明美 1
どうして、私の周りにいるのは、バカばっかりなんだろ?
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私はかなり恵まれた人生を歩んでると思う。
パパは地元企業の社長。私のことをとても溺愛してて、お金の面でもそれ以外のことでも、大抵の我儘を許してくれる。
祖父母達は幼い頃から「あーちゃんは賢い美人さんだ」と猫可愛がりしてくれ、お小遣いもたくさんくれた。
ママは人目を引く美人だけど、あまり自己主張しないタイプで、いまいち何を考えているかわからない。
でも、子どもに無関心って訳でもなくて、手をかけて育ててくれたと思う。
母譲りの整った顔立ちをした私がかわいく微笑めば、周りの大人達はデレデレして、何でも願いを叶えてくれた。
人を思い通りに動かすなんてチョロいものだと、幼い頃から知っていた。
いつもかわいい服を着て、「お姫様みたい」とよく言われてた。
蝶よ花よとちやほやされる。それが私の日常だった。
幼稚園の演劇会では、毎年主役に指名された。
初めて演じたのは『白雪姫』。
色白で可愛い明美ちゃんにピッタリ、とても上手だって、先生も周りのみんなも褒めてくれた。
両親や祖父母以外の大勢から賞賛されて、とても気持ちよかったのを覚えてる。
今でも一番好きな童話は『白雪姫』なのよね。
小学校に上がると、可愛いだけではなく頭もいいと褒められることが多くなった。
特に勉強しなくても、授業はよく理解できた。むしろ簡単すぎて面白くなかった。
もちろんテストはいつも満点。
足し算の繰り上がりが理解できなかったり、九九を覚えるのに苦労してる子達がいたけど、どうしてわからないのか、私にはわからなかった。
その後も勉強で苦労したことはなかったし、塾に通うようになってからは、全国模試では毎回百位以内をキープ。
難なく中高一貫の難関私立女子中学に受かって、六年間をのびのびと過ごした。
いじめとかもあったみたいだけど、私はいつも主要グループの中心メンバーだったから、そんなものとは無縁だった。
被害者側だけでなく、加害者側にも立たなかった。そんなことする必要性を感じなかったし。
被害者を庇ったりなんて余計なこともしなかった。
だって、面倒に巻き込まれたくなかったから。
被害者は、地味で貧乏な子達だった。これじゃいじめられても仕方ないかもね、って感じの。
傍観しながら、ターゲットにされてるあの子達、目をつけられないようにもっと要領よく振る舞えばいいのになんて思ったりもしたけど、所詮私には何の関わりもないことだった。
高校卒業後の進路は、迷わず外部受験を選択した。
相変わらず成績はトップクラスをキープしてたから、付属の大学に学科試験免除で入ることもできたけど、いつも変わらないメンツとの生ぬるい環境にはもう飽き飽きしてた。
学部についてはちょっと迷った。
文系理系どちらも得意で、特に何が学びたいとか、あまり考えたことなかったから。
とりあえず、就職してからも役に立ちそうな経済学部を選んだ。
第一志望の大学にすんなり合格し、キャンパスライフが始まった。
自宅通学で、パパから十分にお小遣いをもらってたからバイトする必要もなく、講義と遊びに全ての時間を使えた。すごく充実した毎日だった。
男子のいる環境は小学校以来。
初めは慣れなかったけど、周りにいたのはちょっとニッコリすればデレデレして言うことを聞いてくれる便利な男子達ばかりだったから、楽だった。
もともと顔の作りがいい上に、お化粧を覚えて更に磨きをかけてたし、服にも気を遣ってたから、私は学内でかなり目立つ存在だった。
学部には圧倒的に男子が多かったから、毎日のようにお誘いがあった。他の学部の男子からも声を掛けられたりした。
でも特定の恋人は作らずに、いろんな人と適当に出かけたり合コンしたり、楽しく遊んでた。
もちろん合コンではいつも一番人気。
他の女子達から、モテモテで羨ましいってよく言われた。
そりゃそうよ、あなた達より美人だしお金もあるし、もともと持ってるものが違うんだもの。
私は特別なの。神様がそう決めてくれたんじゃないのかな?
なんて、まさかホントに口に出したりはしないけど。
それにしても、私と自分を同じレベルで考えてるみたいな、身の程知らずの女子達が多いことには辟易した。
結果的に引き立て役になってくれてたから、感謝してたし、仲良くはしてたけどね。
卒業後の進路は、またちょっと迷った。
家事手伝いをしながら花嫁修行することも許される状況だったし、望めばパパの会社に入ることもできた。
でもそれじゃ余りにも退屈だなぁと思った。
私の頭のよさを、ぬるい環境の中で眠らせちゃうのはもったいないと思ったし。
結局、パパと前社長に親交があったご縁で、今の会社に入ることにした。
パパの会社に負けないくらいの優良企業だし、実家の近くに営業所があるのも利点だったから。
入社後は、営業所唯一の女性、おば様事務員に仕事を教わった。
おば様は、営業所の事務を長年一人で切り盛りしてきた大ベテラン。
竹を割ったようなサッパリした性格の人だった。
仕事ができるし教え方も上手くて、私はすぐに仕事を覚えることができた。
まぁ、業務自体そんな難しいことではなかったし。
久しぶりの若くてかわいい女子社員と言うことで、同僚の営業男子にも取引先にもかなり歓迎された。
媚を売るまでもなく、勝手にちやほやして、優遇してくれた。
社長の縁故だからとか、パパの七光りとかもあったかも知れないけど、私としては自分の存在に価値があったからこそのことだと思ってる。
しばらく女性二人体制で和やかに仕事をしてたけど、数年後におば様が定年退職することになった。
その頃には私も中堅として大きな仕事も回せるようになってたし、おば様がいなくなっても大丈夫だろうという自信はあった。
でも、おば様の送別会で言われたことが、ほんの少し胸に引っ掛かった。
「明美ちゃんは、いろんな面で恵まれてる、しあわせな子よ。頭がよくて可愛くて。
でも、それだけじゃなくて、本当の意味で仕事ができるようになる能力も持ってるからね。
これからはそこを伸ばして欲しいな。
可愛いだけで仕事が上手くいくのは、今のうちだけだから」
……は? 何言ってるの?
今だって問題なく大きな仕事ができてるのに、これから本当の意味で仕事ができるようになれって?
おば様に対しては、目上だからなるべく立てるようにしてたし、こちらから合わせて仲良くしてあげてたのに。陰では私のことそんな風に思ってたなんて、失礼しちゃう。
最後の最後で、がっかりさせられたわ。
おば様が辞めた後、一人でも業務には支障ないと思ってたんだけど、入社時から可愛がってくれている本部長から連絡が入った。
「明美ちゃん一人で営業全員分の仕事をこなすんじゃ、大変でしょ。
一人女の子を補充するよう手配したから」
そう言った次の週には、新しい事務員がやってきた。
それが志田ゆかりだった。入ってきた時は二十三歳くらいだったかな。
派手な外見、細身で背が低くて、顔はそこそこの美人ってところかな。
クールな印象なのに愛嬌があって、割とすぐに仲良くなった。
いつも自分が可愛がられる立場だったから、後輩という存在には慣れてなかったけど、懐いてきてくれるゆかりは可愛いと思えた。
ゆかりはとても気が利くタイプで、痒いところに手が届く対応をしてくれる。
仕事もおしゃべりもテンポよく進められて気持ちいい。
ただひとつ気に入らないことと言えば、ちょっと若いからって周りの営業男子達にちやほやされること。
ゆかりも悪い気はしてないようで、適当にあしらいながらも、ニッコリと愛想を振りまくことは忘れないから、男子達と良好な関係を築いてるみたい。
顔やスタイルは私の方がいいし、仕事の実力も私の方が格段に上。なのに、年が若いってだけで男子にちやほやされるなんて。
……おもしろくないなぁ。
まぁでも、私の方が断然格上なのは確かだから、許してあげるかな。
仕事を教え始めると、ゆかりは飲み込みが早く、すぐに使えるようになった。
でもたまに確認漏れとかの小さいミスがあった。
「確認してって何度も言ったよね?」
少し強めに叱責したら、無表情になり小さな声で
「すみません、気を付けます」
呟くように謝ってきた。
可愛げのない態度にちょっとムッとしたけれど、 すぐにいつもと変わらない明るいゆかりに戻ったから、私も後を引かずに済んだ。
日にちが経つにつれ、次第にミスも減ってきて、イラつかされることも少なくなっていった。
思い返してみると、入社してからもう十二年。
ルーチンも突発的な対応も、仕事に関しては完璧。
簡単にこなせすぎて歯ごたえがないくらい。
ぬるい環境だなぁ……と思うけど、その分アフターファイブは充実してる。
エステに行ったり、デートしたり。
ぬるいなりに居心地いいこの環境を今更壊すのは面倒だし、そうする必要性も感じない。
結婚するまでは多分このままの感じかな。
大学時代はいろんな人と遊んでたけど、社会人になってからは、結婚のことも考えてきちんとしたお付き合いをすることにした。
私が選んだのは、パパの会社の人。名前は荘司直哉さん。
付き合い始めてそろそろ七年になる。
私と同い年だけど、入社当初から一目置かれる存在で、次期幹部候補と噂されてるみたい。
私と結婚すれば、いずれは社長。その噂がホントになるってことは、もう決まってるんだけどね。
彼と出会ったのは、パパがお気に入りの男性社員数人を自宅に招いた日だった。
客間に通された男性達に、挨拶がてらお茶を出した。
その時、入社五年で係長になったばかりの有望株と紹介されたのが、直哉だった。
その昇進の速さは、パパの会社では異例のことだったみたい。
直哉はその後も順調に出世して、今では課長。
パパと私の目に狂いはなかったということね。
その日、我先にと私に近付いてこようとする他の社員達とは違って、彼は私には目もくれずにパパとばかり話してた。
私なんて眼中にないって態度が気に入らなかったけど、一目見たときからなんとなく気になる存在だったのは確か。
背が高くて細身。目を引くハンサムではないけれど、和風のスッキリした目鼻立ちをしてる。クールで表情が読めない感じ。
初めて出会うタイプの男性だった。
その後、パパの会社のパーティとかで何度か顔を合わせることがあって、なんとなく連絡先を交換した。
彼からの誘いで食事に行くようになり、自然と付き合うようになった。
情熱的ではないけれど、スマートにエスコートしてくれる彼の態度には、大切にされてるという満足感があった。
世の若い男達はつまらない奴らばかり。私とは釣り合う人はいないと思っていたけど、彼だけは違う気がした。
仕事ができてお金もあって、スマートでかっこいい。尊敬できるところがたくさんある。
他の男達には感じたことのない気持ちを、直哉に対して初めて抱くことができた。
仕事熱心すぎるせいか、彼はなかなか結婚しようと言い出さないんだけど……、付き合いも長いし、そろそろ言ってくれるんじゃないかな。
いつ話があってもいいように、自分磨きは欠かしていない。
世界一綺麗で、世界一しあわせな花嫁さんになるのが、私の小さい頃からの夢だったから。
この五年くらいは、ほとんどゆかりと二人で仕事をしてきた。
取引の物量が増えていることもあって、何度か本部長にお願いして、事務員を増やしたんだけど、誰一人として長続きしなかった。
今まで配属されたのは、使えない子達ばかりだった。
親切丁寧に教えてるのに、ちっとも仕事についてこられない。
営業所の仕事に、難しいことなんて一つもないのに。
常識で考えればわかる簡単なことばかりなのに、なんでわからないんだろう?
年が若い子達だったし、常識がなかったのかな。
ううん、年が若いなんて言い訳にもならない。
なんで私の周りにいるのは、パパと直哉以外、バカばっかりなんだろう……。
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