第4話

「良いから早くしてよね、全く人命が掛かってるって言うのに……」


「絶対いつかお前をぶん殴る……」


 そんな事を言いながら純は怒りで拳を強く握る。

 しかし、今は緊急時なので急いで装展し現場に向かわなければならない。

 純は胸の宝石を握り静かに呟く。


「装展……」


 純の体を目映い光が包み、純の姿を変化させる。

 赤と黒のカラーリングに、各所に装着されるプロテクター。

 装展とは、装備展開を略しただけの呼び方で、神様がそう呼んでいたので、純もそう呼んでいるだけだ。


「よし、行くか」


「さーレッツゴー! IDを倒しにいくよ~」


「お前は神様の癖に危機感がないな……」


 テンションの高い神様に純はそんなツッコミを入れながら、高くジャンプする。

 装展後の純は身体能力が飛躍的に伸びているため、ジャンプすれば軽く二階建ての一軒家をまたぐ事が出来、走る速さも飛躍的に向上する。

 そのため、装展した後に現場に向かう事が日常だった。


「で、場所は?」


「そのまま真っ直ぐだよ~あ、そこは左ね」


 純は走りながら、横で空中に浮きながら付いてくる神様に尋ねる。

 神様は本を片手に、行き先を純に知らせる。


「そこを右に曲がったとこが現場だよ、じゃあ張り切って行ってみよ~」


「こいつと一緒に居ると、こっちまで危機感が薄れてくる……」


 純はそんな事を呟きつつ、道を曲がる。

 そこには血を流して倒れる自衛隊員と警官が居た。

 重傷者が居ると聞いていた純は、嫌な予感はしていたがまさか現場に居るなんて思いもしなかった。


「くそっ……IDは?!」


「落ち着いてよ、そこに居るじゃん?」


 純は神様の指さす方向を見る。

 そこには、モグラのような姿をした怪人が土を掘っていた。


「あいつか、良し!」


「ん? なんだおめぇ……あ! おめぇか! 俺らの邪魔をするっていうやつわ」


「こいつも話せるタイプかよ……お前、さっさと自分の家に帰れ! じゃねーと痛い目に合うぞ?」


「俺のことなめんじゃねぇぞ? この鋭い爪で、お前も串刺しだど」


「なんでこいつは若干なまってんだ……」


 純は怪人のおかしな口調に調子を狂わせながらも、拳を構えて的に向かって行く。


「はぁ! フン!」


「お! なかなか! はやぐふぁ!」


 純の拳がモグラの怪人の顔面に命中する。

 手応えもあり、純はかなりのダメージを与えられたと確信した。

 予想通り、モグラの怪人は血を口から流しながら、倒れていた。


「おい、まだやるか?」


「な、なんだおめぇ……本当にこの星の人間か?」


 驚くモグラの怪人を余所に、誠実はあまりの弱さにため息を吐く。


「なんかなまってるし、弱いし……本当に俺ってこの世界のヒーロー?」


 怪人といえば、もう少し恐ろしい事を言ったりするものなのではないかと考える純だったが、フィクションと現実の大きな違いに、肩を落とす。


「どうせやるなら、もっとちゃんとヒーローしたかったな……」


「君だって片思いの片手間の癖に~」


「お前は黙ってろ! それより、今のうちにあの人達を……って居ない!」


 純が今のうちに負傷者を避難させようと、先ほど見た自衛隊員と警察官の姿を探すが、先ほどまで横たわっていたはずの警察管と自衛隊員の姿が無くなっていた。


「あんなに血を流して居たのに……」


 誠実が見たとき、二人の姿は全身真っ赤だった。

 おそらく、怪人の鋭い爪で腹部を貫かれたのだろうと思って居たのだが……。


「あぁ、あの二人なら立ち上がってさっさと逃げたよ?」


「あ、あんな大けがをしてたのにか?」


「いや? 普通に起き上がってに逃げて行ったし、怪我も軽傷だよ?」


「え? あんな大量の出血で?」


「いや、あれは出血じゃなくて……これ」


「………赤いペンキ?」


 二人が倒れていた周辺には大量の赤いペンキの缶が散乱しており、中身が開いている物もあった。

 よく見ると、破壊された建物の一部にホームセンターがあり、ペンキはそのホームセンターの商品のようだった。


「じゃあ、あの二人は……」


「気絶してたってことだね~、心配して損したね?」


「……まぁ、怪我が酷くなくて何よりだけど……これは酷いな……」


 更に肩を落としてため息を吐く純。

 現実はこうも違うのかと叫びたくなる位に、純は裏切れた感を感じていた。


「おい! さっきからなに話してやがる! おめぇらなんて、この鋭い爪で……」


「まだ、やるか?」


「ほえ?」


 純はモグラの怪人に近づきながら尋ねる。

 モグラの怪人は、純が放つ圧迫感に息苦しさを感じながら、答える。


「あ、あだりまえだ! オーブを見つけて帰らねぇと……」


「そうか、俺は早く戻らないと授業に遅れそうでな……なら遠慮無く行かせてもらう!!」


 純はそう言って、再度モグラの怪人に接近し拳を振りかぶる。

 その瞬間モグラの怪人は、声を上げた。


「す、すいませんでしたぁぁ!! い、命だけは! 命だけは!」


「諦め早っ! もう少し頑張れよ……」


 モグラの怪人は純が拳を振りかぶった際に感じた、大きな殺意に戦意を失い頭を下げた。

 このタイプ怪人は、純は初めて遭遇した。

 いままで対峙してきた怪人は、言葉もしゃべれない、ただ暴れる事だけをする存在だったのだが、昨日の黒い怪人と良い、今日のこのモグラの怪人と言い、言葉が通用する怪人が多くなり初めていた。


「あ、あんた見たいな奴が居るなら、わしは故郷に帰る! 一応わし一人の体じゃないんでな……」


「でも……お前は重傷者を出してるし……うーん」


 考え込む純に、神様は本を読みながら声を掛ける。


「どうやら、あの重傷者っていうのは自業自得みたいだよ? この怪人を生き埋めにする作戦を立てたけど、失敗して逆に生き埋めになっちゃった見たいだよ……馬鹿だね~」


「モグラだから、穴掘って逃げたって事か……ならもう良いよ、お前は帰れ」


「あ、ありがとうごぜぇやす旦那!」


「お前って本当にIDか? 着ぐるみ被った人間じゃないだろうな?」


 モグラの怪人は、そのまま帰って行った。

 怪人を見逃すのはこれが初めてだった。


「見逃して大丈夫? もし他で何かされたら大変だよ? 主に君が」


「なら大丈夫だ、あんなIDにこれ以上何かされるとは思えない」


「まぁ、初めてのタイプだったね、ものすごい弱いし」


「そうだな……」


 純はここ最近の怪人の変化に疑問を抱き始めて居た。

 会話が出来る個体に、怪人が口にするオーブとは何なのか、純は少し気になっていた。 しかし、今はそんな事よりも……。


「やばい! 二限目が始まる! 急いで戻らねーと!」


「いまいち締まらないなぁ~」


 純はそう言って、元来た道を戻って学校に向かう。

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