二章
第16話 奪う者、奪われる者
自分は、敗北した。あの仮面の怪物に倒された。あの仮面の奥では自分の非力さを笑っていたのだろうか? どうせそうだ。精霊の寵愛が覚醒するまで、自分は、何一つとしてうだつが上がらなく、村の笑いものだったのだから。
実は選ばれた人間だと判明した時、周りの人達は手のひらを返したように自分の事を持ち上げた。たしかに不愉快だったが、大事な仲間もできた。使い魔と自己紹介したメルトとも、強い信頼関係を築けていた。
それを全て、壊された。自尊心も、仲間の命も、唯一の家族さえ壊され、奪われた。あの男は、自らの手で葬らねばならない。
あの男が自分から奪ったものがどこまで重いものだったのか、思い知って貰う。
自分の兄、アキュートは悪魔に選ばれ、魔王となった。だが、魔王らしい行動はほとんど行わず、攻めてきた相手を返り討ちにするだけに留めていた。だが奴は違う。シュウは思う。
「アイツこそが本当の魔王だ、人の痛みを全く知らず、省みない。許されるものか……!」
ベッドの上で固く拳を握りしめる。あの仮面が目の前にちらつく。あの光が見えた。あの恐ろしい刀が、見える。怒りに任せて壁を殴った。
「来るな!」
「シュウ……?」
「大丈夫? どうしたの?」
ドアから2人、顔を出す。シュウが最初に助けた双子の姉妹であり、頼れる仲間であるラ二とエルニだ。二人して優秀な魔杖士でもある。彼女らも”奴”に攻撃され、生死の境をさまよった。しかし謎がある。なぜ、兄は容赦なく殺したのに自分たちはパーティの壊滅とスキルの完全封殺で撤退したのだろう。ラ二とエルニに関してもそうだ。異様な威力の竜巻に巻き込まれていながらも、後遺症などは全く残っていない。
そして自分もだ。精霊の寵愛で常に優位になてなくなったことと、重症を負わされたものの死んではいない。
「そういえば……あの人、魔力を一切使わなかったよね」
「そうだね。魔法というよりは……ううん、能力にも見えなかった。何か分からないけど、とんでもない力だったよ」
ラニとエルニはそんな会話をしている。2人とも解放に向かってるようで、もう歩ける。シュウはもう暫くかかるようだ。
さらに、もう1人の相棒の事を思うとつらい。精霊の寵愛を発動したシュウの前に現れた、『大妖精』メルトの事だ。いつも助言をしてくれ、助けてくれた。しかし、目の前で石化させられ、壊されてしまった。自分の仲間の中で唯一の死亡者と言える。
「奴の正体を突き止めて、必ず倒す。メルトの仇はとる」
救国の勇者? いいや、パーティすら守れない自分が名乗ることは、許されない。そもそも自分は勇者になりたかったわけじゃなく、兄を助けたいだけなのだ。それももう、達成不可能な目的になったが。
――――
「おーい、フリート。早く食えよー」
「ふぁってくだしゃい」
「もう……」
ため息をつくルミナに「余計なこと言うな」と制しつつ、椅子の足を直している男。指からはコマンドが折れた椅子の足に入り込んでいる。彼の頭の後ろには口元に基盤のような線が入り、ドラゴンのアギトの様な形になっている円形のお面が縁日の子供のように装着されているが、いまは顔が見える。黒い目に黒い髪だ。
そして、今光っているのは右手だが、ぬ左手はほかの体の部位に比べて日焼けしたように黒い。
「……よし! 付いた」
「ごめんなさい、ぬるさん。壊してしまって」
「懲りたら椅子を反らして二本で立つのやめろよ」
そう釘を指すとぬるは立ち上がり、フリートがのろのろ朝食を食べている机に向かう。そして、1枚の紙を取る。そこには、かなり前に起きた事件の内容と場所が書かれている。
【ミーレス国内の辺境にあるラルム村という村で、10歳から13歳までの子供20人が行方不明になった。その後、捜索により7人は発見されたが、内2人は大人の姿を見た途端に発狂。他5人は無事であった。しかし、残りの13人は依然として見つからない】
「この事件、痛々しいですよね。私、これについて街の人に聞いて回ったんですけど、だーれも教えてくれないんですよね」
「この事件は……30年前だな。その見つかった子供はいま、大体40歳位か」
そう言うと、同時にフリートも「ごちそうさまでした!」とフォークを置いた。やっと食べ終わったみたいだ。
「今日はミーレス国に行くぜ。わざわざ手配されてるアレオスに居ても……なぁ」
「ダンジョンは、どうします?」
「移動だ」
言うや否や、ぬるはフリートのほうを見やる。フリートは口に物が入ったままのため喋らないが、頷くと両手を上に挙げる。すると、大きな振動と共に動き出した感じがする。外壁はどうなったのだろうか。
「大丈夫ですよ。あの外壁は縮小されて本体の中に入っています」
「そんなギミックもあったんだ。弄らなくてよかった」
ぬるの疑問を見透かしたようにフリートが説明してくれる。改めて、自分の選択がファインプレーの連続だったことを噛み締め、久しぶりに満ち足りた気持ちになった。だが、ここで頑張りすぎるのもいけない。それに、あの悪夢と顔に触れた感触についても留意しておかないといけない。いまだに消えない不快感というのもまた珍しい。夢の内容はほとんど覚えていないが、森は覚えている……つまり、「八田様」関連だろう。そしてもう一つ。あの時倒し損ねた勇者についてだ。彼らはたぶん、リベンジを仕掛けてくる。少ししか話していないが、彼の発言の端々に見え隠れしていたのは、【負けず嫌い】だった。
――それに、兄と相棒を殺し、パーティを壊滅状態に追いやったことで恨まれているだろう。
「……これが戦いなんだよなぁ」
そう独り言つと、机の奥にあるものに手を伸ばす。それは、キングビーストを倒したときに使用したライフルだ。猟銃ではなく、スナイパーライフルだ。少し前に、特別なギミックを搭載していたのだが、結局一撃で倒れてしまったので使わずじまいだった。せっかくなので試用してみる。ライフルの横に、見慣れぬでっぱりがある。それを押し込むと、銃身の先端が回転した。するとどうだろう。銃の内部も組み代わり、
「ぬるさん。そろそろつきますよ」
「お、そうか。わかったよ」
ルミナが振り向くと、それにこたえて手を軽く上げる。目的の町はすぐそこだ。街からそこそこ外れた場所で振動は止まった。ここからはぬるだけで行く。必要に応じてルミナとフリートが増援で来る手はずになっている。
「じゃあ、聞き込みしてくる」
自分の記憶にも、スキルにも。決着をつけなければならないものが多すぎる、そう思いながらぬるはダンジョンから出た。ダンジョンの近くに湿地があるようだ。もう足元がかなり湿っている。
村へはそこまで時間はかからなかった。しかし、町の前に来た時、明らかに不自然な状況を目にした。
――人が、一人もいない。
ぬるの目の前には八百屋があるのだが、野菜や果物はそのまま置いてあるのに無人なのだ。ジャムの瓶を見つけた。賞味期限はしばらく先になっている。そして村全体が、まるで、今さっきまで人々が生活をしていた様相を呈しているのだ。
「なんだこれ……こんなことってあんのか。ルミナ! フリート!」
流石に寂しくなった。少し焦り気味に二人の名を呼ぶ。二人とも瞬時に来た。そして、二人しておなじことを言う。
「この町全体から、とんでもない強さの魔力が漂ってます」
「一回退きますよ、マスター」
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