閑話 花綵会の密談

内ヶ谷の中心部から少し離れた帝都ホテル。ここには軍人専用のラウンジが存在する。これは終戦後、営外における海軍の酒による不祥事が相次いだことから軍部と地元の商工会などが協力していくつか提供された場所である。といっても利用する多くは将校だ。こう言った場所はある程度格式ばっている上、艦で生活し続けている下士官以下の人間たちからすれば上官たちに気を遣わなければならないためほとんど入ることはない。

そういったことからこう言った場所は将校たちの溜まり場になっている。しかし、それだけではない。奥まった場所に個室が4つ存在している。それぞれには浜木綿・躑躅・椿・花水木があしらわれたレリーフが飾られている。これは皇国海軍における4つの鎮守府、雪湊賀・水鶴・朱・佐瀬部をそれぞれ象徴する花である。それぞれの部屋に入ることができるのは原則として各鎮守府出身でなおかつ准将以上の将官のみである。そしてそれぞれの鎮守府の将官たちは派閥を作り定期的に会合をおこなっている。その中でも今日は朱鎮守府出身者で構成される『花綵会』の定例会合の日である。

「それでは全員お集まりのようなので、本年に入って8回目の『花綵会』定例会合を行います。」

進行を務めるのは古鷹島海軍士官学校の校長である烏丸昇平准将だ。まだ41歳でありこのメンバーでは一番の若手だ。

「今回の議題は開催が迫っている国際観艦式です。今回の観艦式には我々朱鎮守府所属の艦が多く出ます。特に原子力艦である戦艦『神州』と空母『珠洲』は今回の観艦式の目玉になると思われます。」

烏丸からの説明に多くの将官が色めきたった。ここ数年間の間に開催された国際観艦式では他の三つの鎮守府に目玉や主力を奪われ結果的に朱は後塵を拝す結果が続いていた。しかし、今回の観艦式には皇国のライバルである国家社会主義連邦国が参加するなど様々な複合的な理由から最新鋭艦を多く擁する朱鎮守府が主力となる事になった。

それから淡々と様々なそのことについての段取りが続いた。そんな中、会の長老である藤園勝昭元帥大将が口火を切った。

「それで・・・。『蒼雷』の航空隊は夕凪隊で決まりなのだろうな?」

その言葉で議場は水を打ったような静寂に包まれた。

それに反応したのは軍需局長である和池実秋准将だった。和池は言いづらそうに答えた。

「それは・・・、現時点では最有力候補には違いないのですがまだ精査を続けている段階だと・・・。」

それに教育局長の斎賀清和中将が援護した。

「何分、色々と議論が難航しておりまして・・・。特に航空本部長の梅小路准将が相当慎重でして・・・。」

その言葉に将官たちはそれぞれ苛立ちの言葉をこぼした。それは藤園も例外ではなかった。

「ふん、あの公家の小娘め。それで、他に候補に挙がっているのは誰なんだ?」

「はい、現時点では漆宮隊と榊神隊も有力視ということです。」

「ふん、どちらも雪湊賀の出身じゃないか。あの華族の小娘、あわよくば自分たちのところの隊に担当させようって目論んでるわけだ。」

「どうやら、御子柴法務局長や叢雲艦攻本部長の推薦もかなりあるようです・・・。」

「やはりあの三枚の振袖の謀略か。」

振袖とは女性士官のことだ。海軍における女性士官の礼装は詰襟の軍服ではない。白と青を基調とした振り袖なのだ。 そのため古株の軍人たちの中には未だに女性士官を振袖と陰口をたたく連中も多いのだ。女性士官は雪湊賀配属になる事が決定しておりそのため他の鎮守府の練習艦に女性が配属されることはない、つまり相対的に女性士官は雪湊賀のはばつということになるため彼女たちが影響力を強めることを他の鎮守府出身の士官は面白く思わないのだ。

「いいか、ここで朱鎮守府が存在感を示さなければ、次の海軍令部長が朱から出るのはかなり難しくなる。なんとしても夕凪航空隊にさせるんだ!」

「はい!」

「確か航空本部の危機管理委員会を仕切っているのは朱出身の謝花大佐だったな。奴にもそう伝えろ!」

「はい・・・ただ今回から別に調査が入ることになりまして・・・。」

「ああ、陸軍の調査官と皇家の女王さまか。気にする必要はないだろう、陸軍に海軍の何が分かる。それに現場を知らない皇家士官の娘ごとき心配する必要はない。」

そう言ったのは、朱鎮守府の第九戦隊司令官の三宅邦明少将だ。その言葉をたしなめたのは教育部長の斎賀中将だ。

「今の発言、軍法会議モノだぞ。口を慎め!」

「も、申し訳ありません。ただ・・・。」

そう言い淀んだ三宅をフォローしたのは藤園だ。

「斎賀、大目に見てやれ。三宅の言いたいことも分からんではない。いくら先の大戦で女性士官や皇家士官の活躍が目立ったからと言ってそれに気を遣うような人事をしてばかりいてはいられまい。」

先の大戦において、皇国だけでなく世界中の軍事における様々な価値観が変わってしまった。それは揺るがざる事実だろう。その中でもトップクラスに入るのが女性の活躍だった。先の大戦で太平洋連合艦隊旗艦であり太平洋の天守閣の異名をとった武勲艦空母『宮古』の艦長、土御門宮靜子大佐を筆頭に陸軍の宮上雪乃大佐、そして太平洋艦隊司令長官宮本八十助の参謀として活躍した最上時雨中佐など戦争の勝利に貢献した女性は多かった。そのため軍は陸海空を問わず積極的な女性の登用を行った。結果的に女性士官の数はかなり増えた、それは相対的に雪湊賀出身の将校を増やすことにもつながったため他の鎮守府は快く思っていない。一度佐瀬部にも女性士官の任官を割り振る動きがあったが結局立ち消えになってしまったのだ。

「とにかくだ。今回の飛行隊には夕凪隊が選ばれるよう尽力を尽くせ。どうせ事故が相次いだのもただの偶然なんだからな!特に和池と斎賀、頼んだぞ。」

その藤園の言葉に二人は「はい!」と威勢のいい返事と敬礼で返すしかなかった。

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海軍少佐・朱雀宮祥子の事件録 -夕凪航空隊の輿望- 氷空 @Hypnos23

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