物語の撥条が巻かれて<前編>

 地平線の向こう側。砂漠の果で揺れる陽炎が人の様に見える。

 一週間後に迫った計画の事を考えていると、これで良いのだろうかと思えてしまう。自分の揺れ動く心が陽炎になって、現れているのではないかとさえ感じる。


 

 熱が絡んだ乾いた風が髪を撫でる。

 このまま、ジメジメとするこの悩みも吹き流して貰いたい。決意は出来ているのだが、どうも体が動いてくれそうにない。

 でも、守りたい者のために。

 目の前に見える、砂漠に咲く奇跡の向日葵畑で、遊んでいる子供たちのために。

 レジスタンスのみんなのために。



 突然、肌を刺していた日光が遮られる。


「起きて、ほら起きてレイ」


 目を開けると、透き通るように青い空と人の顔。


「おはよ。ねえ、向日葵畑の方を見てよ。みんなレイと遊びたくて、さっきからずっと呼んでるんだけど、気づいてる?」

「ごめん、全然気づかなかった」


 遠くから子供たちの声が聞こえてくる。純粋で元気な声が、この寂しげな砂漠の向こうまで響きわたっていた。この子たちを守りたい。

 遠くに見えた黒い陽炎が少しだけ大きく見えた。


「後で遊んであげる、って言ってあげて」

「偶にはすぐに遊んであげればいいのに」

「そう言わずにハレが遊んであげてよ。俺はこの後、おっさんたちが偵察から帰ってきたら、計画の話し合いがあるからさ」

「そっか、あと一週間だもんね。皆がやるって決めたんだから、決意も準備も勇気も、怠っちゃだめだよ。もし、決意が鈍ってるなら私も一緒に逃げてあげるけど?」


 そう言うハレの笑顔が、奥の向日葵畑よりも、太陽よりも眩しく見える。やっぱり、この笑顔が好きなんだなと思ってしまう。


「二人で逃げる、か。その提案は嬉しいよ。でも、あの子たち、そして奏も置いていくのか? それに、ここまで計画を立ててきたレジスタンスのみんなにも悪いし……出来そうにないな」

「そこまで言えるなら充分だね。頑張ろう、みんなの為に」


 迷っていたのが伝わっていたみたいだ。実際、逃げるとかそんなのは嘘だろう。ハレは子供たちに対し、ここにいる他の誰よりも愛情を注いでいる。

 少しだけ気分が楽になるが、さっきよりも黒い陽炎が大きくなって見えた。


「あっ、もし逃げるなら奏も一緒だよ。なんて言ったって、私たちの妹みたいなものだしね」

「まぁ、ハレが置いて行っても、奏は俺が連れて行く気だったけどな」


 「置いていかないし」と頬を膨らませ、拗ねたように訴えるハレを横目に、向日葵畑を眺める。土煙が舞う、視線の向こう。そこには子供たちの相手をしている奏が見えた。こちらの視線に気付いた彼女が、こちらに手を振ってくる。



 奏は今年で16歳だ。気付けば、子供たちの立派なお姉さんになっている。


「奏も大人になったな」

「うんうん、それに綺麗にもなったよね。いつか、奏の国があった所へ連れて行ってあげたいな」

「日本か。ハレと奏の国だよな。世界がもう少し平和で、自由になったら皆で行ってみようか」

「ふふ、ありがとう。でも……やっぱり、まだレイの国はどこか分からないんだよね」

「そうだね、わからないんだよな。お祖母ちゃんは日本らしいんだけど、お祖父ちゃんがな……」

「私たちのお祖母ちゃん同士は仲良かったよね、懐かしいな」


 昔の記憶が次々と溢れてくる。楽しい記憶も悲しい記憶も全部が流れ出し、自分が空っぽになってしまいそうだ。


「なぁ、ハレ。巣の中にいる人たちはこんな事を考える事あるのかな」

「どうだろう。あそこでは国も言語も全部溶けて混ざってるもんね」


 平和な土地に住む事にした人類は、ナノマシンとIDを脳に入れることで、簡単に言語の統一、そしてひとり一人の管理を成し遂げた。

 脳の言語野に作用するナノマシンを入れ、相手の言葉、書かれている言葉を自動翻訳できるようにしているらしい。

 果たして彼らは、最初にどんな言語て言葉を覚えるのだろうか。

 親の母国語?

 全く関係ない言語?

 それとも、あの中で独自の言葉が形成されつつあるのか……?



 何だか、便利そうだけど悲しいなって思う。

 


 こんな風に、計画についての話し合いの前にハレと話していると、何処からともなく車の音が聞こえてきた。砂煙を上げ走ってくる車から、人の叫び声がする。偵察に行っていたおっさんたちだ。


「引け! 撤退だ、撤退! ここの場所が奴らにバレた!」

「もうすぐこっちに働きバチが来るぞ! 荷物をまとめて逃げろ。子供が優先だ!」

「いいか? 今は戦おうとはするな、ここで血を流すことは意味がないからな! 目的を忘れるな! ここは逃げろ」


 ここにハチが来る。

 レジスタンスは、人類の作った仮初のユートピアを蜂の『巣』に見立てている。町や村を、それぞれ六角形で仕切っており、上から見ると完全に蜂の巣状になっているからだ。

 そして、その巣の中枢にあるタワーを『クイーン』と呼び、そこから送られてくる軍を『働きバチ』『ハチ』と呼ぶようになった。



 奴らの到着が予測より四日もはやい。どこから情報が漏れたんだろうか。しかし、その問題は後だ。まずはキャンプ地から荷物を持ち出して子どもたちを逃がすこと。

 さっきまで向日葵畑で遊んでいた子供たちの様子を見ると、なんとか奏が大型の車へと誘導しているようだ。

 背が高い向日葵畑の中は、子供にとっては隠れるのに丁度いいが、いざ逃げるとなった際には全員の姿が確認できず、大変だ。



 キャンプ地の方へ向かう俺たちと、向日葵畑の向こうへと撤退する奏たちは方向が真逆だ。そのため非常時の援護も難しい。

 無事でいて欲しいという願いも込め、ハレが奏に『すぐに追いつく』と合図を送ると、彼女は『了解』と笑顔を返した。



 それは、この荒れた砂漠にはもったいないほどの笑顔だった。

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