天王山の戦い

 「松岡台で動きがありました。チームゼロが広域農道北側現場の活動を阻止したそうです」翌朝、珍しく本課からもたらされた夜パトの情報を喜多が伝えた。

 「ちょうど二週間で再開か。予想どおりだ。ダンプは捕まえたのか」

 「そこまではわからないです」

 「どっちにせよ夜パトのお手柄だな。現場をそのままにして逃げ出したとすれば証拠がごろごろ残ってるはずだ。飛んで火に入る夏の虫だね」伊刈はにんまり笑った。

 「今朝から風が強いですから証拠が飛散してしまう可能性があります」遠鐘が冷静な指摘をした。

 「それもそうだ。すぐに出動しよう。熊手作戦の開始だ」伊刈の号令で全員が立ち上がった。長嶋が真っ先に飛び出してXトレールのエンジンを始動し、最短距離で昨夜活動した広域農道北側現場に急行した。

 見渡すかぎり一面の畑のどまんなかを突き抜けて供用されたばかりの広域農道は谷津の入り組んだ丘陵を横断するため橋梁を多用した贅沢な道だった。沿線に集落も学校もないのに両歩道もついていて海岸線を走る国道より高規格なくらいだ。もとより歩行者の姿はなく走行する車両もまばらで、恩恵を受けたのは農業者でも水産問屋でも観光客でもなく不法投棄のダンプだった。真新しい農道を挟んで南北に大きな土砂採取の穴が無許可で掘られていた。その跡が無許可の産廃処分場つまり不法投棄現場に転用されていた。視界を遮るものがないので現場に置き去りにされたユンボのアームが遠くからも見えた。

 「目立ちすぎるから不法投棄の適地とは言えないね」一目見るなり伊刈が言った。

 「ユンボが置きっぱなしだ。よっぽどあわてて逃げたんだな」喜多が言った。

 「所轄の情報だとここは三塚の兄が手がけたんですが目立つので途中でいったん放棄したようです」長嶋が言った。

 「それをまた誰かが再開したってわけか。北側の穴はまだ三分の一くらい残ってる。南側の穴はほとんど終わってる。夕べ活動したのは北側だけだね」伊刈が言った。

 「北側はまだ数百台入りますね」遠鐘が目分量で言った。

 長嶋はドアが開けっ放しのまま放置されたユンボの調査に着手した。シリアルナンバーを重機メーカーに問い合わせれば持ち主を突き止められるのだ。

 「わかりそう?」伊刈が声をかけた。

 「もともとリース屋の重機だったみたいです。機種が古いですから払い下げられたものかもしれません。これがシリアルナンバーです。消されてないですから元のオーナーはわかると思います。どうせ盗まれたとか貸したとか言うでしょうが」

 「重機の盗難は多いのかな」

 「多いすね。建設機械はマスターキーのコピーが流通していてどのキーでも動かすことができるんすよ。最近は盗難防止のために燃料タンクにもキーをつけたりGPS(衛星位置情報)を付けたりしてますが盗難はなくなりませんね」

 「盗んでどうするの?」

 「不法投棄に使ったりATMの窃盗に使ったりします。一番多いのは輸出です。バラバラにして密輸してからまた組み立てるって話です。日本製の中古重機はアジアのどこでも高く売れるそうす」

 穴の底には前夜投棄されたばかりの産廃が散乱していた。建設系廃棄物と廃プラスチック類の混合物だった。石膏ボードが混ざっているせいで白っぽく光って見えた。

 「穴に降りてみよう」伊刈の号令でメンバー四人は新しい七つ道具を携えて証拠の検索にとりかかった。穴の深さは十メートル以上あった。流し込まれたゴミの傾斜が緩かったので降りるのは難儀ではなかった。穴の底から見上げると道路側の崖が垂直にえぐられていてガードレールが今にも頭上に落ちそうなほどだった。一斉にゴミの斜面に潮干狩りの熊手の鉤を当てた。狙いどおりに効率よく掘り崩せるし素手よりずっと安全だった。

 「これいいですね」喜多は満面の笑みで伊刈を見た。

 長嶋はマンノ(万能鍬)を手にしていた。ざっくりと産廃を掘り出すには重宝だが使いこなすには体力が必要だ。たかがゴミ掘りでも四人それぞれの流儀があった。捨てられていたゴミは木造住宅の解体物が大半だった。瓦礫、木くず、石膏ボードくずなどがミンチ状態につぶされたものだ。プラスチックのフィルム類も見た目ではかなりの量が混ざっていた。通恋洞の時とは違って未破砕のゴミなので証拠収集は容易だった。たちまち二十点を超える証拠が集まった。

 証拠収集を終えてジャンプ台まで戻ると付近の農家が畑からこっちの様子を伺っていた。

 「がんばって調べてる様子をもうちょっと見せよう」伊刈はそう指示すると一人で農家に説明に向かった。

 「環境事務所の調査なんです。昨日また棄てられちゃいましてね」軍手をはめた伊刈の右手には熊手が握られ鉤爪にはゴミが着いていた。

 「そうですか。ご苦労様です」農家は環境事務所のパトロールだと聞いて安堵した顔をした。証拠の数はもう十分だったが農家が昼休みを取るまでは現場にとどまろうと伊刈が提案した。汗をかいているところを住民に見せるパフォーマンスだった。

 翌日、改めて現場の状況確認に行ってみるとユンボが消えていた。夜中に回送したのだ。ジャンプ台の鉄板はそのままだった。写真を撮影していると前日声をかけた農家が缶コーヒーをふるまってくれた。

 「毎日大変だね。こっちの畑まで崩されると困るからよろしくお願いしますよ」農家は心配そうに畑と穴の境を指差した。畑の縁の雑草の根が崖に向かって垂れ下がっていた。粘度の高い赤土でなかったらとっくに大崩落していただろう。

 「もうここはやらせませんよ」伊刈はもらった缶をメンバーに配りながら農家に聞こえるように言った。伊刈がまっさきに缶コーヒーの封を切った。普段まず飲まない甘いコーヒーなのに農家にほめてもらったという心理効果だけで格別な甘露に感じた。缶コーヒーを飲みながら、これからこの現場をどう措置するか、四人で相談した。

 「やはり、封鎖しかないな。ここは入口が一か所だから割と簡単に封鎖できそうすよ」長嶋が言った。

 「杭打ちですね」遠鐘が問い直した。

 「そうだ」

 「古い電柱がないかどうか土木事務所に頼んでみます。ついでにツルハシも借りてきます」遠鐘が言った。

 「いまどきツルハシですか。スマートじゃないですね」喜多が言った。

 「喜多さんにはスマートな作戦を任せますよ。だけど体を張ってるとこ見せるのも大事な作戦だと思いますよ。連中はこっちのやり方をずっと見てるんだ」長嶋が言った。

 「体力じゃ僕はかなわないですから」喜多が負け惜しみのように言った。

 「とにかく現場主義に徹してやってみよう」熊手作戦の流れができたと伊刈は手ごたえを感じていた。

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