第5話 探索という名の制圧
「あれ?」
扉を押し開けたぬるの前には、さっき通ってきた廊下と全く同じ廊下が伸びており、遠くにはやはり鉄製のドアがある。頭に疑問符を浮かべながら二人は進む。また、扉の前まで来た。再度確認したが、ドアレバーやドアに不自然なところはない。
「……あけるよ」
「どうぞ」
さっきよりも乱暴に開け放つ。やはり、同じ廊下が伸びている。全く変わらない状況に早くも狼狽の色が見え始めたぬるだが、ルミナは冷静に言った。
「ループ、してますね」
「そりゃあ見ればわかるよ」
「じゃあ策を講じましょう。ぬるさんはご飯のことでも考えていてください。『魔力感知』」
ルミナの眼が細くなる。結構突き放されて悲しいが、彼女なりの配慮ということにしておこう。いま彼女は、このループがいったい何に由来するものなのかを確認しているのだ。魔法であれば必ず魔力が存在する。それを知ることで突破口を開くカギにするのだ。ぬるはご飯のことを考えながらそれを待つ。とんかつ食べたいな、というあたりでルミナが目を閉じると口を開く。
「魔法です。おそらく転移魔法ですね。魔法を破らない限り突破は困難です」
魔法を突破なんて、この世界に来てから一度も魔法を扱っていない自分に出来るわけがないだろう。力むと出るのだろうか。ぬるはどうしたらよいのかわからずに手を見る。そのまま数分が過ぎ去っていった。ふと、スキル看破の店の主が言っていたことを思い出す。
『君に備わる10のスキルの一つは、『転移無効』だ』
ぬるは思わず「おっ」と声を出した。急に変な声を出したぬるを怪訝そうに見るルミナに、今思い出したこの状況の打開策を伝える。
「ルミナ! たぶん突破できるぞ、俺は焦って何も見えてなかった。能力にかまけていたのが良くなかったんだ」
「本当ですか!? どうやってやるんですか?」
「俺のスキルには、『転移無効』がある。これを使った状態で転移魔法を発動させれば……」
「発動を無効にできる! それですよ!」
久しぶりにこんなにテンションが上がった。そうとわかればドアの前に走っていく。ここからが緊張の一瞬だ。ドアの前で止まると手を上にあげる。そして、『精霊の寵愛』を発動した時と同じように宣言する。
「『転移無効』。これで……」
ぬるはドアレバーに手をかける。触った途端、ドアレバーが震え出す。あたりだ、と思った時には一気に下に降ろし、押し開けた。一瞬だけ先ほどと同じ景色が見えたが、景色そのものにヒビが入る。
ぬるは拳を握りしめる。それと同時に空間が割れ、松明の炎が消えた。二人はまた、薄暗い廊下に立っていた。後ろを見ると、先ほど通ってきたドアがひしゃげ、半開きになっている。奥に向かって道はまだ続いているが、少し先に開けた場所を見て取れた。
「行こう、あそこに出れば少しは何か分かるだろ」
「そうですね。とにかくここは寒いです、急ぎましょうか」
早歩きで道を進む。暗がりで目が慣れてきたようで、壁の模様などがうっすらと見えるようになった。模様のように見えたのは水滴だった。程なくしてやっと開けたところに出た。ここには大量の岩が転がっている。ぬるは岩をどかそうと手をかける。
「岩……? 」
「違います! それは――」
「うわっ!?」
ぬるは弾き飛ばされる。岩だと思っていた部分は腕だったようだ。周囲に転がっていた岩が合体していく。作られた姿は岩をヤドカリのように背負うが、全体的に鋼のような重厚感を放っていて、さらにはあまり長くない腕が地面に着くほど前かがみの姿勢をしている。間違いなくゴーレムだ。
「こいつはゴーレムか!」
「これは……! 最上位のゴーレム、『ネオスティールゴーレム』です! S級ダンジョンの最下層付近にいるはずの物が何で一層に!?」
ゴーレムは物言わず剛腕を振り下ろす。ぬるは必死にゴーレムから距離をとる。流石に驚いたし、初陣が最上位ゴーレムとは付いてないにも程がある。
しかし能力を使いたくても基地に使いたい関係上、しっかり考えて使いたい。だからここではまだ使えない。スキルだけで何とかする他ないのだ。
「!?『強化再生』!!」
「ぬるさん!?」
ゴーレムの腕をかわせずに顔面に鋼の腕が直撃する。頭が吹き飛ばされ、血を吹き出した。ルミナは思わず顔と口を抑える。
しかし、一瞬黒いモヤに覆われるとスグに生えてくる。脳も一緒に再生するので記憶の欠如も無しだ。
「危ねぇ、早くも死ぬところだった」
「ぬるさん! 良かった…!」
「一応だけど、マスターがそう簡単に死ぬかよ」
どうやらぬるにはほんの少し、上に立つものの自覚が出てきたようだ。まぁある人からの教えを守っているだけなのだが。
【教えられたら教え返す。守られたら守り返す、されど先に手を出してはならない】
「もうやられたからやってもいいよな? …なあ和尚」
一言、そう呟くと日本刀を抜き放つ。しかし、鋼の体を持つゴーレムには全く効かない……はずなのだが。
ゴーレムの腕が落ちる。関節を破壊したのだ。可動部位だけは岩で覆うことは不可能。そこ以外にコレといった隙を見せない敵には選択肢が限られるという事だ。相手の選択肢を潰して攻撃を見切りやすくする、戦闘の初歩と言えよう。
「次は左の膝下を貰おうか!」
「ぬるさん!」
切り落とした腕がぬるに向けて飛びかかってくる。ルミナが右に出てきてそれを抑える。
「いゃああ!」
掴んだと同時にもう片方の拳で腕を木っ端微塵にする。流石に力仕事は得意と豪語していたのは、伊達ではない破壊力だ。小石のように粉々になったが、ここまで細かくなってしまうと再生しないようだ。ぬるは正確に岩と岩の隙間を削り、足を落とす。尚も戻ろうとする足をルミナに踏み砕かれ、再生出来ずにゴーレムは後ろに仰け反る。頭と胴体をつなぐ黒いパイプの様な関節が剥き出しになった。
「お前は岩らしくそこに転がってろ!」
日本刀は水平に首の関節を捉える。1ミリもブレずにゴーレムの首を切り落とした。司令塔である頭が消え、体の方は機能を停止してバラバラに崩れる。頭はまだ動いていて、隕石のように飛んでくる。刀を構え直すぬるの前にルミナが立ちふさがると、ゴーレムの頭にパンチがジャストヒットする。
「『
ルミナが叫ぶと、赤い衝撃波がゴーレムの頭から周囲の地面に伝わる。衝撃が加わった部分が砂のようにサラサラと消えていく。当然、周囲の地面も消える。ぬるは、一瞬だけ無重力のように体がふわっとするのを感じた。
「ゴーレムは倒した! でも……落ちるぞぉ!!」
「やりすぎました!」
二人は下に落ちていく。実はまだ1層だと思っていたのだが、元々3層までしかない事が後でわかった。
落ちる時間はあまり長くなかった。下の層は1層よりもさらに暗く、ルミナでもお手上げレベルの視界不良だ。
「……ここまで来るとは、何者だ?」
ぬるたちの後ろから声が聞こえる。振り向くと、暗い中でも際立つ白さのスケルトンが立っていた。しかも普通に顎をカタカタ言わせながら喋っている。
「なんだこいつ」
「砕きますか?」
「待て待て! 穏便に話そうって言っているじゃねぇか!」
拳を振り上げたルミナから逃げながら、このスケルトンは驚くべきことを明かした。
「まだ動くなよ。この階層では、歩きだしたら何があっても後ろを振り向いちゃダメだ。いいな? 一つアドバイスを言ったから、お前らも質問に答えてもらおうか」
「なんだよ、藪から棒に」
「男のお前。異様な殺気を放ちながら歩いているな。それは何に由来するのか答えろ」
―― このスキルを持つものは、一人の例外なく魔王になっている。
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