day1-2 図書館で読む世界の姿
『オアシス』を後にした僕は、夢で見た場所を地図で探すために図書館へ向かった。
しばらく歩くと、一面真っ白で無機質な建物が見えてくる。
目的地の図書館だ。
柔らかな芝を踏みながら入り口へと向かう。汚れ一つ無いように見える真っ白な扉の両端には、頭に入っているIDを確認するためのセンサーがある。センサーの間を通ると、ピッという音が鳴り扉が開いた。
ヒンヤリと涼しい冷気が体を包み、僕の目の前には無音の空間が広がる。そして、図書館に入ると同時に、頭の中に声が響く。
『ようこそミナト様。本日は何をお探しでしょうか』
『地図を探してる。何か無いかな』
『世界地図。エリア地図。ここ15地区周辺の地図。以上が見つかりました』
『じゃあエリア地図と、この地区周辺の地図を』
『こちらの情報は持ち出せません。出口のセンサーを通過すると削除されますが、宜しいでしょうか』
『うん、大丈夫だよ』
『それではミナト様、ごゆっくりどうぞ』
頭の中の声が消えると同時に、目の前に地図が浮かぶ。一時的に地図の情報がIDにダウンロードされ、それが視覚情報として現れている。前の戦争が起こるまでは紙の本も多かったと聞くが、今では殆ど失われたらしい。
だから、この図書館にあるのはデータだけだ。
僕は席を探すため、瞬きを二度し目に映る地図を消す。地図が消えると、机も床も何もかもが真っ白な空間だけが広がる。
そして、無音の図書館の中を歩き出した。コツ、コツ、と靴の音だけが響く。ここでは、誰かが喋る声も本をめくる音もしない。ただただ、人の歩く音と呼吸の音だけが微かに聞こえてくるのみ。
適当な場所で横になり、再度地図情報を呼び出す。まずはエリア地図だ。
僕が住むのは地図の最南端、ここ『第15地区』。各地区は正六角形に仕切られ、それぞれに番号が振られている。普段は隣の地区との境界線すら見ることはないが、こうやって地図でみると、亀の甲羅のような蜂の巣のような形を境界線が描いているのが良く分かった。
川や山に関係なく正確に引かれた正六角形の境界線に、この世界の潔癖さが滲め出ている。気持ち悪いほどの潔癖さ、これが僕らの平和、世界のユートピア化に繋がっているのだろう。
この正六角形の地区を15個ずつまとめたものをエリアと呼び、この世界は三つのエリアから成り立っている。僕らが住むのは『第3エリア』だ。
そして、各エリアの中央。それぞれの第1地区にはタワーが建っている。
僕らが知ることの出来る情報はこれしかない。第3エリアが地球のどこにあるのかや、他のエリアの情報などは探しても見つからない。
図書館で借りられる地図では、世界地図はただ大陸だけが表示され、エリア地図も自分の住むエリアが表示されるだけだからだ。
ただ、誰もがそんなことは気にしない。だって、ここに住む生活が幸せだから。
さて、そろそろ本題に入る。夢で見た場所を探すため、周辺地図で崖のある場所を探す。
どうやって探すんだっけな、確か自動で探してくれるはずなのだが。
『ねぇ、崖を探したいんだけど』
と僕は司書AIに声を出さずに伝える。
『かしこまりました。検索範囲はいかがしましょうか』
『可移動距離内で。ここから、二地区で行ける範囲をお願いするよ』
『検索します。少々お待ちください』
検索の間、図書館に入ると必ずダウンロードされる『この世界の歩き方』という本を開く。前の戦争から今に至るまでの歴史と、世界の仕組みが書かれているらしい。
適当にページをめくり、読んでみる。
可移動距離。
僕らが自由に移動できる範囲は、自分の住む地区から半径二地区以内までだ。因って、端っこの地区に住む僕らは、必然と移動できる範囲が狭くなる。
しかし、それが悪いとは思わない。戦後、このユートピアを作るために人々は自らを拘束したと教えられた。
つまり、これは幸せへの代償。
それぞれの地区の隅。正六角形のその角に作られた六本の大きな柱で、地区間の出入りが管理されている。
詳しいことは分からないが、仕組みは図書館の入り口と同じらしい。柱から柱まで、地区と地区との境界線上に張られたセンサーで移動する人のID情報を読み取っているようだ。
要するに、とても強力なセンサーが人々の地区間の移動を管理してるってことかな。
これも過去の人々が自らを拘束した結果らしい。
『検索結果を地図上にマークしますか?』
次のページへと進もうとした時、無機質で冷たく、潔癖さが滲み出る声が響いた。
『うん、お願い』
『地図を開きます。全部で七件です』
七ヶ所か。
今日は二ヶ所くらい巡りたいと思いつつ、赤いマーカーが増える地図を眺めていた。
ここ『第15地区』には崖が三ヶ所ある。そのまま隣接する地区へと視線を移すと、北の『第7地区』には二ヶ所あり、北東の『第14地区』には一ヶ所あるのが分かる。
さらに、その『第7地区』と『第14地区』に隣接する『第6地区』にも一ヶ所ついていた。
大体のマーカーの位置をメモする。
この後、お使いを頼まれていたのは『第6地区』なので、今からの経路で行ける場所を探す。
――7と6だな。
『ありがとう。助かったよ』
『どういたしまして』
地図を閉じて急いで外へ向かう。カッ、カッ、カッと来たときよりも忙しない足音を立て出口のセンサーを通った。
『貸出不可の情報を削除します。ありがとうございます』
声と同時に扉が開く。開いた隙間から漏れた光が、真っ白だった空間に黒い影が作る。
白以外を排除したこの図書館に、じんわりと浮かびだす黒が、気味が悪いほど頭に染み付いて離れなかった。
純白さを黒く汚した光が悪なのか、それとも、光は白に隠されていた黒を浮かび上がらせただけなのか。
『行ってらっしゃいませ、ミナト様』
さぁ、駅へ行こう。
やっと第一歩を踏み出せた気がした。
ここからが本番だ。
僕にできることを考えろ、自分に過度な期待はするな。主人公に憧れている時点で僕は主人公では無いのだから……。
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