第7話
しばらくして日が高くなりだしたとき、タラサはぬめり気のあるもので頬を叩かれる感触で目を覚ました。そこにはさきほどのコウノトリがおり、手のひらには収まりきらない大きさの魚を二匹くわえていた。その魚たちはまだ生きており、くわえられた尻尾を軸にして跳ねあがり、互いに身体をぶつけあっていた。
「勝手に動かれては困る。少し探したんだぞ」
コウノトリはそう言って、タラサの前に魚を投げ出した。びちびちと尾で地面を打つ魚は息苦しそう目で見つめてくるので、タラサは気味悪がって彼らの視線を両手で遮った。
「死にたくねえ、死にたくねえよお」
「僕は海でエサ捕りができなくてね。ウミネコに事情を話して、こいつらを分けてもらったんだ」
生きている魚を初めて見たタラサは戸惑い、指でその身をつついた。どうすればいいのだろう、と視線でコウノトリに訊ねた。
「骨があると、食べ辛いかい?」
コウノトリは再び魚の尾をくわえ、洞窟の壁に魚を何度も激しく叩きつけた。
「ぐええ!」
タラサはその光景を見てられず、目をつぶった。やがて骨を砕く音が止むと、彼女はゆっくり目を開けてようすをうかがった。
「そら、これで骨が喉に刺さることはないだろう。食べるがいいさ」
コウノトリは動かなくなった魚をタラサの前につきだした。彼女はおずおずと両手を差し出してそれを受け取ったが、食べることを躊躇っていた。彼女のようすにしびれを切らしたコウノトリはもう一匹をくわえ、上を向いた。仲間が目の前で殺され、抵抗する気力を失った魚は身動き一つしなかった。コウノトリはそのまま何度かくちばしを動かし、魚を喉に追いやって飲みこんだ。それを見たタラサは彼を真似、上を向いて魚を飲みこもうとした。しかし、大きくて口に入らなかったので彼の真似を諦め、目をつぶって魚の頭を噛みちぎった。それから完食するまでにさほど時間を要することはなかった。
(変な味。口の中が生臭くて気持ち悪いけれど、すぐに慣れるはず。ありがとう、カモメさん)
口の周りを魚の血で染めていたタラサはそのまま地面に伏せ、二度寝しようとした。奴隷の生活で出される食事のせいで、タラサは魚一匹で満足できる胃の大きさになっていた。
「もうここは危ない。外に出よう」
コウノトリがタラサの腕をくわえて外に出るように促すと、眠たげに目をこすっていた彼女は引きずられるような格好で洞窟から這い出た。いつの間にか潮が満ちており、洞窟のすぐ前まで海水が迫っていた。タラサは日の光を反射してきらめく水面に魅了され、両手を浸して水たまりを覗き込んだ。すると、そこは鏡のようになっており、口元こそ血にまみれてはいたが、垢を洗いながしたタラサの美しい顔が映っていた。
(なんて綺麗な人。新しく来た人たちのよう)
タラサは自分の姿を見たことがなく、水面に映る自分を外から来た別の人間だと錯覚した。声をかけて話を聞いてみたいと思ったが、若い奴隷たちに虐められたことを思い出すと勇気が出せなかった。
「まるでナルキッソスだな、お嬢さん。夢中になっていると潮に飲まれるよ」
タラサはコウノトリの声で我に返り、名残惜しそうにしてその場から離れた。
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