明美 3
十二月二十四日。
毎年この日には、直哉も定時で仕事を上がってくれて、いつもとちょっと違う特別なデートをするの。
直哉が予約してくれた都心のホテルで、豪華なディナー。
ごちそうはいつも食べてるから珍しくもないんだけど、直哉と一緒だからか、クリスマスイブだからか、特別美味しく感じる。
食事しながら、ついつい堂島とダメ井の話をしてしまう。最近気になるのがそのことばかりだから。
ひとしきり話し終わると、黙って聞いていた直哉が口を開いた。
「こんな日なんだから、そんなにイライラしなくていいんじゃない?
最近、会う時にはいつも愚痴ばかり言ってるよ」
薄く浮かべた微笑みが少し冷たく見えた。
……失敗したかな。ご機嫌損ねちゃったかしら。
ちょっとだけ心配していたら、直哉が話題を変えた。
「明美、最近ちょっと太った? ストレス太りじゃないの?
俺、痩せ型のほうが好みなんだよなぁ。
前に会ったことのある、志田さんだっけ? 彼女は細身でいいよな」
……なんで、今そんなこと言うんだろう?
しかもゆかりなんかのほうが好みだなんて。
直哉は感情が読めないところがあって、たまにこうして人を傷つける辛辣な発言をする。
今まで何度かそんなことがあったけれど、ケンカに発展したことはない。
私が我慢して何も言わないから。
この人とは、一度ケンカしたら別れることになる、そんな予感があったから。
直哉と別れることは考えられない。私と結婚するのにふさわしい人は直哉しかいないもん。
だから、珍しく私が折れてあげているんだけど、彼はそんなこと気づいてもいないみたい。
気を取り直すために、化粧室に立った。
鏡に映る自分の姿を、まじまじと見つめる。
確かに、少し太ったかも。
もともと太りやすい体質だから気をつけていたんだけど、三十才を超えてからコントロールが難しくなっていた。
クリスマスイブなのに、こんな情けない気持ちになるなんて。
新城さんなら、直哉みたいな心無いこと言わないだろうな。頭が良くて優しいから。
直哉じゃなくて、新城さんが隣にいてくれたらいいのに……。
ダメダメ、今はそんなこと考えるのはやめて、直哉とのデートを楽しまなくちゃ。
目の前の鏡には、ふっくらしてはいても、十分に美しい顔が映っている。
アイラインを入れ直し、シャープに見えるようアイシャドーを足す。
頬紅をさし、リップグロスをたっぷりと塗る。
直哉から、最近化粧が濃いんじゃないかと言われたこともあるけれど。
もっとお化粧しなきゃ。もっときれいにならなくちゃ。
化粧直しを終えて、改めて鏡を覗き込む。
そして、心の中で、いつものように会話する。
幼稚園の頃から毎日のように続けてる習慣なの。
「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのは、だぁれ?」
「それはもちろん明美ちゃんです」
鏡の答えは、昔からずっと変わらない。
鏡は決して裏切らない。私が美しいのは真実だから、当たり前なんだけどね。
継母の王妃は白雪姫に負けたけど、私は誰にも負けたりしない。
これからもずっと、美しさを保っていくの。
白雪姫が王子様と永遠に楽しく暮らしたのと同じように、ずっとずっと。
そろそろ戻らなきゃと思っていたら、化粧室のドアが開いた。
入ってこようとする女の子と、鏡越しに目が合った。
その瞬間、その子はギョッとしたような顔をして、慌ててドアを閉めた。
……何よあの子。失礼ね。
恐ろしい魔女でも見たような顔をして。
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