小枝子 1

 どうして、こうなったんだろう?

 いつもと同じ疑問が、心の中をよぎる。

 なんで? いつから?

 何度も繰り返し考えてみるけれど、答えは見つからないまま。

 気が付くと、ぐるぐると同じことを考え続けている。

 なんで?

 いつから?

 どうして、こうなったんだろう……


*****


 私、堂島小枝子のこれまでの人生は、『平凡』の一言に尽きる。

 幼稚園から大学まで、周りの人々と足並みを揃えることを第一に、身の丈に合った場所を選んで過ごしてきた。

 親に反抗したり、ワルぶってみたり、なんて振る舞いは一切したことがない。

 体型は少し太め、癖っ毛に縁取られた丸顔に眼鏡。

 コンタクトレンズを目に入れる怖さに耐えきれず、年頃になってからも眼鏡を外すことはできなかった。

 見た目は十人並より落ちるのだから、せめて暗い子と思われないように、愛嬌ある笑顔でカバーすることを心掛けてきた。

 そのためか、人間関係のトラブルにさらされることもなく、平穏な毎日を送ってこられた。

 それなりに悩みごとや人生の浮き沈みはあったけれど、ごくごく小さなものだった。

 学校生活の中で、気の合う友達も何人かできた。

 中でも小学校から高校まで一緒だった田川千紗とは一番馬が合い、卒業してからもよく連絡を取り合っている。

 目立たず、おとなしく、真面目ないい子。それが私に対する大方の評価だったと思う。

 そしてその評価は、見た目も含めて、大人になった今でもあまり変わっていないと思う。


 大学卒業を機に家を出たのは、とりあえずそれが普通だろうと思ったから。

 高校も大学も家から通えるところを選んだから、生まれてからずっと地元を離れたことはなかった。

 暮らし慣れた土地を離れることは、私の人生において最初で最大の冒険だったかもしれない。

 地元に残って家業の手伝いをしていた千紗と離れることだけが、とても寂しくて残念だったけれど、『都会』に憧れを持つくらいの若者らしさは私にもあったから、それなりに夢を膨らませながら故郷を後にした。

 

 就職先は、東京の端っこで営まれていた小さな設計事務所だった。

 ご夫婦揃って一級建築士である所長と奥様、そしてもう一人の建築士さんで切り盛りしていた。

 所長が父方の伯父の友達というご縁のおかげで、設計関係の資格は持っていないにも関わらず何とか滑りこむことができた。

 担当業務は、アシスタントという名の雑用係。

 所長ご夫妻はとてもいい人達だった。

 素人の私にも製図の基礎を教えてくれて、何年か経つうちには、簡単な図面なら起こせるようになっていた。

 東京とは言っても、若者の街から離れたその地域には、地元の町とあまり変わらない穏やかな雰囲気が漂っていた。

 憧れていた『都会での生活』とはかけ離れていたけれど、まぁこれが私には似合っているなと納得していたし、仕事もそれなりに楽しみながら、毎日を過ごしていた。


 そんな平和な日々が終わりを迎えたのは、働き始めて五年目の冬。所長が事務所を畳んだ時だった。

 ご夫妻はもともと、ある程度二人で働いたら早期リタイアして、田舎に自分たちで設計した家を建ててのんびり暮らそうと決めていたのだそうだ。

 引退準備の為に、所長ご夫妻は一年くらい前から仕事を整理し始めていた。

 もう一人の建築士さんは独立して、新しく事務所を立ち上げることが決まっていた。

 建築士さんから、新事務所立ち上げ時には人を採る余裕はなく、私を雇うことは難しいと思うと言われてしまった。

 所長ご夫妻は、私を雇ってくれるよう知り合いに口利きしようかと提案してくれたけれど、お手数をかけてしまうのが申し訳なくて辞退した。

 さて、次の仕事を探さなくては。

 事務所が閉鎖するまでの間に次を探して、ブランクなく働き続けようとは考えなかった。

 社会人になると長い休みが取れることなんて滅多にないから、少しのんびりするのもいいかなと思って。

 会社都合での退職で失業手当はすぐ支給されるし、焦らずのんびりと次の職を探すことにした。


 ハローワークに通い、転職サイトを覗き、いろいろな会社を眺めてみる。

 特にやりたいことがある訳ではない。

 今までの職歴を活かそうにも、やってきたのはほぼ雑用。

 もちろん設計なんてできないし、CADオペレーターとしての技術が高い訳でもない。

 前職にこだわる気持ちは到底持てなかった。

 今のまま一人暮らしできるくらいのお給料が貰えれば、どんな仕事でもいい。そんな風に思っていた。


 のんびり過ごして二ヶ月、少し焦りの気持ちが芽生えてきた頃に、今の会社の募集を見つけた。

 事務職、未経験可(基本的なPC操作ができればOK)、今の住まいから片道二十分程で通える距離。お給料は前より少し多く貰えるみたい。

 条件はいいし、一度普通の会社勤めを経験してみるのもいいかもしれないな、なんて、軽い気持ちで応募してみた。

 すると、とんとん拍子に面接まで漕ぎつけ、ついには採用通知が届いた。入社日は四月一日。

 春から華のOL生活かぁ、新しい環境で新しいことを覚えるのは大変だろうけど、まぁなんとかなるよね、きっと。

 その時は、今まで通りの平和な生活が続くと思っていた。

 根拠はないけれど、そう信じて疑わなかった。

 だって、今までずっと、そういう風に生きてきたのだから。


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