできばえを眺めた。

 「いいな、これなら抜けない」長嶋が満足そうに言った。

 「じゃ俺は引き上げますよ。長居してると仲間に見られっからね。鉄板は夕方にも取りに来ますよ。盗まれたら何百万の損害だかんね」

 鳳の回送車が行ってしまうと伊刈たちはホームセンターで買ってきた鉄条網を電柱に張り巡らせ、不法投棄禁止の看板を打ちつけて封鎖を完了した。

 「もうできないぞという強い意志を感じますねえ。ここはもう大丈夫すね」長嶋が感無量といった顔で言った。

 「それにしてもハクホーの社長、わざわざ手伝いに来たんでしょうか」喜多がみんなの疑念を代弁した。

 「杭打ちをしてるって誰か仲間に聞いたんだろう」伊刈が答えた。

 「それでもなんで手伝ってくれたんですか」遠鐘も不思議顔だった。

 「わからない。犬咬の連中は変わってるよ。とにかく結果オーライだ」伊刈はあまり深く考えていない様子だった。

 不思議なことにその後も現場で困るたびに助け舟がやってきた。救いの神はいつも敵側の人物だった。なにか神秘の力が働いて敵を味方に引き入れているとしか説明できなかった。

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