第2話 貴公子のような狂人
扉の前に立っていた男、小清水は敬礼から直るとそのまま執務室に入ってきた。そして少将の隣へとやって来た。そして少将は私に彼を紹介した。
「彼が貴女と組んでもらう陸軍の内部調査官です。名前と肩書きはさっき述べてもらったからいいですね?」
「はあ・・・。」
その男は一見してとても怜悧そうで整った顔立ちをしていた。控えめに見ても女受けしそうな男だった。しかし、私はその男に若干の不自然さを感じた。それは言葉には表せなかったが、何か嫌なものだった。
沈黙が長く続くことを避けたかった私は、二人に着席を勧めた。二人が来客用のイスに座ると私は再び向かい合うように座った。
「それで、こちらの女性が私の相方というわけですか?」
「ええ、彼女は朱雀宮祥子海軍少佐で・・・」
「朱雀宮? ということは朱雀宮円仁王のご息女ということですか?」
小清水がそう尋ねてきたので私は素直にそうだと言った。
「つまり、女王殿下というわけだ・・・。」
小清水のその言葉を聞いた瞬間、隣の叢雲少将が表情を曇らせながらこう諭した。
「中尉。陸軍ではどうか知りませんが海軍では・・・。」
「ああ申し訳ありませんでした。海軍では皇家の方も一軍人として階級で呼ぶんでしたね。忘れていました。」
そうそれは海軍の先の大戦からのしきたりだった。当時の海軍の少将であった椛川宮告仁親王とその妃で自身も大佐だった靜子妃の二人が啓蒙した制度だった。あくまで国に捧げる軍人である以上は、出生の貴賤は問わないという考え方だった。結果的にこれが先の大戦での積極的な人材登用につながり勝利の一因となっているのだ。そのため現在でも皇家出身者でも海軍は階級呼びなのだ。
「お願いします。海軍に来ている以上そこだけは守ってください。」
「わかりました。」
少し気まずくなった雰囲気を立て直そうと私は自分から話を振った。
「それで、その調査というのはどういったことをすればいいんですか?」
それに少将は思い出したように説明を始めた。
「まずは、航空隊の人間からの聴取を行ってほしいのです。」
「聴取ですか・・・。」
「ええ、相次いで事故が起こっていることから隊員にもかなり困惑が広まっています。航空本部の方も危機管理委員会を組織して聴取をしているのでそれと並行してやっていただきたいのです。」
「それからですね、いままで発生した三つの事故に関する情報の整理です。過去三件の事故がどのような状況で起きたのか、その時の海象や気象、艦載機の種類などを加味して事故の原因となる事がないかを報告してほしいのです。」
説明を聞いていると叢雲の隣の小清水が口を挟んできた。
「つまり、聴取と情報整理が当分の主な仕事ということですね。報告は一体誰にすればいいんですか?」
「そうですね。私と航空本部長の梅小路准将、それに組織危機管理連絡会議の彩沢中将への報告は絶対でお願いします。」
「なるほど・・・。」
そこまで言うと、叢雲は腕時計を見て
「私はそろそろ、会議の時間がありますので席を外します。あとはお二人で打ち合わせの方をよろしくお願いします。」
そう言って叢雲は静かに席を立って出て行った。私は目の前にいるこの曲者な男とどうやっていくかを考えていた。
「それで、一体何から始めますか?」
「そうですね。聴取と言っても誰に聴取をするかを決めないことには・・・。」
「それは、乗員だけではなくですか?」
そう言うと、小清水は少し小馬鹿にしたような顔で笑った。
「少佐殿は海軍の人間なのに御存じないのですか? 夕凪隊はいわば海軍内でもかなり異質な組織だということを。」
「はい?」
そう返すと小清水は少将呆れたような顔をしながら説明し出した。
「夕凪航空隊はすべてが独立した隊なんですよ。普通、航空隊は飛行士と通信士などで構成されているのが普通なんですが、彼らは全く違うんです。普通航空整備士っていうのは所属する艦や基地が代わればそれ毎に代わるんです。そうしないと万が一の時混乱しますからね。ところが彼らはそれがないんです。どこに行くにも自分たちの航空整備を引き連れていくんですよ。こんなこと普通はしません。」
私は面を食らった。確かに自分達の所属が代わるからと言ってすべてを持っていくということはしない。その点では確かに異質な組織であろう。
「まあ、夕凪隊が組織されたきっかけはもっと将来を見据えたことですけどね?」
「将来?」
「今度行なわれる皇都で開催されるアジア最初のオリンピック。それで軍隊としては大規模な航空ショーを開会式でやろうと考えている。そのため、陸海空の各エースパイロット達が必要なんだ。そして彼らに最新鋭の機体を使って大規模な曲芸をやらせるんです。それで自分たちの航空戦力を国家社会主義連邦を筆頭とした諸外国に誇示するという目的があるんですよ。国際観艦式はその予行演習というわけです。」
私は正直なところ言葉を失った。自分には全く理解の範疇を超える政治的・外交的な目的もあるのだということ、そしてこの男がそういった複雑な情勢を調べ上げた上で推理しているということに。
しばらく私が言葉を失っていると、小清水は話を続けた。
「それで、私はこう睨んでいるんです。」
「?」
「夕凪航空隊の隊員の誰かが意図的に事故を起こしているのではないかという風にね。」
「! そんなこと・・・。」
あまりにも突拍子もない意見だったため私は声普段より上げてしまった。「まあ現時点では推論の域を出ませんがあり得ない話ではないと思います。まあとにかく、この件は内外的に複雑な要因をはらんでいるみたいですからね。それなりに慎重にやらなけば・・・。そこでまず最初に少佐殿にやってほしいことがあるんです。」
「やってほしいこと?」
そう言うと大量の書類の束と教本を机の上に乗せてきた。
「な、なんですかこれは・・・。」
「何って、過去三件の事故の報告書とその機体についての教本ですよ。叢雲少将から渡されたものです。」
「えっでも中尉は?」
「私はもう全部目を通してすべて記憶しています。ですから少佐殿がそのままお持ちください。」
私は改めてこの男が規格外な男だということを思い知った。そして私はある程度この男に従ってこの仕事を進めていかなければならないということも痛感した。
「まあ二、三日もあれば全部読めると思いますよ。関係者の聴取はそれからでも遅くないはずです。」
そう言うと小清水は胸ポケットから何かを取り出した。それがなんなのか判った瞬間、私は反射的にそれを奪い取った。
呆気にとられる小清水に私はこう言い放った。
「私の執務室は禁煙です!」
そう言って私は彼の手にしていたタバコを握りつぶした。
これだけは譲れなかった。
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