第3話 精霊の寵愛
自分が転生した町から東に半日ほど行った草原に、そのダンジョンは顕現したようだ。それも相当な難易度であり、初心者はおろか上級者も立ち入りを認められないという異例のダンジョンである。入れる条件まで設定されており、『A級ダンジョン以上のダンジョンを三つ以上踏破及び攻略している』『ギルドマスターとの面会で装備、心身などのチェックを受けそれに合格したもの』となった……
と、いうことが集めた情報の総括である。色々なところを回ってこの世界の事情や敵性存在の有無、仕事の種類などを確認した。
「ハンター、冒険者、護衛隊……なんか俺の思う異世界そのもので少しビビってるな」
そんなことをつぶやきながらも思考は止めない。町を歩きながら絡まれない程度にチラチラと周りを見ている限り、日本刀を持ち歩いている人などはいなかった。であれば日本刀を使うのは避けたほうがいいか? とも思ったが、この能力には重大な欠点がある。
――一度変化させたものは変化元に戻すことはできても、別のものに変化させることはできない。
「考えてみたら、相当重い縛りだ。改造の限度は一回きりってことだしダンジョンを改造とするとして最初からしっかり設計を組んだほうがいいかも……」
やっと草原に着いた。奥にうっすらと見える構造物が目的地なのだろう。確かに、不穏な空気を放っている。
「一回偵察しに行ったほうがいいかな」
ぬるはしゃがみ、一握りの砂を掴み取ると空いているほうの手で文字をすらすらと書いていく。
【<null>:sand. machine Drone engage】
手の上の砂が小さな竜巻のように渦巻き、プロペラや素体を形成していく。この能力は何に対しても使えるのだ。少し待っている内に余分な砂が落ち、一機のドローンが完成する。
行ってこい、とつぶやくとドローンは浮かび上がり、ダンジョンに向けて飛んでいく。その様子をぼーっと眺めているぬるだが、背後に気配を感じて振り返る。
すると、鼻先に何かを突きつけられた。焦点が合わずに数歩後ずさるが、それが杖であることを理解するのにそう長い時間はかからなかった。
「何者だ、貴様」
「何って、通りすがりの人だよ。危ないからその杖を下ろしな」
「信用できるか! その腰にあるのは武器ではないか!」
「自分で作った武器だよ。護身用にな。んで、ここには何かあるのか?」
ぬるは必死でしらを切る。それが功を奏したようだ。相手はぬるの言い分を信用してくれたようだ。ため息と一緒に告げられる。
「この先にはSS級ダンジョンがある。危ないからここで戻れ」
「SS……? すまない、世間にうとくて何を言っているのか理解できない。説明してくれないか?」
ここだけは本心のその質問に、その魔杖士はあきれながらも親切に説明してくれる。
「いいか? ダンジョンにはランクがある。B、A、S、SS、SSSまでの5ランクがな。このダンジョンはSSランクだ。だから相当難しいんだよ。お前のように何も知らない民間人は近くに寄ることすら許されない、そういう危険な場所なんだよここは。わかったらさっさと行け。すぐそこまでは護衛をしてやるから」
厳しい言葉をかけられ、そのまま逆走させられる。さらに後ろに4人がついているため下手な行動ができない。さて、どうしようかと考えてると急に耳の奥で「ブツっ」という音が聞こえた。ドローンが破壊されたのだ。そこまで近くにはやってないのに破壊されたということは、迎撃機構か何かがあるのかもしれない。あれば対空砲にでも変えてやるか、などと思いながら結局草原から追い出されてしまった。
「うまくいかないねえ。……もういっぺん行くか」
今度はばれないように……しかし草原というのは遮蔽物がほとんどない。すぐにばれるだろう。どうしようか……ふと足元を見たとき、頭の中に彼らを出し抜きながらダンジョンまで向かう道筋が立った。
作戦はこうだ。まず草原を回りこみ、パーティとは反対方向からダンジョンに近づく。かなり不安があるがとても運がよくなるという精霊の寵愛に頼りつつ運任せでダンジョンに侵入する。簡単ながら効果的な作戦を思いついたことを自画自賛しながらダッシュで向こう側まで走っていく。
「このあたりで……『精霊の寵愛』」
「よびましたか? マスター」
「はい?」
………え?
「ぎゃああああああああああああ!? 何? 何お前!? 俺の眼がおかしくなったのか!?」
「うっわああああ!? 何ですか!? 叫ばないでくださいよ! 驚くしなんか寂しいし!」
目の前にはふわふわと空中を漂う少女がいた。目が飛び出るかと思った。これが精霊なのか? その質問は即座に返された。
「初めまして。私はルミナ。寵愛を受けたあなたの使い魔です。どうぞお使いください」
「うん、最初から説明して」
はい、そういわれると思いました。と前置きされ、説明が始まる。
「私はまず、こことは違う次元の世界から来ました。あなたが生前いた世界とも違いますし、今あなたの居る世界とも違う場所です。ですが、『精霊の寵愛』を所持するものは生まれた瞬間からすべての世界のどこかにいるある方から守られています。私はその方の名前を発言することはできません。発言すれば世界を追放されるからです。そして、スキルの所持者と性格が一番似通った存在が使い魔として与えられるのです。それが私なのですよ、ドゥーユーアンダスタン?」
「イエス。なんとなくわかった。そんじゃ次の質問なんだけど、君はどういった種族なの?」
そう聞かれると思いましたよ! と嬉しそうにふんぞり返る。自分の性格に確かに似てないこともないが、こんな面倒くさい性格だったのかと少し悲しくなる。
「私の種族は魔人です。ルミナ・ダクテルス。見てくださいよ、この角!」
ほらほら、とおでこのあたりからちょっと突き出している突起物を見せつけてくる。
「わかったよ、わかった! ……俺の名前は――」
「ぬるさんですよね? わかりますとも! 生まれたときからあなたを見てきたんですから知らないわけないでしょう」
「ヒェ……」
ちょっとだけ恐怖を感じた。
「その顔からすると、魔人が使い魔になるのか? ということを考えてますね? そういうわけではないです。人によって様々ですよ。天使の時も、エルフの時もありますし、魔人や吸血鬼、果てはスライムまでありますよお」
「スライムだけは嫌だな……」
「いえ、むしろスライムほど厄介な種族はありません。どんな形態にもなれる特性上諜報や偽装工作など、使い魔らしい運用ができるんですから。でも魔人だって負けてませんよ! 護衛とか荷運びなど、力を使うことにはめっぽう強いんです!」
「ストップ。やることをやらないと」
大声を出しすぎてパーティに気づかれてしまいかねない。まだ説明を続けようとするルミナを制しながら、草原を進む。見えてきた、奥にそびえるピラミッドのようなものが例のダンジョンだろう。
「あの、ぬるさん。あのダンジョン、たぶんですが『人間じゃ』入れませんよ? 迎撃機構が多すぎて近づくことすらできないかと」
「そうなの? ああ確かに、ドローンが落とされたしな」
そんなことを言いながらその場で立っていると、ルミナがぬるの前に出る。彼女はにっこり笑うとこういった。
「私にお任せを」
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