聞かれる

 コトリと目の前にカップが置かれて、美命と燕はぺこりと頭を下げる。

 休憩所で壮年の男性と三人でテーブルを囲むことになっていた。

 原因は壮年の男性をうっとりと見つめる幼女だ。


「ありがとうございますぅ」

「いえいえ。しかしみっともない所を見せてしまったねぇ」

「そんな。あ、わたしは燕って言います」

「私はルーキス・オルトゥスと言います」


 普段どころか演技でも甘えた声など出さない燕が、基本他人に進んで声をかけない燕が、『幼女らしく』しかも熱心に男性に声をかけ続けている。

 壮年の男性──オルトゥス──はそんな燕をほんわかとした優しい目で見つめていた。

 子供を嫌うような人ではないようで少しほっとする。

 そんなほんわかとした空気を醸し出す燕とオルトゥスを横目に名乗りを終えた美命は、出された紅茶を飲みながらふと思い出した。


 燕っておじさま好きやったなぁ、と。


「それでは君達はこれから森へ行くのかい?」

「はいっ」

「……しかし危険だろう? 君達ならば王都の方へ向かう方が良いのではないかい?」

「ここに来る前に寄った村で、王都はきな臭いって言ってたんです。それなら森へ行こうか、って話しになって……」

「ふむ……」


 美命と燕の設定の説明から燕が話しているので、美命は黙って話を聞いているだけになってしまい何となく暇を持て余す。

 会話は燕に任せて休憩所から見える範囲に視線を巡らせ、オルトゥスをじっと観察する。


 砦の壁はレンガか石っぽいもので作られていた。

 建築のことなどわからないが、多分しっかりとしたものなのだろう。

 近くに獣人の住む森と、砂漠があるのだからオレンジ頭のような場違いにも感じる人間が居たとしても、重要な役割を持っているはずだ。

 最前線にもなり得る、はず。


 しかしオレンジ頭の言動を見た限りでは、それも違うのだろうか、と思う。

 言ってしまえばここは辺境である。

 重要な場所に配属された、栄誉的な感じはオレンジ頭にはなさそうであった。

 ならばここはもしかしたら左遷先というものになるのだろうか。


 ルーキス・オルトゥスの物腰は柔らかい。

 年齢を感じさせる骨張った手だが、厚みもあるし筋張っているから鍛えられた武人だと言ってもおかしくはないだろう。

 見た感じ筋肉があるのかないのかは、服に隠されてしまって判断がつかないので断定は出来ないが文官ということはなさそうだ。

 オレンジ頭の『英雄』という単語も気になる。

 オルトゥスは気にしていないみたいだが、美命は詳しく聞きたいと思っていた。


「あの、さっきのお兄さんが言ってた英雄って何ですか?」


 ら、燕がぶっ込んでいた。

 すっと視線を上げてオルトゥスの顔を見れば、一瞬表情を歪めそのまま苦笑いへと変える。


「昔の話ですよ」

「あ、そうなんですか? じゃあ……」


 どうもオルトゥスは言いにくそうな感じで、燕が慌てて話を変えていた。

 オルトゥスの一瞬の表情に含まれていたのは痛み、後悔、苦悩……そんな感情だったように美命は感じた。


 そこから話は美命と燕の今までとこれからへと進んでいく。

 一通りの話を頷きながら聞いていたオルトゥスだが、一つ気になったことがあったらしい。


「その商人から何を購入したと?」

「これです」


 燕の背中にあるリュックが膝へと移動させられる。

 そのリュックを見てオルトゥスは眉を顰めた。


「あの……?」

「ああ、すいません。少し見せてもらってもいいですかねぇ?」

「あ、はい」


 警戒心というものは今、燕にはないらしい。

 言われるままリュックをオルトゥスに差し出し、手が触れたのか頬を薄く染めてその手をぎゅっと握りしめている。

 どこの少女か、と美命は遠い目をした。

 見た目は確かに少女というか幼女ではあるが、お前アラサーだろ、と内心で呟いていたら燕に睨まれてしまった。


 オルトゥスはテーブルにリュックを置き、眺め眇めじっくりと検分している。

 蓋を開け締めしてみたり紐を解いて中を覗いてみたりして、何やら頭が痛そうにこめかみをトントンと人差し指で叩く。

 そしてそのリュックを燕に返してから燕をじっと見つめた。


「色々と言いたいことはあるのですが……を魔石から作ったということで間違いないですか?」

「……拙かったですか?」

「拙いというか……魔石の詳しいお話は聞いたことありませんか?」


 オルトゥスに問いかけられた燕はちらりと美命を見遣る。


 ──何かやっちまったっぽいぞ。

 ──しゃーなし。今は色々聞きだせ。

 ──おk。


 さっと目で会話を終え、燕はオルトゥスに向かって申し訳なさそうな顔で小さく微笑む。


「そういう詳しい話は聞いたことないです。あまり人付き合いをしてこなかったので」

「そうですか……」


 燕の言葉を聞いてオルトゥスは何やらを考える素振りをすると、ここで暫く待っていて欲しいと言って席を立った。


「……さて、どうするよ」

「イケオジかっこいい。惚れるわぁ」

「そうじゃない」

「はぁぁ……ぎゅってされたい」

「そうじゃない」

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魔法少女は破壊神!?~平和へ導けない世直し旅~ 冬生 羚那 @Rena_huyuo

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