キャラメルキス


「いやぁ、マジ助かったわ。参考書ってどれ選んで良いか分からないしね。多久ありがとう」

「へいへい。こっちは実玖の受験勉強削ったんだからな。高くつくからな、秋山」

「例の幼馴染ちゃん?」

「そう。あいつ、お母さんが小学校の時、出て行ってしまって。それから俺が兄貴代わり」

「ふーん。お兄ちゃんのままじゃ満足していない顔だけど」

「当たり前だろ。変なムシがつかないように、俺と同じ高校に進路を決めてもらったんだ。水面下で工作を続けてきたんだから、ここで妥協はできないって」

「うわ、キモッ」

「キモイとか言うなし。こっちは真剣なんだから。引き続きアドバイス頼むって」

「この恋愛偏差値ゼロ」

「うるせぇ。彼氏持ちにしかこんなこと相談できねぇだろ」

「まぁ、ね」


 フフっと秋山は笑む――その表情が固まった。去っていく足音。その後姿には見覚えがあった。


(例の実玖ちゃんじゃん!)


 すーっと血の気が引く。これは間違いなく勘違いしたヤツだ。


「多久、追いかけて」

「へ?」


 と振り向いて、その意味をすぐに理解した。


「秋山、また今度相談するから」

「相談しなくて良いから、想いの丈をぶつけてこいってば。もう駆け引きなんて意味ないから!」

「やれるだけやってみる!」

 そう言って、多久は全力で追いかける。




■■■




 何とか、全力で実玖の腕を掴む。


(陸上部を舐めるなよ)


 でもその後、実玖はジタバタと暴れる。でも、と思う。


(舐めていたの俺かも。秋山、この後どうしたら良いんだ?)


 我ながら情けない。

 涙目の実玖は、多久から離れようと必死だった。


「何でこっちに来たのよ、多久兄ちゃんのばか! 彼女さんのトコ行けばいいじゃない! バカバカ!」

「勘違いしてるから」

「勘違いもクソも無い! あんなきれいな彼女がいたんじゃん! 好きな人がいるんだったら、同じ高校なんか行かなくてよかった! 頑張っていた私、バカみたい!」

「バカじゃない。ちょっと話を聞けって!」

「イヤ、もうイヤだ! ずっと頑張っていたのに――。追いつきたくて、隣に行きたくて頑張っていたのに――」


 多久はもう自分が抑えきれなくなって、実玖の唇に自分の唇を重ねる。

 キャラメルの味が広がって――多久は目を丸くした。




 ――悲しい時はキャラメルを舐めたらいいよ。




 そう言ったのは多久だった。実玖がキャラメルを舐めながら、どれだけ受験勉強を頑張っていたのか。一緒に過ごしていた多久が一番、良く知っていた。自分の学力以上を目指してもらったのだ。そのストレスは大きかったと思う。


「最低! 好きでもない人にキスするなんて、多久兄ちゃん、本当に最悪!」

「好きでもなければ、こんなことするかよ!」


 思いの外、自分の声が響くがもう後戻りなんかできなかった。

 実玖は目をパチクリさせる。


「たく兄ちゃん……?」


 多久はキャラメルの小箱を取り出して、自分の口に放り込む。

 同じように、甘さが広がって。

 今までの。そしてこれまでの実玖の姿が、瞼の裏にちらつく。

 悲しいことも、嬉しいことも。

 キャラメルの甘さが包み込んでいく。

 この甘さを、誰にも譲りたくない。誰にも味わせたくないのだ。


「実玖が、好きだから!」


 臆病な自分をキャラメルの甘さが溶かす。

 実玖が信じられない、といった目で多久を見た。

 でも、もう引き返さないし、遠慮もしない。


「わ、わたしも……。多久兄ちゃんのことが好きだよ……」


 ポロポロ、涙を零しながら。

 泣き虫実玖は、嬉しくてもよく泣いていた。

 それも今さら、だから。

 もう一度、唇を重ねる。


 甘くて。

 甘い。


 これほどキスが甘いだなんて思わなかった。

 キャラメルよりも甘い。

 心を重ねることができたら。ほら、こんなにも甘い。






 ■■■




 で、告白なんてするもんじゃない。

 ようやくお互いの唇が離れたその瞬間――拍手喝采が巻き起ころうとは。

 恥ずかしくて穴があったら入りたいと思った多久と実玖だったが――つないだ手を二人とも離そうとは思わない。


 二人の口の中に広がる甘さは、まるで消えることはなかったから。

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