第18話 誰もいない村・後編

「なぁ、駆仁兄。あんた本物なのか? なんかが化けてるって可能性もあるし、まだ信用出来ないよ……」


 歩く道すがら、村で再会した生前深く関わりのある彼に問う。正村は、どう証明しようかと考えているようで、顎に手を当てている。


「そうだなぁ……。あ、あれならどうだ? トラクターでおじさんの野菜引き潰しちまって怒られた話。どんなに上手く化けれても記憶だけは再現できねえからな、どうだよ」


 ものすごく懐かしい思い出だ。おかげで自分まで大目玉を食らったのを覚えている。確かその後、しばらく伝説になっていた。

 これで彼は本物だと証明された。安心して顔を上げると、フリートが村の奥を見つめている。


「何見てんだ?」

「あれ、なんですか? うちにも社がありますけど、あれもその一つですか?」


 村の奥に見えるのは、この村の状態にそぐわないレベルできれいに整えられた神社のような場所だ。ものすごく不自然に見える。同じことを皆が思ったようだ、一様に警戒している。


「駆仁兄、あんなの、さっきあったか?」

「どうだったか……多分なかったと思うけど」

「どうします? 行くだけ行ってみますか?」


 ルミナにそう問われ、ぬるは考え込む。確実に罠なのだが、飛び込むべきか迂回するか。普通に考えたら迂回するが……


「んー、行くか。もしかしたら何か有用な情報があるんじゃないかな? 虎の威を借る狐って言うしな」

「バーカ、同じ虎なら適切なのは、虎穴に入らずんば虎子を得ずだよ。お前は髪の毛でも刈ってろ」

「どうして毎回髪の毛ネタで弄ってくんだよ!? しかも借るの漢字も違うし!」


 などと言いながら4人は社に向かう。鳥居などがないので、寺に近いのかな? と考えながら慎重に進んでいく。


 ――空気が変わった。


 常に見られているような、そんな感覚が四人を駆け巡る。しかし、こんなものは恐怖のうちに入らない。慣れているからだ。ぬるが最も怖いと思っているのは八田様と母親くらいなもので、生前も何かと降り掛かってきたことはある。最初はビビっていたがしばらくすると『はーん』で終わっていた。ちなみに純粋なフリートは怖がっているようで、ぬるの首を力一杯掴んでいる。顔が青くなっているぬるに気づいた正村がフリートの指をぬるの首から引き剥がし、ぬるの腕を握らせる。


「本堂っぽいところに着いたな」

「何かあるかな? ルミナ、感知してくれる?」


 ルミナは目を閉じる。しばし後に目を開くと報告する。


「人はいませんね。敵もです。ここには……。実は、目の前の建物もないんです。わたしのスキルで感知できない、イコール存在しないんです」

「……え? 嘘でしょ?」

「マスター…?」


 震え声のフリートの背中をさすりながら、正村を見る。正村は厳しい表情で周囲を見回している。自分と目が合った。その目は、『やられた』『閉じ込められた』と言いたげだ。


「脱出しないとな、兄?」

「おう。何のひねりもない罠だったな。これをどうケアしていくかで今後が変わると言っても過言じゃないぜ……あれはなんだ?」

「……飛行船、ですか?」


 正村とルミナが上を見ながら話し合っている。ぬるも上を見ると、なるほど、飛行船が飛んでいる。この世界では普通に使用されている交通手段の一つだ。


 その飛行船から、非常に強い力を感じる。間違いなく勇者パーティだ。かなり痛めつけたはずだが、なかなかの回復力をしているようだ。あの妖精はいないから、次は潰せる。リベンジのチャンスをくれてやろうと思ったぬるは、柱を戦闘機に変えようと社に触れる。


 すると、社の全ての扉が大きな音を立てて開いた。思わず固まる。ルミナがぬるの腕を掴み、後ろに押しやる。正村がすぐさまぬるの前に立ちはだかる。彼の腕から、青色の煙が立ち上っている。いや、これは煙のように見えるが魔力だ。体からあふれ出すほどの魔力、これを総動員した攻撃を食らえば、死は免れないだろう。


「八田様か? いや、違うな。今のは警告か……」

「警告? なんのだよ」

「仮に八田様だったら、もうとっくに襲ってきてるはずだ。選ばれた子供と、それを代々守護してきた一族がいるんだからな。10歳のあの時と一緒の状況だろ? でも今のは違う。とにかく、この場所を少しでもいじくらないほうがいい」

「ああ、行っちまう……」


 飛行船がだんだん遠ざかっていく。ぬるは残念そうに見上げているが、何を思ったのかUターンし、元来た道を戻ろうとする。


「まてまて、樹利坊。閉じ込められているって分かってるだろ?」

「何とかして改変できないかやって見る」


 鳥居の前まできたぬるは、とりあえずくぐって見る。だめだ。見えない壁にぶつかったように弾き返される。見えないが質量のある壁が反りたってるようだ。ぬるは少し安心した顔をすると、指を出す。


〈null〉silent wall.systemdown


 このテキスト、ある程度改変したい対象と似た意味であれば認識されるようだ。


「さあ行こう、飛行船を追っかける」

「大丈夫かな? 何も……起こらねえな、さっさと出ないとまた閉じ込められないとも限らない」


 4人は元来た道を戻り、謎の寺院らしき場所から脱出した。それにしても今のは何だったのだろうか。あの強い魔力が映し出した幻影だったのか。謎は深まるばかりだ。飛行船はまだ見える。ぬるは適当な家に目をつけ、テキストにより戦闘機に改変する。フリートもルミナも『やれやれ』と言った顔をしているが、ぬるの能力を知らない正村は驚いた顔をする。


「すごいなぁ! 坊がこんなスゲー能力なんて! やっぱり、一番強いのは力技じゃなくて応用の幅が広いチカラだな!」


 嬉しそうだが、正村はまた真顔に戻る。飛行船を見上げたままだ。


「……行くべきじゃなそうだ。あれこそ罠の可能性がある、というか罠だ」

「いや、それはないでしょ」


 流石に考えすぎだと言うぬるに対し、正村は腕を組むと言葉を続けた。


「じゃあ何で取ってつけたようなタイミングで飛行船が俺達の上を飛んだんだ? それも強力な気配をまき散らしながら、な。

 お前が半殺しにしたって言う勇者だが、真紅の炎……ストロンチウムの反応炎、つまり核って事だな。そんな物を喰らわしたなら恐らくまだ回復してねえだろうよ。生きてるかも怪しい。そう考えると、あの飛行船にいるのはターゲットではないってことだ」

「……それは深読みしすぎじゃないか?」

「じゃあ聞くけどな、お前は勇者の気配を知っているな? それはお前が戦った時と同じか?」

「同じだよ、


「強力なスキルを一つ潰したんだろ? なら同じ強さであることはおかしいじゃねえか」


「あっ…………」



 彼の発言でぬるは完全に納得した。確かに、精霊の寵愛を止めたのだから同じ強さな訳が無い。多少なりとも減衰して無ければおかしいのだ。

 また飛び込んで同じ撤を踏まなくて良かった。正村にお礼をする。


「ありがとう、兄。おかげで自爆しなくて済んだよ……改変解放」


 戦闘機が家に戻る。よくよく見れば、あの飛行船、進んでるはずなのに先ほどと同じところを飛んでいて、一向に視界から消えない。他にも不自然な事が色々と見つかった。冷静になることはとても大事だ。


 誰が何のためにやっているかは知らないが、とりあえず4人は村から出ることにした。

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