農家のサロン

 「自警団に挨拶しておきたいな」パトロールの帰り道、伊刈が思いついたように言い出した。

 「それだったら森井農機に寄ってみましょう。自警団の連絡事務所みたいになってます。会長になった坪内区長も毎日寄りこんでるようっす」長嶋が答えるより先にハンドルを切った。

 人的被害を心配した所轄と市のチームゼロが毎夜パトロールしていたため、自警団が結成された両地区ではダンプが見られなくなっていた。自警団は自分たちの活動にダンプが恐れをなしたせいだと勘違いしていた。一発屋も住民とのトラブルは嫌だったのかもしれない。結果からすれば住民の夜警活動の威力を証明することになった。伊刈の予想どおりダンプが消えたのは森井・篠塚地区だけで市域全体からダンプを追い出す効果はなかった。警備のプロの安全警備保障の蒲郡部長に言わせれば「他の地区へ追い出せば百点。それこそが警備というもの」ということになる。

 松岡台から市道を北上し戸根川沿いの国道を西へ向かうと崖下の旧国道沿いに森井農機があった。崩れかけた納屋のような薄暗い店舗に色とりどりの塗装のカルチベータ(耕運機)が並んでいた。

 「ちわ」店先に車を停めると長嶋がまず挨拶しながらゆがんだ敷居をまたいだ。

 「ああ駐在さん、ご苦労さん。空茶(からちゃ)でも飲んでってよ」店主の栂沼(つがぬま)が愛想よく出迎えた。今も長嶋の呼称は駐在さんだった。

 「自警団の活動はどうかなと思って挨拶に来たんすよ」

 「ほうそうですか」

 「環境事務所の伊刈です。決起集会では失礼しました」

 「ああ、ああ、あの伊刈さんねえ。すっかり有名人だね。大変な仕事でしょうがお願いしますよ。さ、座ってくださいよ」

 事務室をかねた土間の小部屋が茶飲み話のスペースになっていて、使い古しの椅子が四、五脚置かれていた。栂沼の細君が空茶をふるまった。

 「伊刈さんはあれかい、産廃は初めてかい」

 「そうなんですよ。まだやっと一年でね」

 「そうかいそれであんな偉いことが言えるんだからお役人さんてのは頭がいいんだねえ。会長に会って行くなら呼ぼうか」

 「いえお仕事中でしょうから」

 「何どうせ暇な隠居なんだよ。気難しい会長だけど一生懸命だからね。ま、よろしくお付き合いくださいよ。そのうちぶらりと来るでしょうよ」栂沼が言ったとおり空茶を飲み終えないうちに自警団会長の坪内区長が店内に入ってきた。ただでさえ狭い土間は温泉宿のサウナのようになった。

 「やあご苦労様。皆さんのご活躍は聞いていますよ。それに引っかえチームゼロはだらしがないですなあ。ダンプを見つけてもなんにもしないそうじゃないですか」坪内は開口一番毒舌を吐いた。

 「そんなことはないですよ。この間も不法投棄を阻止しましたよ」伊刈がチームゼロを弁護した。

 「ああそれ聞きましたよ。松岡台の農道でねえ。あれだけダンプが集まってて一台も捕まえられなかったそうじゃないですか。まるで子供のトンボ狩りじゃないですか」

 「捕まえるのが仕事じゃありません。不法投棄を阻止するのが目的なんです」

 「そんな生ぬるいことで大丈夫ですか。事務所の皆さんが日暮れまでゴミを掘って証拠を探してるって評判の方ばかり聞こえてきますよ。百姓だってあれはできねえよ、全く仕事とはいえ頭が下がるってねえってね」伊刈の計算どおり農家の口から事務所のゴミ調査の様子が広まっているようだった。

 「今が正念場なんでみなさんにも協力してもらって、なんとか犬咬からダンプを追い出したいものです」

 「もちろんですよ。百姓を甘く見たら痛い目にあいますよ」

 「でも会長、ダンプの前に出るのはやめてもらえないっすかね。署長が大心配なんすよ」長嶋が我慢しきれないように言った。

 「今はもうそうしたくてもダンプが来ませんよ。どこへ行ったんですかねえ」

 「連中も知恵を使いますからねえ。様子が違ったのがわかるんでしょう」

 「このまま静かになるといいんですがねえ」

 「大丈夫です。きっとダンプは犬咬に来なくなります」

 「ほんとにそう願いたいものですなあ」相変わらず強気の伊刈の発言を聞いて坪内会長は破顔した。

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