第15話

 屋敷と城の中間地点にあたる港についたとき、城からの使いが合流した。タラサは王子に恭しい態度を取っていたその男に見覚えがあった。かつて、奴隷だった彼女を犯した六人のなかのひとり、異常性癖者だった。正体がばれて捕まることを恐れたタラサは王子の背中に身を隠したが、男はタラサに気がついたようすを見せず、彼女にも、王子に対して見せたものと同じような敬意を示した。

 港から出発すると、王子は使いの男から登城したあとの段取りや伝言を聞くため、大臣たちと広い船室にこもった。

蚊帳の外だったタラサは船を探検したり、午睡を取ったりして暇をつぶした。そのせいで、王子が眠ったあとも目が冴えて眠れなかった。彼女を抱きしめる王子の腕から抜け出し、タラサは誰もいない甲板に出た。夜風はタラサの身体を通り抜け、うしろの旗をたなびかせた。

「やあ、お姫様」

 タラサが振り返ると、音も立てずに使いの男がうしろに立っていた。タラサは手すりに背中をぶつけ、これ以上後退できないことに気がついた。にじり足で横に動き男から距離をとることを試みた。

「いや、タラサだったかな。ずいぶんと美しくなったじゃないか」

 男はにやつきながら歩を進めた。タラサが男から目を逸らして走り出そうとすると、男は彼女の手首をつかんでそれを阻止した。それからタラサを組み伏せ、服を破いた。タラサが叫ぼうとしても声は出ず、助けてくれるような人間は誰もいない。

「綺麗に残ってるじゃないか」

 男は過去に自分がつけたタラサの青痣を舐めた。タラサはきつく目を閉じ、これから起きることを耐えねばならない、と覚悟した。

「それが賢明だ。大人しくしてりゃあ、むかしのことなんざ黙っててやるさ」

 しかし、タラサはなにもされなかった。

 男は何かする前に叫び声をあげ、タラサから跳ね退いた。甲板に血が舞い、男はのたうち回った。

「早く逃げるんだ!」

 男に怪我を負わせたのはコウノトリだった。彼は起き上がった男が振るう拳を避け、くちばしで男の目をくりぬいた。

「そら見ろ、あれが噂のお嬢さんだろう!」

 甲高い声を出していたのはハンドウイルカだった。

「お嬢さん、こっちだ。急ぎたまえ!」

 友人の声を無視し、海から顔を出してタラサに呼びかけていたのは、以前彼女が世話になったお父さんイルカだった。

 しかし、タラサは声とは逆の方向に走り、破かれた服をそのままに船の内部に飛び込んだ。部屋のなかは甲板の騒ぎが嘘のように静まりかえっており、みんな眠りについているようだった。王子も目を覚ましたようすはなく、安らかな寝顔だった。

 タラサはその表情を見て微笑み、吸い込まれるように王子に顔を近づけ、彼女に唯一残されていた純潔を王子に捧げた。

 そして、彼女は以前王子から聞いた話を思い出しながら、王子の下着を脱がせた。彼の男性器を撫で、それを夏から冬にかけて毎日欠かさず舐め続けていた召使の指に見立て、同じように舐めしゃぶった。

 すると王子はたちまち射精し、それと同時に跳ね起きた。戸惑う王子をよそに、タラサはその精液を飲みこんだ。そして、呆然としていた王子を泣きそうな顔で見上げた。

「いったい、何を」

 王子が喋り出した途端、タラサは猛烈な吐き気に襲われ、口を押さえてうずくまった。心配して背中をさすろうとした王子の手を払い退け、喉を破裂させんばかりに膨らませ、胃からこみあげてくるもの吐きだした。それは片手で抱き上げられそうな大きさの赤子、男の子と女の子の双子だった。産まれたばかりの赤子たちが元気よく産声をあげるなか、王子とタラサの顔は青ざめていった。王子はかつて見た同じような光景を思い出し、その想い出の人とタラサを見比べ、ひとつの答えに至った。

「まさか、君は」

 タラサは息子だけを抱き上げ、逃げるように船室から飛び出した。静止を促す王子の声を無視し、甲板に出た。そこには血まみれの男が倒れており、そばには返り血を浴びて赤くなったコウノトリがいた。

「これを使いたまえ」

 コウノトリは男から剥ぎとった上着をタラサに渡した。彼女はそれを輪になるように結び、息子を入れる揺りかごを作った。

そして、タラサは赤子が入った布の揺りかごをコウノトリにくわえさせ、彼が飛び立つ姿を見届けた。それから服をすべて脱ぎ去り、一糸まとわぬ姿になって船の手すりに立った。首につけてもらったネックレスを祈るように握りしめた。

「待ってくれ!」

 王子が娘を抱きかかえたまま船室から出てきて、タラサを捕まえようと片腕を伸ばした。タラサは王子に微笑みかけ、海に飛び込んだ。

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