第2話 その名は<null>


「あんた、すごいな! アンチスキルのオンパレードだ! ここまですごいと呪いの領域だよ!」


 開口一番褒めちぎられてどうしたらいいのか対応に困る。しかしそのおじさんはすごいすごい言うだけで何も言ってくれないのでさすがにイラっとした。


「いったい何がすごいんですか?」


 多少けんか腰で言う。するとおじさんの顔が突然大真面目になる。


「まず人間は平均的に5つのスキルと一つの能力を持っているんだ。だが、君はそのラインの限りではない。君に備わるスキルは10もある。それと能力が1つある。スキルの数が完全に人の領域を外れてるのがわかるかい?」

「わ、わかります……」


 おじさんは両手を広げ、10を示す。


「まずはスキルから行くよ。『アンチアビリティ』『状態異常耐性』『転移無効』『無効貫通』『精霊の寵愛』『外道の圧殺』『強化解除』『無限エネルギー』『強化再生』『超越看破』だ。字面で大体わかると思うけど、しっかり説明させてもらうよ」


 彼が言うには、どのスキルも所持している人はあらゆる場所からスカウトを受けたり、それが公になると妬まれたりし、見方も敵もたくさんできてしまうようだ。


「アンチアビリティは、まぁ文字通り能力が効かないってものだ。状態異常耐性はもちろん睡眠や毒などに対抗できるものだね。あとわかりにくいのは……『精霊の寵愛』かな。これは不明なことも多いけど、所持者はとにかく『運がよくなる』。何に愛されてるのかはわからないけどね、恐ろしいスキルではあるんだよ。どす黒い裏もあるスキルだしなぁ。あとは『外道の圧殺』か。……これは、言わずともわかるよ。相手は本能的に君から逃げ出す。遺伝子レベルで君を『脅威』と認識し、体が拒絶を起こす。言ってみればだ。


「……実はね、これを所持しているものはんだ。君がそうなる保証はないが……気をつけてな」


 ぬるは、半分強制的に魔王ルートらしい。勇者になるくらいならましだが、インフレ能力のぶっ壊れ勇者もナヨすぎる魔王も大嫌いの極みなので両方killしてやるぜ! みたいなことを考えながら能力を聞いてみた。


「この能力は全く分からないんだ。何をどうしても<null>としか見えないんだ。概要や弱点まで見えるはずなんだけどなぁ……」


 ずっこけた。わからないんかい。しかし……


「null? 俺の名前と全く同じだ」


 確かnullって、データやアプリケーションの『改悪版』という意味合いだったはずだ。つまり……なんなんだ?

 丸太が戦闘機に変化したりレンガが日本刀になったりしたが、別に悪くなったわけではない。まぁ、人の家のものを勝手に作り変えてしまったのは悪いと思うが。


「あ」


 ぬるは理解した。その物体がその物体としての機能を果たさなくなる、それは確かに『改悪』だ。丸太が兵器になること、これを改悪と呼ぶのかはわからないがたぶんそうなのだろう。


「おじさん、ありがとうございました」

「いいってことよ。だけど本当に気をつけろよ?」


 分かるものも分かったので礼を述べながら店を出る。座りっぱなしで腰が痛い。あてもなく村の中心部に向けて歩いていると、行商だろうか。二人のひそひそ話が聞こえた。


「おい、最近またダンジョンが顕現したってよ」

「ああ、二週間前のあれか。しかも入ったチームはいまだ出てきてないっていうよな」

「腕利きのパーティだったらしいのにな……いったい中には何がいるんだ」

「やめとけやめとけ、好奇心で死にに行くのは愚かだぞ」

「違いねぇ」


 そんな会話がぬるの耳に届いた。たしかに好奇心で危険な場所に行くのは阿呆だ。しかし、もし自分の『改悪する能力』がダンジョンにも適用できるなら。超絶難易度にして入ってくる冒険者を叩きのめせるのではないか!?


「たのしそうだな。フフフ……」


 頭の中で勇者たちが悪戦苦闘する姿を思い浮かべながら、そのダンジョンがあるらしい草原に向かう。


 ――――


「うわぁ! なんだこれ……! 攻撃が効かない!?」

「ぎゃああ! 助けてくれッ!」

『このダンジョンは散々弄ってあるんだが。最深部まで来たのはお前らが初めてだよ、さすがに強いね。ほめてやるよ……でも俺がいる。ゲームオーバーだな、お疲れ』


 鈍色の光がロッドごとその持ち主を切り捨てる。光の正体は異様に長い日本刀だ。フードを被り、ひびの入った面を装着した青年がその刀を構え直した次の瞬間、反射的に盾を構えたそいつの盾が四等分され、さらに斬撃は両方の肩を切り裂く。


「な、なんで……こんなことに! クソォオ!!」


 冒険者の断末魔の叫び声が薄暗い部屋に響く。……が、その叫び声はほんの一瞬だけだった。


『うるせぇよ。いちいち騒ぐな。勢い余って落としちまったじゃんか』


 赤く染まった刀を見つめながらそういうと、指をパチンと鳴らす。次の瞬間、冒険者たちの亡骸の真下に大きな穴が開き、胴体が落ちていく。

 その様子を無言で見ている青年。


『……! 一人、脱出逃げたか。今の二人は欲にくらんだザコと思ったが、覚悟は俺を上回っていたとはな……」


 薄く笑うその青年の名前は、<null>。そしてこのダンジョンの名は、世界最高難易度のダンジョン【千年魔窟】。

 彼のいる部屋に繋がる通路に、暗がりで顔が隠れていて見えないが何者かが居る。少し地面から浮いているようだ……。





 ――――次は、どこをしようかな

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