第6話
意識を取り戻したタラサは数回咳き込んで飲んだ海水を吐きだし、口を拭ってから辺りを見回した。
(口の中がしょっぱい。これが海の味なのね。たしかに、飲み干すのは無理だわ)
視界に映るのは青い海と白い砂浜だけだった。目を凝らすと岩場が見え、それが砂浜の終わりだったが、海の果てはどこにもなかった。
(お腹すいた)
タラサは足裏を洗う波を何度か蹴り、立ち上がって砂浜を歩いて食べ物を探し始めた。美しい砂は歩くたびにきゅっきゅっと音をたてた。
(なんて素敵な! 歩くだけで音楽になるなんて)
目の前にある楽しさのせいで食べ物探しを忘れたタラサが砂浜で足踏みしていると、それはだんだんと踊りのようなステップに変化していった。彼女にダンスの心得があったわけではない。より気持ちのいい音を出そうとしていたら、自然と踊りのような足さばきになっただけのことである。タラサがとても楽しそうだったので、踏みつけられた二枚貝は彼女を怒鳴りつけることなく笑って許した。
しばらくの間、タラサが不格好な踊りを続けていると、砂浜にコウノトリが降り立った。
「ははは。ずいぶんと変な踊りじゃないか。どれ、僕が手本を見せてやろう」
コウノトリはそう言うと、羽を広げて跳ねまわった。タラサは彼の言葉が理解できたわけではないが、コウノトリがあまりにも楽しそうだったので、つられた彼女は見様見真似で踊った。
「そうそう、その調子。いいね、お嬢さんはなかなか筋がいい」
満足気なコウノトリは声を出して笑った。それを歌だと思ったタラサは自分も歌おうとしたが、空気が漏れるような音しか出ず、依然として喉の異物感は消えていなかった。タラサは、昨夜あまりにも強い力で喉を絞められたことを思い出した。
(そんな、声が出ないだなんて)
悲しくなったタラサはうつむき、踊りを止めてしまった。自分の喉をさすると、触れたときに痛みが走る部分があることを知った。きっとその場所は、青黒く変色していることだろう。
「どうしたんだ、お嬢さん。お腹でも減ったのかい?」
タラサの変化に気づいたコウノトリは踊りを止め、彼女を見上げて問いかけた。しかし、返事が返ってくることはない。
「すこし待っていたまえ」
コウノトリは海に向かって飛んで行ってしまった。少女は彼を引きとめようと手を伸ばしたが、声が出なかったせいでコウノトリに気づいてもらえなかった。
(ひとりぼっち。お腹もすいたけど、食べる気分じゃなくなっちゃった)
心細くなったタラサは砂浜を歩き、岩場に向かった。長らく地下室で育った彼女にとって広い海は楽しいけれど、落ち着ける場所ではなかった。ゆえに、岩の床に似た感触の洞窟を身体が求めたのだった。むき出しの岩肌を歩いて岩場の洞窟に入ったタラサはそこで膝を抱え、仲間のことを考えた。しばらくその体勢でいると眠気がこみあげてきたので、地面に伏して目を閉じた。
(涼しくて気持ちいい)
暗くて狭い洞窟はタラサをより深い眠りに導いた。
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