神とは

 ──その世界には大きな大陸が一つと、大小様々な島が存在している。

 そこに暮らすのは、大きく分けて人間と獣人と魔人の三種族。

 過去には世界を崩壊させかねない戦も起こったが、今はそこまで大きな戦いもなく、表面上は落ち着いている。

 そう、表面上はだ。

 水面下ではどうだろう。

 まあどうだろうも何も、私は『知って』いるのだがね。

 いやはや、人間とは面白いものだ。

 そう、人間と言えば、三大欲求だったかな?

 本能にまで大げさな呼称をつけねばいけないとは……面倒な生き物だとも思わぬか?

 それをまた分厚いオブラートやらに包んでみたり、本能を抑え込んでみたり。

 かと思えば己の欲望のままに振る舞ってみたりと、一貫性がない。

 何とも不思議な……。


「はい! 質問です!」


 朗々と語り始めた男だったが、そこにしゅぴっと勢い良く腕を真っ直ぐ天へと向かって伸ばし、声を上げる者が居た。


『うむ。何だね、越野こしの美命みこと君』

「えっと、……あれ、うち名前名乗ってないです、よね?」


 手と声を上げたのは茶髪の女性だった。

 男が話を始める前に二人は勧められた椅子へと行儀よく腰掛け、振る舞われたお茶を飲んでいた。

 名乗ってもいない名を呼ばれ、質問よりも狼狽が先に立った。

 すっと隣の黒髪の女性に目を向けてみても、此方も目を丸くしている。


『嗚呼、驚かせてしまったかな? いや、失敬。しかし私とて名のある神だ。それに、此処へ名も知らぬ者を呼ぶはずもない』


 悠然と脚を組み、テーブルへと肘をついて凭れた男、神は片方の口角を上げてニヤリと笑みを浮かべた。

 そして視線を茶髪の女性──越野美命──から黒髪の女性へと移す。


『君は柊木ひいらぎつばめ、だろう?』

「……そう、です」


 黒髪の女性──燕──も、名を呼ばれて僅かに目が泳いだ。

 そんな二人に得意気な顔を見せる神だが、女性たちの驚きも束の間のこと。

 燕が真剣な目で神を見遣る。


「貴方が神だということは、状況も合わせて百歩譲って認めます」

『おや、譲らねばならんのか?』

「その恰好では譲りたくもなります」

『……何故この姿は不評なのだろうか』

「むしろ何故その恰好で神だと認められると思ったのか」


 しょんぼりと凹む神に、真顔で燕はそう告げた。

 何せブーメランパンツとマントしか着用していないのだ。

 神というよりは変態だろう。


 大きくて広い肩を落としてカップをティースプーンで混ぜ出す神に、こほんと咳を一つして、顔を上げてもらうのは美命。


「あの、色々そこは置いといてもらっていいですか?」

『嗚呼、すまぬ。で、なんだったか?』


 神も佇まいを正し、燕も美命に目を向ける。


「とりあえず詳しいことはいいんで、……その、魔法とかってあるんですか?」


 そう問いかける美命に、燕もハッとした顔をして神へと目を向ける。

 神は美命をじっと見て、燕を見て、ニヤリと口角を上げた。


『ある』

マジで?」

ktkrキタコレ!」


 神の言葉に美命と燕は手を取り合って喜ぶ。


『だが、ここで一つ問題がある』

「……なんですか?」

『君たちの身体について、だ』

「身体?」

『君たちは元々魔法というものがない世界の存在である。その為魔法を使う為の構造をしておらんのだ』

「え、え?」

「それじゃあ魔法は使えない、ということですか?」


 期待に胸を膨らませていただけに、神の言葉は深く突き刺さった。

 美命も燕も悲壮な顔で肩を落とす。


『だが、今回は私がお願いして下りてもらう事になる。なので、君たちへのプレゼントがある』

「プレゼント?」

『これから君たちの身体を多少弄らせて貰う。そしてその上でパラメータを振り分けるのだ』

「……ん? どういうことや?」

『まあ、そこは実際やってみる方が良かろう。まずは、身体を弄らせてもらってもいいかな?』

「弄ったらどうなるんですか?」

『魔法が使えるようになる』

「「お願いします!」」


 神の『魔法が使えるようになる』という言葉に即座に頭を下げる二人に神は笑い、右手をさっと横に振った。

 すると二人の身体は仄かに光を帯び、じわじわと奥から熱が込み上げてくる。


「う、なに、これ……」

「あ、あつ、い……」


 全身が赤く染まり胸を押さえて背中を丸める二人は少し苦しそうな表情を見せる。

 込み上げる熱を吐き出すように呼吸を繰り返す。

 そうして暫く身悶えた二人は、浮かんだ汗を服で拭い漸く顔を上げて己の身体を見下ろす。


「……何も、変わってない、ね?」

「……せやな。うん、変わってない」


 どういうことだ、と神へ目を向ければ神はまだ笑っていた。


『それでは』

「わっ」

「っ!?」


 神がパチリと指を鳴らすと、二人の目の前に液晶が浮かんだ。

 それは、そう、ステータス画面だった。

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