第26話真意はいつだって不確かで。

「一之瀬くん身長地味に高いよね」

「ん、まあな」

「この靴履いても届かないし」

「そうだな。五十嵐は身長何センチくらいあるんだ?」

「百六十・・・三か四?かなあ」

「そっか。悪いな、俺百七十八だから」

「え、高いね。それじゃあその猫背ほんと勿体ないよ」

「・・・まあ、意識するように頑張る」

店を出てすぐのベンチに腰掛け、二宮を待ちながら他愛ない会話をしていた。

五十嵐ってもっと背高い印象あったんだけど、そこまででもないらしい。

「今思ったんだけどさ、くるぶしって面白くない?」

「・・・は?」

「なんか、語感がいいよね」

「くるぶし。・・・ああ~、まあ。でもそんな事言ったら全部面白く感じると思うけどな」

「例えば?」

「マヨネーズ」

「・・・」

「マヨネーズ」

「別に・・・」

「ほくろ毛」

「そんなの聞いた事ない」

「でもほくろから毛が生える現象あるだろ?あれ何なんだろうな」

「確かにあるけど、女子との会話でほくろ毛の話題ってどうなのさ」

「マヨネーズ」

「唐突に帰ってこないでよマヨネーズ」

「でも考えてみたらマヨネーズって意味分からんよな」

「くるぶしだって意味分からないってば。何?くるぶしって」

「俺に聞くなよ、俺別にくるぶしについて考えたことねえもん」

「私だってマヨネーズについて研究したことないからっ」

「マヨネーズ」

「だからくるぶし!」

「マヨネーズだろおい」

「くるぶしの方が強いから!」

「いやいやマヨネーズ」


「せんぱい方なにやってんですか」


「あ?見たら分かるだろ。くるぶしとマヨネーズどっちの方が強いか勝負してたんだよ」

「馬鹿ですか?」

「はあお前、どう考えてもマヨネ・・・。おい何の話だよ」

「だからそれを聞いてるんですってば・・・」

うん。いや、どう考えても馬鹿みたいな会話だった。

くるぶしとマヨネーズで争ってどうすんだ。スペアリブにはバーベキューソースって決まってるだろ。

何言ってんだ。

「と言うか、今回は五十嵐が悪い。くるぶしの話題を振るなんて卑怯極まりない」

「ちょっと待ってよ、何か私が頭悪いみたいじゃん」

「じゃあもうマヨネーズとくるぶし合わせちゃえばいいんじゃないですかー」

もうこの会話に飽きたのだろう二宮が、渾身の打開策を提示する。

「マヨぶし」

「・・・」

「くるネーズ」

「・・・」

「・・・クレープ食べに行こう」

・・・絶対に時間を無駄にした。


「それはそうと二宮、勝手にはぐれるなよ。子犬が可愛いのは分かるけどな」

「えへへ、すみません。猫派なんですけど、小さいものにどうしても惹かれちゃうんですよう」

可愛らしくはにかんでみせる二宮だが、こいつ、笑顔で何でも乗り切れると思ってるんじゃないだろうな。

いやまあ許すんだけど。

「そういえばお前ら、学校じゃあんな感じだったのに、今は全然平気なんだな」

軽い話題程度で振ったつもりが、双方足を止め顔に影を落とす。

「・・・せんぱい、それは禁句です」

「それ、デリカシー無いって言うんだよ一之瀬くん」

「え、なに。なんだよ」

ごめん、全く分からないからネットで検索してもいいかな。

そんな風に疑問を浮かべる俺を引っ張る二宮。腰を下げさせ、耳元で何やら囁きだす。

「せんぱい、気まずいに決まってるじゃないですかっ。時間がなんとか解決してくれるのをひたすら待ってたんですよっ。だって五十嵐せんぱいに普通に話掛けるとかどう考えたって無理じゃないですかっ!」

ウィスパーで怒鳴られる。なるほど、確かにな。

すると今度は五十嵐に引っ張られ、二宮にされたのと似たような体制で、これまたウィスパーボイスに淡々と。

「やっぱり一之瀬くんってバカだよね。なんでそんなに鈍感なのかなあ。もしこれで今からトイレ行くとか言って二人残していったらほんと死刑だからね。私と二宮さんは空気が死んで、一之瀬くんは死んで」

「はい、理解しました」

そうか、友達の友達状態な訳か、なるほど。

・・・うわ、辛。

「うん、何と言うか、ごめん。よし、行こう」

「誤魔化せてないから」

「行こう」

「ポンコツせんぱい・・・」

そんな事言われたって、まともに遊ぶのなんて言ってしまえば初めてな訳だし、友達の居ないぼっちにそんな気を遣えと言われましても。

と言うか、二宮も一緒にって言ったの五十嵐じゃん、だから無意識的にもう大丈夫なんだって思うじゃん、俺悪くないじゃん。

元凶は俺ですけども。

でもそうだな、俺には分からない距離があるのだろう。こう言う状況を何て言うのか、少し難しい。三角関係?それは違うだろう。


「あれ、あいつ・・・」

クレープもパフェも、結局はデパートの中に揃っている。夜ご飯もデパート内の飲食店で食べる訳だ。

そうして俺達はデパートに向かっていたのだが、その道すがら、ゲーセンに入っていく妹を見かけるのである。

「どうしたの?」

「ああいや、別に・・・」

そうは言うものの、気になってしまう。

と言うか誰だあの男共は。妹の性格上、最も嫌いそうな風貌だけれど、どう言う関係だ。

別に妹が誰と何をしてようが知った所では無いのだけど、ああ言った手合いと関わり合いを持つのは好ましくない。

大変好ましくない。

じゃらじゃらしたシルバーアクセサリーに、パツンパツンに決めた頭髪。ピアスもつけて、如何にもノリと言う言葉が似合いそうな連中。

妹は制服で、その他の男が私服なのだけど、本当、どう言った関係性なんだ。

眉を顰めながら遠目がちにつまらなそうな顔を浮かべる妹を見ていたが、ゲーセンの自動ドアに吸い込まれていき、やがて姿は追えなくなった。

「せんぱい?」

「あ、おう。すまんな、行くぞ」

「せんぱい、何か顔色が少し悪いです。・・・疲れました?」

二宮が心配そうに窺う。あれ、お前そんな気遣い出来る奴だったのか。

「いや。大丈夫だ心配すんな」

大丈夫と言う事を体現するべく、二宮に笑いかける。

「そうですか」

すると二宮も笑みを返し、優しい声音で相槌する。

そう言えば、普段から別段笑う事なんて殆どない俺が、何故今このタイミングで誤魔化す様に微笑んだのだろう。

胸の辺りがざわざわとして仕方なかった。

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