思い出の海岸で
「宮小路区長さんから通報です。扇面ヶ浦の海岸で不法投棄があったそうです」喜多がみんなに知らせた。
「前と同じ場所?」伊刈が聞き返した。
「特別支援学校裏の崖下だそうです。そこから扇面ヶ浦の護岸に下りていく切りとおしがあるそうなんです」
「護岸の切りとおし?」伊刈には思い当たる場所があった。大西と初デートをした海岸かもしれなかった。「もしかして釣り人からの通報かな」
「ええそうなんです。夜パトに追われたダンプが苦し紛れに棄て逃げしたんじゃないでしょうか」
「チームゼロが広域農道から追い散らしたダンプのことかな」
「それはどうかわかりません」
ただちに現場に急行した。特別支援学校裏から護岸に下りる坂道はやっぱり伊刈には見覚えがあった。大西とのデートの日と同じで湧き水に洗われて苔むした急峻な坂道は安全靴を履いていてもずるずる滑って怖かった。産廃を満載したダンプがここを降りたのだとすれば一つ間違えば太平洋にまっさかさまに滑落していただろう。坂を下りるにつれて護岸に波が砕ける音がどんどん大きくなった。やがてV字の谷間の先に太平洋のパノラマが広がった。垂直に切り立つ絶壁と護岸に当たって激しく砕ける荒波のコントラストが、この世のものとも思われないくらい美しかった。伊刈の脳裏には大西の手を引いてこの海岸へと降りたときの印象が蘇った。神曲の地獄篇を描いたギュスタフ・ドレの銅版画の中にこことそっくりの一枚があることまで思い出し、大西にそのことを告げればよかったと後悔した。
「こんなところに捨てるなんて」遠鐘も奇跡のような自然景観が産廃で汚されたことがショックのようだった。
区長の通報どおりダンプ三台分の廃棄物が護岸と崖の隙間に流し込まれていた。海側に捨てられなかったのがせめてもの幸いだった。海側だったらゴミはたちまち波にさらわれて証拠が失われてしまっただろう。無残に汚された聖地を前にして伊刈はいつになく強い怒りを覚えた。
「仁義を知らないバカヤローだな。ここだけは絶対にきれいにするぞ」伊刈は真顔で宣言した。
「地元の人間が手引きしたに違いありませんね。余所者が間違っても入ってくる場所じゃないですね」遠鐘が言った。
「証拠が飛散しないうちに集めて帰るぞ」伊刈の号令で全員が証拠収集にとりかかった。四人が手にした熊手でダンプ三台分百立方メートルの産廃はたちまち掘り崩された。一台は未破砕の廃棄物だったので証拠収集は容易だった。あとの二台は建設重機のクローラ(キャタピラ)で踏み潰されてぼろぼろになった廃棄物で証拠収集は難航した。
「これは群馬から来たゴミすね」長嶋が言った。
「これもです」喜多が答えた。確かに未破砕の一台から、前橋、高崎など群馬の地名が書かれた証拠が何点も見つかった。
「またずいぶん遠くから来たな」伊刈が言った。
「こんな場所を群馬の運転手が知ってるとは思えないですね」喜多が言った。
「地元の誰かが手引きしたなら余計腹が立つ。ここがどんなにきれいな海岸か知っててダンプを誘導たってことだろう」伊刈は怒りを新たにして言った。
「こっちは群馬じゃないかも」踏み潰された廃棄物から証拠を探していた遠鐘が言った。「都内のごみですよ。それから埼玉のもある」
「一枚残らず証拠を探すぞ」
「班長気合入ってますねえ」長嶋が証拠を掘る手を休めずに言った。
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