第25話五十嵐と買い物。

「一之瀬くん、これどう?」

「おー。めっちゃ似合ってんじゃねえか?てか、今まで合わせたやつも全部似合ってるけどな」

ケバブを食べ終えた三人が向かったのは、デパートの周りに立ち並んだ洋服店だった。

見るからに女性服ばかりで、どうにも男性が近寄りがたい雰囲気ではあるが、隣に二宮、そして服を合わせながら楽しそうに悩む五十嵐がいる事で、悪目立ちはしないで済んでいた。

「・・・五十嵐せんぱいスタイルいいなあ・・・」

「なんだ二宮、羨ましいのか」

「だってあんなの見せられたら・・・ああ、私も身長が欲しいです・・・」

「まあ、似合わない服の方が珍しいまであるな」

確かにそのモデル然とした容姿は、あまりにも整い過ぎているから女性にとっては羨望を束ねるに相応しいものなのかもしれない。

しかしどうだろう。二宮は確かに背は低めで五十嵐よりかは多少肉付きは良いのかもしれないけれど、子犬のような性格と相乗して、とても可愛いと思うのだが。

「でも大丈夫だ、勝ってる部分もある」

一目瞭然と言っていい程、二宮に軍配が上がるものだってあるんだ、それでいいだろう。

五十嵐と比べて、圧倒的に胸が大きいのである。

いや、五十嵐だって一目で分かるくらいの大きさはあるのだが、レベルが違う。

それこそ比べたら可哀想ってやつである。

「え、何、どう言う事ですかっ」

「いや、なんでも」

「ええ~!何でですかっ、気になってお腹空いちゃいます!」

「どう言う原理だよ」

「あ、お腹空いてきた」

「それただの生理現象だろ」

「違いますよう、気になったからです!」

「んなわけないだろ、絶対教えない」

「えぇ~!せんぱいのいじわる~っ」

ピンと来ていない様子の二宮に、俺は大きく頷いたのだった。


「わっはあ!せんぱい見てくださいあれ!ちょー可愛くないですかっ!やっばいちょっと行ってきますっ!」

どうやら五十嵐の琴線に触れるものが無かったようで、一軒目では何も購入せず、一行は次の所へ向かっていた。

その道中に見えたペットショップのゲージにちょこんと座る小型犬に目を光らせたのは、言わずもがな二宮だった。

「あ、おい二宮っ。・・・行っちまったよ」

「あはは、二宮さん可愛い」

「それな」

「う・・・ん」

どうやら同意したのが気に食わなかったらしい。

あれか、今流行りのファッション可愛いか。

「まいっか。次の店に先行っとくか」

「うん」

「にしても、五十嵐お前ほんっとスタイルいいな」

「そ、そう?ありがと」

「なんつうか、一緒に居る俺が気後れするって言うか。本当に隣に歩いてていいのか不安になってくるぞ」

「なんで?今の一之瀬くんはそこそこいけてるし、大丈夫だよ」

「そ、そうか?」

五十嵐に褒められて顔がにやけそうになる。

やっべえ、何かめっちゃ嬉しい。

「じゃあ腕でも組んでみる?周りから見たら恋人に見えるかも」

悪戯っぽく笑うのだが、それがまたなんとも。

「やめとけやめとけ。不審者面の男と腕組んでたら訳アリだと思われるって」

自分で言っておきながら、なんとも心に来る自虐。

「うーん、そう?そうでもないと思うけど」

言いながら、びっくりするほど自然に腕を絡める五十嵐に、俺は顔が急激に赤くなる。

「お、おい馬鹿・・・。やめろって」

「あっははっ。一之瀬くん、照れてる」

「・・・///」

「ふひ」

「~~!おんまえ馬鹿にしてっ!」

「やあこわーい!」

きゃっきゃと楽しそうに笑みを溢す五十嵐は、その整った顔立ちを笑顔に歪め、目尻に水滴を貯めるのだ。

普段からは想像もできない五十嵐の可愛らしい一面に、尚更心臓が跳ねた。

なんかもう、

「本当に・・・」

「なに?」


恋人みたいだな、と言いかけた口を、掴まれていない左手で咄嗟に抑える。

「なん・・・でもない」

我に返る。


・・・そうだ、五十嵐が欲しがっているのは恋人じゃない。『友達』だろうが。


「・・・ごめん」

「え、・・・え?どうしたの急に」

不安そうに見つめる五十嵐。

やめてくれ、そんなに優しくしないでくれ。

良くない感情が――――。

「・・・なん、でもない。よしっ、次行くぞ次!」

「え、あ、ちょっと待ってよっ」

思いも何もかも振り切るように、俺は店に向かう。

今思ってしまった感情が、くそったれな気の緩みが、胸を締め付けるのだ。

隣に居るべきはお前じゃないと、誰かが言うのだ。

それに対して俺は、そんな事分かっていると答えるのだ。そうしてまた、苦しくなるんだ。

額には嫌な汗が滲んでいた。



†    †    †    †



一之瀬くんの様子がおかしい。

さっきまで楽しくしゃべってたのに、急に形相を変えて、雰囲気を台無しにしてしまった。

・・・せっかく良い感じだったのに、釣れないなあ。

初めて家に遊びに行った時もそうだった。

別に一之瀬くんが好きだとかそう言う訳じゃ無いけれど、ごく一般的な人種だったら、カーテン越しに密着してるんだもん、キス・・・とかしててもおかしくない場面だと思う。

単に一之瀬くんが誠実って事もあるかも知れないけど、何と言うか、そんな言葉で言い表せない何かを感じる。

べ、別に、私がしたかったとかそう言う訳じゃないけれど。

超えてはならない一線を、絶対に超えない何か。理性の権化。

近付き過ぎると離れて行ってしまう。何故。

嫌われてる訳じゃ無いんだろうけれど、ここまで頑なだと自信を無くす。

・・・もしかして私、一之瀬くんに女として見られてない?

嘘、もしそうなら今まで培ってきた自信が地に沈む。嫌だ、せめて女とは思ってもらいたい。

・・・でも、さっき私が腕を組んだ時、あからさまに照れてたって言うか。

何!?なんなの!?なんでこんなに悩まないといけない訳?別に好きでも何でも無いならいいじゃん、どう思われてたって!

ああもう、何かもやもやする。なんだろう、なんて言うんだろう、この気持ちは。

なんだか腹が立ってきて、私は一之瀬くんを小突いた。

「痛った。んだよ・・・」

「別に。良いから行こ」

「はいはい」

もう、また猫背。



†    †    †    †



「ここか?うっわ、高そ・・・」

五十嵐が言うには、次の目的地はここで間違いないんだが、こんなの学生の身分で来るような場所じゃない。

俺が入って行ったら単なるイキってるヤツになる。

でも流石は五十嵐。このラスボスを目の前にしても臆するどころか、何ならこの企業がスポンサーとして後ろ盾しているようなマッチング感。

中身がオタクだとは到底思えない。

「よし、入ろ」

「お、おう」

「・・・と、その前に」

言いながら五十嵐が俺の正面に立ち、乱れた襟元を正す。

「ほら、背筋伸ばす」

「は、はい」

「もう、だらしないんだから・・・」

小言を垂れる五十嵐に、母性の欠片のようなものを感じる。

きっとこいつは、良い母親になるだろうな。

なんて考えてるうちに、とっくの間に身だしなみが整っている。

魔法かよ。

「うん。おっけー」

「ありがと」

「うん」

そうして二人は、店に入っていく。


「へえ、案外高くないんだな」

「まあ、北海道だし」

「おい北海道馬鹿にすんな。飯は美味いぞ」

「確かに。北海道の水道水って東京の売ってる水より全然美味しいよね」

「まあ、ほとんど山だしな」

左から一周するようにどうでもいい事を語り合いながら見て回る。

「お、これとかお前に似合いそうだけど」

「え?どれどれ?」

言って薄緑のチュニックを五十嵐にあてがう。

「ほら、可愛い」

「そう?なんか大人っぽいイメージ」

「そっか・・・、じゃあこれは?」

「うーん、あんまり好みじゃないかなあ」

「そうか・・・。おしゃれって難しいな」

「そうだね。あと、今一之瀬くんの持ってるやつ四万円するから私には無理」

「げっ、こんなのに四万は馬鹿だな」

「一之瀬くん、ここ店内」

「おう・・・」

店員さんの目が刺さる・・・。

「あ、ねえねえ、これどお?」

「分からん」

「こっちは?」

「どうだろうな」

「ねえ、ちゃんと答えてよ」

「だって下手な事言うと店員さん飛んできそうだし・・・」

「似合ってるか似合ってないかでいいのに」

「そうなのか。なら全部似合ってると思うけどな」

「えー?じゃあ、これとこれ、どっちの方が似合ってる?」

「・・・変わんないけどなあ」

「適当じゃんっ!」

「大きな声出すなよ、ほんとにどっちも似合ってるんだよ・・・」

「じゃあ一之瀬くんが選んでよ。私そっち買うから」

「責任重大過ぎて胃がキュッてなる」

「元号発表前じゃないんだから」

「そのツッコミは分かりづらい」

「・・・う、うるさい」

「でも、そうだなあ・・・」

思案を巡らせながら辺りを見回した俺の目に、五十嵐に似合いそうな薄手のコートが映る。

「あれ・・・」

「なに?」

そのコートの下まで歩き、手に取る。

「おい五十嵐。これ着てみろよ」

「え、あ、うん」

五十嵐から二つの洋服を受け取り、コートを渡す。

コートに腕を通し、腰辺りから出た紐をちょうちょ結びにして、左側に寄せる。

「・・・めちゃくちゃ似合ってる」

スタイルの良い五十嵐だからこんなにもロングコートが映えるのだろう。

まさに素晴らしいの一言に尽きる。

「あ・・・ありがと」

首元に着いたタグを裏返し、値段を見ると、一万九千八百円と記されていた。

た、高けぇ。

「ところで五十嵐・・・予算は?」

「うーん、高くても一万五千円までかなあ」

「おおう・・・」

せっかく似合っているのだ、選ぶなら手に持っているこの二つよりも、このコートを選んでやりたい。が。

そうか・・・。五千円足りねえのか・・・。

うーん、どうすっかなあ・・・。

「・・・お前、これはどう思う?」

「うん、すっごい可愛いし、結構気に入ったかも」

「そっか・・・そうだよな・・・」

「うん?」

怪訝に思ったのだろう五十嵐が、コートのタグを見やる。

「わ、流石に高いね・・・。この店のコートにしてはリーズナブルな方だけど・・・」

「そうだよなあ・・・」

五千円か・・・。五千円足りないのか・・・。

うーむ・・・。

「・・・か、買えよ。それ」

「え、でも予算」

「俺が、出す。・・・そもそも、今日はお前への詫びも兼ねてるんだしな。五千円出すから、それ。買おう」

「それはだめだよ、一之瀬くんに悪いし」

「なんつーか、これ着た五十嵐を見たいんだよ。実際、めっちゃ似合ってるしな」

「でも・・・」

「・・・」

「・・・うん、じゃあ、お言葉に甘えようかな」

「おう」

「ありがと、一之瀬くんっ」

「おう」

その大人びた微笑みが、とても綺麗だった。

自分の物じゃ無いのに、良い買い物をした気分で、とても晴れやかな心持ちだった。

「ねえ一之瀬くん、これ、着て帰ろっか」

「おう、好きにしろよ」

「ふへへ、そうする」

ふへへって。子供かよ。

店員さんにウキウキと話す五十嵐を尻目に、ポケットに手を突っ込みながら店を出たのだった。



「・・・はっ!あれ、せんぱい達はどこにっ」

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