一章

降り立った

 燦々と輝く太陽の下で、二人は困惑する。

 真っ白な空間から一転、空と地面のある世界へと降り立ったのは良いが……そこには何もなかった。

 いや、地面もあれば空気もある。

 太陽もある普通の世界なので、何もないわけではない。


 ないのは人の気配や建物だ。


「ねえ、ここどこ」

「わー、荒野? いや、砂漠かこれ?」

「そうだね……砂漠、かな」


 燕がしゃがみ込み、地面の土を手に取る。

 さらさらとその小さな掌から零れる砂を確認して、燕は手を叩くと残った砂を落とす。


「砂漠……しかないやん!」

「右も左も砂漠……どっち向かうべきかな」

「えー、わからんー」


 日差しを遮る物もなければ、指標になるものもない場所に、二人で頭を悩ませる。

 美命は地面を蹴り、燕は手で目元に影を作り空を見上げる。


「……よし、これは魔法の出番でしょ」

「お、そうやったそうやった」

「ただし、魔法でどこまで出来るか、が問題だね」

「そやねぇ。でも燕は魔力MAXまで振ったんでしょ? ごり押ししちゃえるんじゃね?」

「それな」


 燕はそっと目を閉じて佇む。

 隣で美命は燕の次の言葉をじっと待つ。

 燕はそのままむむむ、と小さく唸りながら考え込み、その内だんだんと眉間の皺を深くしていった。


「……どう?」

「……ん……」

「……大丈夫?」


 徐々に顔色が悪くなっていく燕に、美命は心配そうに背中を丸めて顔を覗き込む。

 燕の額にはじわりと汗が浮かび、その小さな身体が丸まっていく。


「え、え、燕?」

「……ぅ、おろろろろろろろろ」

「ほぎゃぁああああ!?」


 キラキラタイム発動!


 ──見せられないよ☆──



 ──暫くお待ちください──










「ぅ、ぅえ……っ」

「よーしよしよし」


 異世界に降り立って早々、なかなか辛い時間を過ごすことになった二人は、どちらも違う意味で泣きそうだ。

 美命は燕の背中を擦り、水がないかと周囲に目を向けるが砂漠には見当たらない。


「あ、そうや。魔法で水出せ……そう?」

「ぅん……」


 落ち着いた様子を見せる燕に、美命が問う。

 すると、多少は顔色の戻った燕が頷き、両手でお椀を作るとそこへ水を出そうと試みる。


「おお、初魔法やな……!」


 美命はこれから起こるであろう現象を想像して、目を輝かせて燕の動向を見守る。


「……水、来い」


 燕が言葉を発すると、小さな掌にじわりと水気が発生し、そうしてそこへ少し近づけた顔に向かって勢いよく噴き出した。


「ぶへっ! ごぼぼぼぼぼぼ」

「おおおー!」


 小さな掌から噴き出した間欠泉のような水に、燕は顔を跳ねあげられてひっくり返り、美命はキラキラと目を輝かせてその様子を見ていた。

 燕の手から噴き出した水が、小さなその顔に勢いよく水を叩きつけたままなのだが、助けることを忘れているようだ。

 燕がじたばたと喘ぎ、噴き出していた水が消える。

 ほんの少し池の中に黒髪が揺れたが、すぐに地面に吸い込まれていく。


「……死ぬかおもた」

「どんまい……」


 びしょ濡れになった体を起こし、立ち上がる燕。

 美命は背中に流れるマントを掴み、それで燕の顔の水気を拭ってやる。


「これはあれか、上から雨みたいにすればいいんか」

「かもやな」

「よし……水、来い」


 失敗を糧に、今度は燕は雨のように水を出そうとする。


「ご、おぼぼぼ」

「わー……雨っていうか、滝やん……」


 上から降ってきたのは雨ではなく、大量すぎて滝になっていた。

 それを勢いよく浴びた燕は、今度は顔から地面へと潰れる。

 美命は弾ける水しぶきを浴びながら遠い目をする。

 助けないのか。


「うえ、げほっ、ごほっ」

「生きてる?」

「生きてる」


 始めての試みに、なかなか上手く制御出来ない燕だが、それでも魔法を使うことを止めない。

 なんとか試行錯誤して、漸く口の中をゆすぎ、服や顔についた土を落とすことに成功した。

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