day1-5 失った記憶の欠片

 『オアシス』の裏にある道を歩き続け、 ユーリッド夫妻の墓の前に立つ。

 事前に墓があると聞いていなければ見落としてしまいそうなほど小さな墓石。その周りには、生い茂った草と遠くに見える第1地区のタワー以外何もない寂しい場所だ。本当にここが墓なのだろうかと心配になる。

 



 『オアシス』の店主は、夫妻と言っていたので二人の名前しか記されていないと思っていたが、墓石には三人分の名前が記されていた。

 『モント・ユーリッド

  クラル・ユーリッド

  ルナ・ユーリッド』

 書かれた順番的に「モント」と「クラル」が夫婦なのだろう。そうすると、もう一人は娘かもしれない。どうしてこんな隠されたような場所に墓があるのか、という疑問はあるがとりあえず祈りを捧げ、用事を済ませることを優先する。

 マスターから渡された小包を墓石の前にそっと供える。小ささの割に重いこの供え物は、石と触れる瞬間に鈍い音を発する。一体この小包の中には何が入っているのか。何を運ばされてきたのか気にはなるが、暴走し始める好奇心を寸前のところで抑え込む。

 僕を信頼してくれたマスターを、裏切らないようにしなければならない。




 ユーリッド家の墓を後にし、再び『オアシス』に着いた頃には日が暮れていた。

 扉を開け店内に入る。


「おかえりなさい。お墓の場所、ちゃんと分かったかな」

「おかげさまで。そういえば、夫妻って聞いて二人分の名前を想像してたんですけど、娘さんもお墓に入っていたんですね。ちょっと驚きましたよ」

「そっか、そうだったね。あの子もそこに入っていたんだっけ」


 遠い目をする店主に、聞いてはいけないことを言ってしまったのかもしれないと後悔する。何も言えずに黙っていると、店主が口を開いた。


「はい、これ。お願いされていたミルクね」


 カウンターをぐるっと回り隣に運ばれてきたのは、店内の照明を反射し、銀色に輝く大きなミルク缶だった。いったいどれほどの量があるのだろうか。


「重いだろうけど、運べそう?」

「頑張って運びますけど、これ何リットルですか」

「二十リットルだな。まぁ、駅まで行ければあとは楽だろうから、頑張ってくれよ」


 二十リットルという言葉にさっそく気持ちが重くなる。缶に付けられた取っ手へと手を伸ばそうとするが、なかなか体が言うことを聞かない。

 

「分かりました。それでは、このまま帰りますね」

「駅まで運んであげたいんだけど、お店を空けられないからさ。ごめんね。気を付けるんだよ」

「いえ、僕が頼まれた仕事ですから」

「そうだ、最後に伝言を頼んでいいかな」

「良いですよ。っていうか、いまどき伝言って言うのも珍しいですね」

「こういうのが好きなんだよね、ロマンがあるし。それじゃあ……」


 店主の目がスッと細くなり、さっきまでの柔らかな印象から一変し硬い雰囲気を漂わせた。緊張感が体を覆い、体が凍ってしまったかのように動かなくなる。

 店長が、内容を伝えるよ、と言い言葉を紡ぐ。


「ユダを探せ、鍵は楽園にある。そしてもう一つ。これはソラに聞いたが、第10地区から侵入するらしい」


 一通り内容を言うと、また表情が柔らかくなった。


「大丈夫? 覚えたかな」

「はい、覚えました。でも、この侵入とかってなんですか」

「いやー最近、戦略系のゲームをしててね。食材の輸送ルートとかを侵入って言うとカッコいい……みたいな? その、このまま伝えてくれて大丈夫だからね」

「分かりました。じゃあ、そろそろ行きますね」

「もう暗いし気を付けてね」


 重いミルク缶を持ち上げ外に出た。運んでいる缶の重さのせいで暑くなった身体を、涼しくなった夜風が冷ます。

 駅まで運び、缶を地面に置きながらバスの待機列に並んでいると、前に並んでいるおじいさんがチラチラと振り向きつつ大きなミルク缶を気にしている。そんなおじいさんの様子を見ていると目が合ってしまった。こんにちは、と呟きその場を乗り切ろうとするが、話しかけられてしまった。


「すまないね、つい気になったもので。その大きな缶には何が入っているのですか」

「これはミルクですよ。いまから第15地区まで運ぶんです」

「それはそれは、大変だ。ちなみに私も第15地区に行くんですよ」

「ああ、今からお帰りになると」

「いえ、家内のお墓がそこにあるんですよ。あの人が好きだった場所に小さく作ったんです」


 遠い記憶を思い出そうとしている寂しそうな目を見ていると、自分まで寂しい気持ちになってくる。一体何を思い出しているのか。どんな形の宝箱から、どんな綺麗な欠片を取り出しているのだろうか。




 僕らが無言で立ち尽くしている間に、バスが到着した。重い缶を持ちあげ、目的地を設定しながら二人用のシートに運ぶ。話していたおじいさんは前の席に座っていた。

 煌々と照らされていた車内だったが、走り出すと電気が消え夜の闇に溶け込む。昔は星や月が綺麗に見えたらしいが、今ではそのほとんどが見えなくなっている。満天の星空がどの様なものだったのかを想像しながら目を閉じた。瞼の裏には、さっきまでの人工的な灯りの残滓がいつまでも輝いていた。





 夢を見る。正夢ではない普通の夢。

 記憶のない子供時代の夢だった。

 僕は隣にいる女の子と手を繋ぎながら歩いている。友達かな、妹かな。そして僕らの前を、背の高い男の子と女の子が並んで歩いていた。親ではないだろう、兄と姉だろうか。

 僕らを気にしながらも、楽しそうに笑いながら歩いている。仲の良い雰囲気がこちらにまで伝わり心地良い。優しい時間が二人の間に流れ、それが周りを丁寧に包んでいるようだった。

 これはもしかして、失われた家族の記憶なのだろうか。それともただの夢。妄想だろうか。

 いや、この瞬間が幸せならどちらでもいいや。



 そんな夢の中に、突然声が響く。


「夢で見たあの手を絶対に掴め。そして離すな。この世界に、二度の別れは必要ない。もう涙はいらないんだ。思い出せ、お前が失ったと思い込まされている記憶を……思い出せ……」




『……です。まもなく祝陽の空です』


 バスの案内音声で目を覚ます。どうやら次は、祝陽の空という駅らしい。ぼんやりとする頭で、夢に響いた声を思い出そうとする。しかし、何を伝えたかったのかがはっきりとしない。

 二度の別れとは。そして失った記憶とは。分からない、何も思い出せない。


『祝陽の空に到着しました』


 夢の内容を思い出そうとしていると、バスは次の駅に到着する。目の前に座っていたおじいさんの目的地がここのようで、立ち上がろうとしていた。席を立つおじいさんと目が合ったので会釈をし、再び目を閉じる。

 




 夢の中で、僕は記憶の欠片を見つけ出せるのだろうか。

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