ゆかり

 堂島小枝子が死んだ。

 その事実に、私は打ちのめされていた。


 明美さんとの関係を保つ為に、堂島のことを理不尽に攻撃していた自覚はあった。

 自分達があの子を死に追いやったのではないかと思うと、怖くて仕方なかった。

 そして、子どもの頃の自分を、自分自身の手で殺してしまったような錯覚にも陥った。


 数日経って落ち着いてくると、営業所のみんなが自分を冷たい目で見ているのを感じるようになってきた。

 あの子への仕打ちは、全て明美さんの為にやっていたことだった。

 でも、当の明美さんが、私のいじめが堂島を追い詰めたんだと、私一人に責任を押しつけるようなことを言い始めた。

 ちょっと待って、何それ。全部あんたを喜ばせる為にやったことなのに。

 もともとホントの仲間ではなかったけど、堂島いじめでは同志だったじゃん。

 あの就職情報誌だって、私は置いてない。明美さんが仕込んだものなんじゃないの?

 一人だけ逃げていい子ぶるなんて、ズルすぎる。

 でも、そんなことは言えなかった。

 私があの子をいじめてたのは事実だったから。さすがに言い訳なんてできはしない。


 今の営業所には、誰一人として私の味方がいない。

 そう自覚した時、何故か子どもの頃のことを思い出した。


 ある年の夏休み、忙しい両親が珍しく揃って休みが取れたとかで、海に連れていってくれた。

 海の水は適度にあたたかくて、父親に浮き輪を引っ張ってもらいながら波間を漂っていると、とても気持ちがよかった。

 浜辺に戻った後は、貝殻集めを楽しんだ。

 波打ち際で綺麗な貝殻を探す私の足元に、波が打ち寄せた。

 そして波が引いていく瞬間、私は体全体が海に引き込まれるような感覚に襲われた。

 自分自身が全て崩れさっていくような、とても不安で不快な感覚だった。

 それ以来、私は波打ち際が大嫌いになった。


 今の私は、あの時と同じような不安と不快感に苛まれていた。

 足元を掬われ、自分自身が全て崩れさっていくような感覚が、あの時とそっくりだ。

 今まで必死に築いてきたものがこんなにも簡単に壊れていくなんて、思ってもいなかった。


 これから、どうしたらいいんだろう。

 またいじめられる側に立たされてしまうんだろうか。

 怖い。怖いよ。


 こんなこと、仲間や遼太には話せない。話したらきっとみんなに嫌われる。

 誰にも言えない。

 どうしよう、私、ひとりぼっちだ。

 あまりの心細さに泣きそうになった。


 自分でも、混乱していることはわかってた。

 考えがぐるぐると頭の中を駆け巡るばかりで、全然まとまらない。

 人を死に追いやった事実、またいじめられることへの不安、 誰も味方がいない孤独、全てが恐怖へと繋がっていく。


 膨らみ続ける恐怖に押し潰されそうになっている時に、本部長から着信があった。

「あ、もしもしゆかりちゃん?

 堂島さんの後任、なるべく早く手配するように本社の総務に言っておくからね。

 明美ちゃんとゆかりちゃんの引き立て役になるよう、今回もあんまり冴えない子を選ぶよう指示しとくから。まさかホントにそんな風には言えないけどね。

 一番大人しそうな子、って言っとけばいいか?」

 大声で下品に笑いながら一方的に話した後、通話が切れた。

 本部長は人でなしだと、前からわかってた。

 人が亡くなったというのに、あんな台詞を悪びれもせずに口に出せる神経が理解できない。

 でも、今となっては唯一の私の味方だ。

 明美さんと私が望んでいることをちゃんとわかってくれてる。

 人でなししか味方がいないなんて、私も人でなしだってことだよな。

 それでもいい。私がここで生きていく為には、生け贄が必要なんだから。


 これで大丈夫、一安心だ。

 新人が入ってくれば、全てが元通りになる。

 早くこんな恐怖から解放されたいよ。

 次の生け贄がやって来るその日が、今から待ち遠しくてたまらない。

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