day1-6 一日の終わり夢の続き
バスから降りると、時刻は夜の十時を過ぎていた。ミルク缶を持ちながら『オアシス』の扉を開き、小さく息を吐く。長かったお使いもやっと終わりだ。
「マスター、ただいま。ミルク、ミルク持ってきたよ」
「おう、お疲れ。ははっ、随分重そうじゃねぇか。ほら、代わるよ」
「こんなに運ぶとは思ってなかったよ」
「ありがとな。おかげで助かったわ」
済まなかったなと笑いながら、軽々とミルクの缶を持ちあげ、カウンターの奥へと運ぶマスター。顔色変えずに運ぶ姿を見ていると、さっきまで重さに苦労していた自分が、恥ずかしくなってしまうほどだ。マスターの服の上からでも分かる筋肉の塊は、飾りではなかったのかと感心する。そっと自分の腕を見て溜息をついた。
「そうだマスター、伝言を預かってきたよ。いま言っても良いかな」
「伝言? 一体どうしたんだ」
運んだミルクの整理をしているのだろう、カウンターの下から声だけが聞こえる。
「内容は、『ユダを探せ、鍵は楽園にある。そしてもう一つ。これはソラに聞いたが、第10地区から侵入するらしい』だってさ。よく分かんないけれど、確かにそのまま伝えたよ」
「あぁ、分かった。……今日は助かったよ。どうする何か食べていくか」
「いや、気持ちは嬉しいんだけどこのまま帰るよ。疲れたせいか眠くて」
伝言にはあまり興味が無いような態度をしていた。本当に意味が伝わったのだろうか心配になるが、分かったと言っている以上、僕からは何も言えない。
「それじゃあ、そろそろ帰る。おやすみなさい」
「おやすみ、気を付けて帰れよ」
「うん。そうだ、今日の報酬は明日の朝食で」
「もちろん。何でも食べていいぞ」
明日の朝食を確保し『オアシス』を出る。扉を開く瞬間、今まで気付かなかったが、店の端に誰かがいたような気がした。それが誰なのか、本当にそこにいたのかを確認する気力がその時の僕には残っていなかった。
もしかしたら幽霊なのかもしれない。
家に帰り、緊張の糸が切れたのだろうか気絶するかのように眠る。知らず知らず、夢の場所を探すことに対し必死になりすぎていたのかもしれない。気負いすぎていた。
明日、明日こそは見つけ出さないと。
僕にしかあの人を救うことが出来ないはずだ……。
ふわふわとした浮遊感が身体を支配する。
いつもと同じ感覚に目を開く。目の前には、昨日の正夢と同じ景色が広がっていた。雨降りの崖、立ち尽くす彼女と僕。雨音に支配された世界で、新しい情報を探す。
後ろの景色を見ようと振り返ると、視界がぐにゃりと変化し、眩暈のような気持ち悪さにたじろいだ。徐々に鮮明になっていく景色。いつの間にか、僕は墓石の前に立っていた。
身体や顔を動かそうとしても、金縛りにあったかのように動かない。雨の中、僕は何を思ってこの墓石の前に来ることになるのだろうか。未来の僕は何をしている……。
しかし、この墓石だけが今回の手掛かりだ。少なすぎる情報に、どうしようもない不安が襲い掛かる。そんな不安に、動かない口から言葉にならない叫びをあげた。どうすれば良い、僕はどこに行けば良い……。
再び視界が変化する。
昨日の夢の場所、最初に立っていた場所に戻っていた。突然、閃光が走り崖が崩れる。昨日と同じ光景が繰り広げられる。
落ちていく彼女を、僕はまた眺めることしかできなかった。落ちる彼女の身体が、半分近く見えなくなった頃に夢が終わる。また同じだ、今回も手を伸ばすことが出来なかった。
後悔だけが付き纏い、自分の弱さに嫌気が差す。強くなりたい、動き出せる勇気が欲しい。
覚醒していく意識の中、必ず助けろと、もう一人の僕が叫び続けていた。
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