第17話 誰もいない村・前編

 その場から撤退した3人は、一旦ダンジョンに戻る。ぬるも言いようのない恐怖を感じてしまったのもある。ああいう状況の場合、恐怖を感じながら探索するのは悪手だ。いらんものまで引き寄せてしまうし、思考がマヒして正常な判断ができなくなる。そして更に悪手に走ってしまう。最終的に取り返しのつかない状態になって初めて正気に戻るのだ。


「しかしあれはどういう事なんだ? まるで生活から人間だけが抜け落ちた感じだけど」

「何者かに連れていかれた……あるいはあの村自体を放棄した、ですかね」

「でも、ルミナ。後者ならばみんな荷物をまとめて出ていくはずですよ? それが無いのと、あの異様な魔力と雰囲気……前者じゃないんですか?」


 連れていかれたとするなら、誰が、どこに、何の為にが残る。もう1度探索に行くべきだ。どっちみち、『八田様と似ている噂』をしっかり知るために来ることになるだろう。


「もう一度行こう、今度は2人にも来て欲しい」

「ええ、もちろんです。ぬるさんがまた壊れないとも限りませんし」


「……え? マスター」

「バーカ」


 慌てて口を抑えたルミナ。もう時すでに遅しだ。ぬるはため息をつくと、フリートに謝罪する。


「ごめん。実はあの時スキルが暴走して自滅しかかったんだよ……お前が泣きまくってたのは知ってたから余計なこと言わんほうが良いと思ったんだ」

「……マスター」

「はい?」


 フリートは腕を後ろに引く。叩かれる、ぬるはそう思ったし、ルミナも不穏な事を感じとりぬるを守るように動き出した。


 ドォン! フリートは、ダンジョンの壁を強く叩いた。すると、ぬるは前のめりに膝をつく。衝撃波が脳を揺らしたのだ。それを見下ろしながらフリートは声を荒らげた。


「あなたが暴走すると悲しむ人がいることを理解していたのなら、何故行ったのですか! 大丈夫だと言ったじゃないですか! あなたは私達を裏切ったんですよ!」

「……ごめん」


 ぬるは跪いたまま、何も返答できずにただ頭を下げる。言い訳も返せないほど、浅はかであった。そして口を滑らせてしまった本人のルミナは、どうしたらいいか分からず何となくうろうろしている。


「俺が悪かった。2度と暴走しないよ、心に誓うから……」

「その言葉、本当ですか?」


 よく見たらフリートの目の色が薄紫から金色に変わっている。すると、ぬるの体の奥に何か『変な感覚』が走った。ルミナはその感覚の正体と、に気づいたようだ。フリートを青ざめた顔で見つめている。


「フリート! 離しなさい!ぬるさんが連れていかれちゃう!」

「わっ!?」


 フリートの目が金色から元の色に戻る。ぬるの中にあった変な感覚は消えた。と、同時に耳元に声が聞こえた。


【モウスコシ……ナノニ】


「うあ!?」


 息が詰まった。声を何とかひねり出す事で精一杯だ。普段の言動がバカ丸出しのぬるとは思えない程怯えた声に、フリートも今の状況をやっと理解した。問い詰めるのも忘れてぬるを揺さぶる。


「マスター、しっかり! 目を開けて、前を見てください! そこに何が見えますか!?」

「目の前……?」


 ぬるは薄く目を開け、前を何とか見る。目の前にはフリートが居るはずだ。声は間違いなくフリート……


「いや、違う! お前はフリートじゃない! 何者だ!」


 指が刀に触れる。目を閉じたまま、刀を掴み取ると目の前にいる何者かに向けて突きを放つ。直撃した感触が伝う。これで確信した。やはり目の前にいるフリートは、フリートではない。フリートは【吸引、排出】を操る能力だ。刀が彼女に直撃することは有り得ない。


「ぬるさん! 起きて!」


 頭のてっぺんに痛い一撃を食らった。反射的に目を開けると、目の前にいたのはルミナだった。フリートとは違い、本物かどうかは感覚で分かる。そして周りを見る。


 ――――基地ダンジョンになど居らず、ぬるは村の入口に座り込んでいた。


「……へ?」

「驚きましたよ、いきなり痙攣し出すんですから……」

「フリートが怒ってたのは?」


 それを聞いたフリートは首を傾げる。


「何も怒ってないですよ? あ、もしかしてスキルの暴走を私に隠してた事ですか? 覚えてませんか、マスター? ダンジョンを操ってあなたを地下に隠したのは私ですよ、知らない訳ないじゃないですか。心配はしてましたけども」

「……ごめんね」


 今度こそ本物のフリートに手を付いて謝る。それを見たフリートは明らかにドン引きしていたが、ゆっくりと近づくとぬるを抱きしめた。


「無事ならいいんですよ、気にしないで下さい。あなたの本心は痙攣してる間ずっと言ってたので解ってます。すまない、すまないってね」

「……」


 久しぶりに安心した。涙が出そうだが、ここで泣くのはダサいなぁ……。


「大丈夫ですか? ダンジョン、戻りましょうか」


 ルミナがぬるの前に屈み、目線を合わせて提案してくる。時系列が分かった。まだダンジョンに戻っていない。ぬるは、今のは『予知』だと気づいた。戻ればさっきと同じ事が起きる。フリートが隠し事を知っていたと言うことだけが違うだろうが、自分は何者かに襲われる。


「いや、行こう。ここで戻ると良くないことが起こる予感がする」

「ぬるさんの直感を信じますよ」


 フリートも頷いた。三人はこの謎の村の探索を始めた。


 ――


「なんだ、この魔法陣みたいな落書き」

「マスター、あの家にもありますよ」


 目の前の赤黒いレンガに描かれていたのは、大きな丸の中に『∞』を縦横に組み合わせた様な図形だ。何かの術式だろうか?


『その陣は、鎖行転印さぎょうでんいんって奴だよ。まさか、お前がここに居るとはね。樹利ぼう

「その声は……駆仁兄かりひとにいか!? どうしてここに……死んだんじゃ!?」


 カランコロンと下駄の音を鳴らし、歩み寄ってきた男。彼は、駆仁正村かりひとまさむら。生前も下駄を鳴らして歩いていたのを覚えている。自分より二つ年上で、高校が都会のため町を出たが、交通事故で亡くなったと聞いていた。


「死んだんじゃないの!?」

「あぁ、俺もそう思ったんだよ。でも目が覚めたら遠くの街で転がっててな。スキルとか能力とかには驚いたけど、とりあえず旅をしていたんだ」


 ということは、正村も何かしらの能力を持っているという事だ。


「ぬるさん、どうか……あれ? あなた、昔ぬるさんと一緒にいませんでした?」

「……誰かな? 樹利坊の彼女さんかな?」

「まあ、そんなところです。あなたもこちらに転生したんですか?」

「みたいだね。樹利坊よりは先に居たからこの世界の仕組みや状況はよく分かってるよ」


 少し笑った正村だが、突然真顔になるとぬるにこう言った。


「お前がここにいるってことは、親父たちはお前をアイツから守れなかったってことだな?」


『アイツ』とは、八田様の事だろう。


「違うよ、俺は駆仁兄が死んでから暫くあとにがんで死んだんだよ。10歳のあの時は回避できたんだ」

「……そうか、早とちったな。わりぃ、わりぃ。さて、ひとまずこの状態を解説しようか。この村は、見ての通り誰もいない。つい最近、全員あの世に連れてかれたんだ。やった奴は分からねえが、三人組だ。そのうち1人の能力が、これを行った」

「そんな能力があるのか!?」


 まるで分からない。そんな恐ろしい能力にどう立ち向かうのか。


「俺はそいつらを止めるために戦ったんだ。相当強力な引力でな……」


 何か言いたいが言わない方がいい、その心がありありと見えてしまう顔をする正村。


「なんだよ、言ってよ」

「……俺はやられてた」

「……は?」

「俺だって理解出来なかったよ! 八田様は子供と選ばれた奴にしか見えないし、まずあの森からは神主が不在の日以外は出られねぇんだよ。俺は樹利坊と違って手を出されなかったが、八田様はその三人を撃退したあと、執拗に追いかけてきたんだ。軽くホラーだったぜ、右手だけで猛ダッシュかましてきやがったんだからな」


 八田様が、追いかけてきている? なぜ? 10歳の誕生日の日、選ばれた俺は回避したはずだ。


「多分、あれは八田様であって八田様じゃねえ。あれだよ、似て非なる者、なんたらもどきって奴だと思う。俺と行動しよう。駆仁一族の最後のひとりとして、八田様を止めねぇとな」


 思わぬ出会いに驚いたが、ぬるにとっては非常に嬉しい出会いだった。


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