第8話

 スマホの画面を見ながら、純は少し不安になってくる。


(大丈夫なのか? あいつ、今回は俺無しで良いって言ってたけど……)


 IDは繭の姿のまま動きを止めていた。

 自衛隊や警察もこれ以上の攻撃は無駄だと判断したのか、武器を構えて繭を包囲したまま動かない。


「これって、倒したって事なのかな?」


 一緒に見ていた弥生が純に尋ねる。

 IDは倒すと、光に包まれて消えていく。

 それはIDを今まで倒してきた純が良く知っていた。

 消えていないところを見ると、おそらくまだ生きていると言う事になる。


「この場所って……ここから近いよな……」


「そうだね、電車で三駅くらいのとこかな?」


「ここは大丈夫なのかな?」


「警報は来たけど、注意警報であって、避難警報ではないからね、それにIDも動いてないみたいだし、大丈夫なんじゃない?」


 純は自分のスマホに来た警報を確認する。

 確かに、注意警報であって避難警報ではない、その為周りの人たちもいつも通りに生活をしている。

 純はスマホの中の繭になったIDを見ながら顎に手を当てて考える。


(体力でも回復してるのか?)


 純がスマホの画面をジッと見つめていると、頼んだ料理がやってきた。


「あ、やっと来たね。私おなかぺこぺこだよ~」


「え? あぁそうだね、食べようか」


 純は考え過ぎかもしれないと、スマホから目を離し、注文したたらこスパゲッティーを食べる。


「このまま何も起こらなかったら、来るかな?」


「えっと……誰が?」


 純は弥生の質問の意味も答えも知っていた。

 しかし、あえて聞いた。


「もちろん赤い破壊者さん、いつもの感じでやっつけてくれないかと思って、そうすれば安心なのにね」


「あ、あぁ……」


 自分を頼ってくれる人が居る。

 それなのに、自分はこんなところで呑気に食事をしている。

 今まで気にならなかったが、耳を澄ますと他の客も同じ中継を見ているらしく、純達と同じ話をしていた。


「え、これ大丈夫なの?」


「自衛隊と警察だけじゃ、やっぱり不安だよな~」


「あの~何だっけあいつの名前?」


「あぁ、赤い破壊者か? あいつならソッコーなんだけどなぁ……」


 食事が全く進まなかった。

 純は思っても見なかった。

 自分がこんなに必要とされているなんて。

 今朝のニュースでの偉そうなおじさんの話しだけがすべてではないと、純はこのとき実感した。


「あ! なんかあったみたいだよ?!」


 弥生に言われ、純は弥生と一緒にスマホの画面を見る。

 画面の中の繭が、赤く発光し始めていた。

 自衛隊と警察も危機を感じたのか、火炎放射器で繭を焼き始める。

 しかし、その攻撃も意味は無く、繭は段々と光を増していった。


「な、なんか割れてない?」


「あぁ……確かに……まさかと思うけど…変体するんじゃぁ……」


「え、あの虫とかが成虫とかになるあの?」


「うん、芋虫みたいな外見だったし、繭を作った時点でそうなのかなって……でも、IDと虫が同じように変体すると思え無かったし……」


 純の予想は最悪にも当たってしまった。

 ひび割れた繭から、IDは先ほどとは異なる姿で空に飛び上がり、姿を現した。

 虹色に怪しく光る蝶のような羽に、体はムカデと芋虫を足したような外見をしていた。

 

「うわ……気持ち悪い……」


「……」


 純は画面を見ながら息を呑んだ。

 あのIDは今までの奴とは違う。

 直感的にそう感じた。

 画面の中では、自衛隊と警察が、上空のIDに対して攻撃を開始したが、全く効いていない。

(なにやってんだよ……)


 画面を見ながら、純はそんな事を思う。

 高く空に舞い上がったIDはその場から姿を消した。

 その瞬間、弥生のスマホが音を立ててなり出した。

 画面には「緊急避難警報」と言う文字が映し出されていた。


「避難警報出ちゃったね、早くシェルターに行かないとね。あぁ……まだ全部食べて無いのに……」


「あぁ……行こっか……」


 店内の客も店員も、店の近くのシェルターに避難していく。


「大丈夫かな? 自衛隊と警察だけで…」


「やっぱり不安?」


「うん……それに赤い破壊者さんなら、皆を守ってくれるって信じてるから」


 店を出て外のシェルターに向かおうとしていた時、純は弥生にそんな事を言われ、自分の胸が高鳴るのを感じた。

 頬を赤らめながら、彼女は純にそう言った。

 その反応から、純はすべてを理解した。

 危ないところを助けられ、名前も告げずに去って行った、謎の人物。

 弥生はそんな彼に惚れているのだと……。


「……皮肉なもんだ」


「え? 何か言った?」


「いや、なんでも無い……ごめん、俺ちょっとトイレしてからいくわ!」


「え! 純君?!」


 純はそう言って弥生の元を離れ、路地の裏の人気の無いところに向かって行った。


「さっきトイレ行ったのに?」


 残された弥生はそんな事を思いながら、一人シェルターに向かって歩いていった。





「おい神! …くそ! 肝心な時に居ねぇ…」


 純はスマホを片手にIDが居るであろう場所に向かっていた。

 ネットの中継は接続が切れてしまったようで、見ることが出来ない。

 純はとりあえず装展し、建物の上からIDを探す。


「いた!」


 建物の上に向かったところで、すぐにIDは見つかった。

 建物の間を飛行し、建物を破壊しながらこちらに向かっていた。

 純はIDの方に向かって行く。


「デカいな……」


 IDは画面で見て想像していたよりも遙かに大きかった。

 純は大通りでIDと対峙し、挨拶代わりにIDに蹴りを入れる。

 しかし、見た目に反してIDは石のように堅かった。


「な、なんだこいつ……堅いな…」


 いつもなら蹴り一発で倒す事も出来たのだが、今回はそうも行かないようだと純は悟った。

「どこが最弱だよ! いままでよりも厄介じゃねーか!」


「だね~、もしかしてが起きちゃったね~」


「あ! お前何してやがった!!」


 ようやく現れた神様に、純は怒鳴り声を上げる。

 神様は肩を回してため息を吐きながら、疲れたような声で話しを始める。


「こいつの誘導だよ、なるべく被害が出ないように誘導してたんだけど……それでも結構疲れるね」


「い、以外とちゃんと仕事してたんだな……」


 神様のいつもと違って真面目にIDを倒す事に協力的な様子に、純は驚いた。


「君も、なんでここに居るんだい? 今日は休んで良いって言ったのに」


「こうなっちまったら、自衛隊でも警察でも無理だろ? それに……信じてる人も居るぽいしな……」


 純は弥生の事を考え、笑みを浮かべながら神様に言う。


「ま、君の事だから来ると思ったよ……じゃ、さくっとよろしく~」


「おい! お前も協力しろよ!」


「言ったでしょ? 僕はちょこっとしか人間の世界に干渉できないの、誘導したんだから良いでしょ?」


「あぁ、いつものお前だ……一瞬でも関心するんじゃ無かった!」


 空中に横になり、欠伸をする神にそう言い放ち、純は再びIDに向かって攻撃を開始する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る