第17話言わなければ次へと進めないから。
「せんぱぁーい、あれ、せんぱい・・・。あ、せんぱーい!」
何だコイツは。IQ8程度なのか。言語能力が我ら日本人とは異なっているに違いない。もっと色々分岐させた言葉遣いでないと意味が分からん。
その分言葉の喜怒哀楽がはっきりしているから感情面は読みやすいが。
しかし困った。何を盛大にやらかしてくれてるんだ二宮は。
やはり言っておくべきだった。
「一緒に帰りましょうっ」
放課後。
まだ帰宅や部活の準備などで教室内に残る生徒は半数以上を占め、五十嵐も同じように教室に残り、スマホをいじっていた。
宛先は勿論俺。今日はどんな嫌がらせを企んでいるのか知らないが、悪い顔で笑っている。
案の定スマホが震えだし、確認しようと目を通すと、勢い良く教室後ろ側の戸がガラガラと悲鳴を上げ、今朝見たような顔がぬっと現れた。
握ったスマホの画面には『五十嵐里穂:一緒にかえろ?』と表示されていた。
† † † †
険悪な雰囲気の漂う教室で、場違いなほど明るい彼女の振る舞いは、俺の平穏を一気に奪い去っていった。
心が荒れ狂うのを感じる。これが所謂『焦り』と言うものらしい。
まがいなりにも上手くやっていた筈の
虚ろな瞳で俺は彼女へと振り向く。
「どうしたんですかーっ。・・・あっ、もしかして見とれちゃってます?えへへ、照れるなぁ」
最悪だ。
しかし、五十嵐に前もって説明できていたことは不幸中の幸いというやつか。
もし昼の一件がなければ埋まらない溝が五十嵐との間に出来ていた事だろうから。
「せんぱい?」
「・・・ちょっと来い」
とりあえずは事態の脱却が最優先だ。
このまま人目のある状態で放置しておくのは一番の愚策であることには間違いない。
荷物を持ち、机の前で首を傾げる二宮の腕を掴み教室を出る。
「え、もう、せんぱいったら大胆ですねーっ」
「うるせえよばかっ」
扉を閉める時に見えた五十嵐の顔に、俺は罪悪感を覚えていた。
「こんな
「違うし楽しそうにすんな。・・・まあ、早速だが本題に入らせてくれ」
来たのは俺にとってはお馴染みの場所。
ここなら落ち着いて会話ができることを俺は知っている。今日はともかく、ほぼ毎日五十嵐と二人で昼飯を食っている場所。
「・・・何のつもりだ」
体育館横の階段踊り場にて。
俺は少し、冷静さを欠いていた。
「せんぱい・・・っ、怒ってます?」
「何でそう思うんだよ」
「だってなんか目つき、怖いですよっ?」
「生まれつきだから気にすんな。で、どういうつもりだ」
「さっき言った通り、一緒に帰りたいだけですよっ。私、友達いないのでっ!」
元気よくそう宣言する二宮。本物のぼっちを目の前に何を茶化してるんだ。
友達がいないと必然的に目線は下がって声も低めに、姿勢だって悪くなるものだ。且つ変に捻くれて面倒くさいパターンが多いんだよ。俺みたいにな。
それなのにお前は声音は明るくいつも瞳を覗き込むようで。大きめな二つの双丘を自信ありげに姿勢よく張っているではないか。ぼっちの風上にも置けないぞこのリア充め。
「あ、そ。あれか、『友達は居ません、だって全員親友だから☆』みたいなやつか」
「うぇーっ、違いますよぅ。私そんな痛い子じゃないですってばっ」
「魔法の杖で」
「キラキラリン☆」
「・・・痛いじゃねえか」
「・・・条件反射ってやつです」
「条件反射でキラリンするな」
「今のはせんぱいの罠ですよぉー!誘導尋問だ!インダクションだぁ!」
「いやもう英語使っちゃう辺り痛覚刺激されるよね」
「くっ、殺せ!」
「違うそうじゃない。俺はお前とコントをするためにここに来た訳じゃないんだよ」
「えーっ、せんぱいだってノリノリだったじゃないですかあ」
「あー・・・いや、ちょっと何言ってるかわかんない」
「何それずるいっ!」
最も不本意ながら、二宮と話を繰り広げていく中で、俺はだいぶ冷静さを取り戻していたようだ。
「はあ・・・。まあ、いい。でも、お前には言っておかないといけない事がある」
今後、こう言った事故を防ぐためにも二宮には話す必要があるだろう。
『関わっていく』のであれば。
「どうしました?もしかして、今度こそ愛の告白を受けちゃったりするんですかねっ!」
「いつ俺がそんな予兆を見せたんだよ違う」
きゃっきゃとはしゃぐ二宮は随分と愉快そうに微笑む。相当頭の中が愉快なんだろうな。
「だって私結構かわいいですよっ?それでせんぱいは童貞さんじゃないですかー、これはもう必然的に私にあいらぶゆーを告げるに違いありませんっ!」
「てめえなんて事言いやがる。俺が童貞だと?その通りだ」
「うへえ、あっさり認めますねー・・・」
「でも二宮に告白はないな。うん、ない」
「ひどいっ。しくしく。・・・でも、どうです?私はかわいいほうじゃないですか?」
「ああ・・・まあ・・・そう、かもな」
「きゃぁーっ!せんぱいそんなっ、『愛してる』だなんてっ」
「・・・なんだこいつめんどくさいな」
「やだもう冗談ですよぅ。そんな麗しい目で私を見ないでください孕んじゃうっ」
「・・・はぁ」
やれやれと頭を押さえるシーンをドラマやアニメではよく見るが、そうか。こんな時人間はそのポーズをとるんだな。
もう、ほんっとめんどくさいこの子。
「えへへ、ちょっと調子に乗りすぎましたかねっ。すみませんっ。それで、なんでしたっけ?」
笑いながらも元の会話線へと戻した二宮。
言うなら今だ。ありがたくそのバトンを受け取ろう。
「ああ、そうだったな。別に、隠してたつもりも無いし、なんならこれを聞いた後」
胃の辺りが少しチクっとする感覚に襲われる。自分でも分かっているが、やっぱり。
・・・それでも、仕方の無い事だと割り切れ。俺。
「俺達は他人になっているかもしれない」
「・・・はい?」
「・・・まあ、内容が掴めなきゃそんな反応になるよな」
分かってた事だ。自責だ。
分かっていながら放置していたのは、見過ごしたのは俺だ。
受け入れろ。
「・・・俺は嫌われ者で、一緒に居たらお前に害を及ぼす。益は
俺の本心と言葉の矛盾。
しかし、これがなければ乗り越えてはいけない壁だ。
関わっていく為、関わるなと告げる事の矛盾。
偉そうにするな、なんて言われたら言い返す事も出来ない。
もし二宮が関わらないと言うのであればそれまで。誰に咎めが下る訳でもない。
二宮はただ俺のいない日常に戻り、俺は普段と変わらず一人、というだけの事。
でももし二宮が俺を選んでくれるのであれば、俺の事を理解していてほしい。
五十嵐はまだ分からない事があるにしろ、俺の思いは理解してくれている。他人の前で、表立って俺に干渉はしない。
俺に関わる事で傷つく恐れがある事を、二宮が容認できるかどうか。それだけだ。
「せんぱい」
俺は元々友達なんて作る気は無かった。
五十嵐があの時、俺が玄関で言った言葉をそのまま受け取っていたら、今まで通りだった。友達なんて居ない、ただの嫌われ者。
しかし五十嵐は自分勝手で他人思いで、優しかった。
だからだろうか。
頑なに否定してきた他人との交流を、俺の価値観を、少しだけ五十嵐が変えていった。
俺は嫌われ者だ。今更クラスの連中と仲良く駄弁るなんて出来る訳が無いのは知っている。そんな事、誰に言われるでもなくこの身に、この心に、深く刻まれている。
それでも五十嵐は、影に潜み廃れて行くだけの醜い男に、ほんの少しだけれど、陽を照らしてくれたのだ。
他の誰も知らない秘密の友達。狭い檻の中から一歩外に踏み込み、広い世界への足掛かりを五十嵐は渡してくれた。
・・・いや、こんなのは誇張した表現に過ぎないのかもしれない。
俺以外の皆は普通にできている事なんだから。
周りから見ればただの甘えなのかもしれない。当たり前にこなしてきた日常の一コマでしかないのかもしれない。
でも、俺は普通じゃないから。
そんな事に、夢を見てしまっていたんだ。
「そんなの、言われなくても知ってますよ?」
「・・・は」
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