第一章 決められた未来の中で

プロローグ ユートピアの代償

 ふわふわとした浮遊感が身体を支配する。

 何度目だろうか、もう慣れた感覚に目を開く。真っ白な世界が、僕の身体を包むように広がっていた。



 これは夢の中だ。

 今から僕は正夢を見るのだ。



 上下左右、自分がどこに立っているのか、どこを向いているのか分からない。しかし唯一、これから何が起こるのかを知っている。



 ピシッと、真っ白な空間にヒビが入る。それと同時に酷い頭痛が始まり、その痛みに思わず膝をつく。

 ――痛い。痛い、痛い。



 空間に入った亀裂を中心に、少しずつ剥がれ落ちていく白。今回は、その向こうに、何が見えるのだろうか。天国か地獄か。

 遂に正夢が始まる。



 気付けば、周りを包んでいた白い空間は全て剥がれ落ち、僕は地面の上に立っていた。

 突如、湿った土の臭いと、草の青臭い香りが立ち込める。そして、肌に服が密着する感覚が気持ち悪い。

 雨だ。雨が降っている。



 場所の臭いと雨を認識したことで、世界がはっきりと映し出される。

 今にも雷が落ちてきそうな、色彩を失った鉛色の空。草の生えた湿った地面。そして、その地面の先には崖。




「ここはどこなんだろう」


 ポツリと呟いた声は、雨音で打ち消される。

 自分の記憶を手繰り寄せても、この場所がわからない。それに、これは何を示しているのだろうか。未来の僕がここへ行く目的は何だ。

 考えれば考えるほどで意味がわからなくなる。もしかしたら、この正夢には意味なんて無いのかもしれない。ただの日常の1シーン。そんなことは過去にも何度もあったし、今回もそうなのだろうか。



 考え過ぎて火照った顔を冷やそうと空を仰ぐ。その瞬間、轟音と共に閃光が走った。

 頭の中が真っ白になり呆然とする。

 しかし、呆然とするのも一瞬だけ、すぐに意識を周囲に戻し何が起こったのか、何が起こるのかを探す。




「見つけた。あの子だ」


 視線を前方へ戻すと、その崖の先端には先程までいなかった少女が立っていた。

 僕と同じくらいの年齢だろうか。なぜ、雨の中そこにいるのか。誰なのか。疑問はとめどなく溢れてくるが、答えは無い。彼女の方へ近寄ってみようと、引き寄せられるように一歩を踏み出す。



 次の瞬間、彼女の足元に大きな亀裂が入り、崩れ落ちる。その上に立っていた少女は、そのまま岩や土と一緒に落ちた。少女の腰辺りまでが地面に吸い込まれたところで、その光景が消えた。

 落ちていく姿。それが嫌になるほどゆっくりに見え、頭の中に焼き付いて離れない。

 彼女に手を差し伸べられず、立ち竦んでいた僕を嘲笑うかのように、雨音だけが延々と響いていた。



 夢の終わり。

 現実の始まり。

 その境はどこなのだろうか。

 


 柔らかな日差しによって目を覚ます。程良い暖かさと、開けた窓から入る風が心地良い。今日は、気持ちの良い朝だ。いや、気持ちの良い朝になるはずだった。全て正夢のせいだ。正夢を見たせいで、酷く頭が痛い。

 じっとりと、服が汗でくっついているのがわかる。



 あんな正夢なら見ない方が幸せだったかもしれない。しかし僕らには、あの夢を自由に見る事も拒否する事も出来ない。

 

 

 これは、僕達がこの街に生まれた証だ。あのタワーに守られ、平和に暮らしている証。“外”の人たちにはない、僕達が生まれ持った能力だ。

 



 さっきの夢が現実になるまで、あと何日だろうか。それまでにあの場所を見つけておきたい。

 数日後、あの場所に行くという運命はすでに決まっている。

 しかし、彼女が最後まで落ちるところは見ていない。それなら、もしかしたらあの子を助けられるかもしれないのだ。



 動き出そう。

 夢の最後、僕は彼女に手を差し伸べられることを願って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る