君の髪を梳く



「ダイちゃん、イライラしてない?」

「してないし」


 と言う声に感情温度が下がっているのを感じる。


「原因はエリちゃんでしょ──」

「違う」


 即否定をしながら、悪友の髪を切る。


「絶対、図星じゃん」

「黙れ」

「って、おい! 俺の髪、ガタガタじゃん!」

「あ」

「どうすんだよ!」


 半泣きでヤツが喚いて、また失敗する。ゴメンな、青山。


 考え過ぎだ。雑念が拭えない。俺は小さく息をつく。理容師、失格じゃないか、と思う。


 そんな関係じゃないと常に否定してきた。ガキの頃から知っている年下の女の子。妹感覚とごまかしてきたが、少しずつオトナになっていく彼女に、距離が遠くなっていくことを感じた。


 彼女の髪を梳く。鋏を入れる。髪を整える。少しずつ綺麗になっていく彼女を見てきた。ちょっとずつ大人になる彼女を見て寂しくなった理由が、恋心なのだと今更ながらに気付く。

 ロリコンか、俺は。


「そんなこと無いと思うけど」

「あ?」

「年齢とかお前らには関係ないって思ってたけど?」

「ふぅん」

「エリちゃんは、お前に髪をいじってもらうのが好きだって言ってたしな。お似合いだと思うんだけど?」


 俺はバリカンを手に作業する。


「ちょい、ま、まて! なんでバリカン?」

「え?」

「え、じゃないって! ダイちゃん、洒落にシャレにならないって! 洒落になってない!!」

「ゴメン、もう刈っちゃった」

「刈っちゃった、じゃない!」


 涙声の青山を尻目に、息をつく。今日はもうダメだ。エリのことしか考えられないのだ。


 夏祭りの日は、いつも俺が髪をセットしていた。

 それが今日は「自分でするから」と断られた。


 妹感覚だったんだろう? 青山は笑う。ヤツの言うとおりだと思う。理容師と客、ただそれだけの関係なのに感情移入している俺の方がおかしい。

 と、からんと店の戸が空く。


「ダイちゃん」


 と入ってきたのはエリで。水色の浴衣に身を包み、後ろをポニーテールで結わえて。こんなに大人になったのか、と思わず見惚れてしまう。後れ髪がどうしても出るのは、エリの癖だ。


 等身大の背伸び。彼女は彼女のできる背伸びで大人になり、恋をしていく。もう小さいままのエリじゃないと思うと、妙に寂しさを感じて。


「あ、青山さん? 丸刈り? 失恋したの?」

「エリちゃんのせいだよ。巻き込まれたこっちの身にもなって」


 諦めた声で青山が言う。


「え?」


「ダイちゃん、エリちゃんの髪を触るのが自分じゃないって、さっきから不貞腐れてるの。おかげで俺の髪、全部犠牲になったんだから」


「不貞腐れてなんか、な──」


 とそっぽを向こうとした刹那だった。エリが俺の手に触れる。


「ダイちゃんと夏祭りに行きたいから、自分の力で頑張ってみたの。変、だよね?」


 震える声で、でも目は真っ直ぐに俺を見る。


「まだ仕事が──」

「待ってるから」


「他に行く相手は──」

「ダイちゃんと一緒に行きたいと思うのはダメなの? その為だけに私頑張ってきたつもりだよ? ダイちゃんにだけ見て欲しいから」


「エリ?」

「妹からは卒業したい。それはダメ?」

「──座って待ってろ」


 それだけ言う。

 うん、エリは小さく頷いて。


「今、このハゲを片付ける」

「ちょ、ちょっと待て、なんでスキンヘッドにしようとするの? ダイちゃん、ダイちゃん、ダイちゃ──」


 絶叫が響くが、気にしない。俺は聞こえない。













 手をつなぐ。喧騒に埋もれて、その手が離れそうになるのを、エリの指をなお強く絡めて。

 だから耳に囁いて。


 妹感覚なんて言葉でもう誤魔化さない。本音を隠さずに伝えて。


 彼女は小さく頷く。


 その手を引いて。

 歩調を早めて。人影に隠れて。唇が触れて。彼女が微笑んで。


「勝負に出てよかった」


 エリが笑う。俺がもう一度、言葉にする代わりに唇で触れた。

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