第16話圧倒的な軽佻。

「それじゃ、な」

「でわでわー」


結果的に男女で登校する形になってしまった。

周りの視線が痛い。

ほら見ろ、同級生の女子が二足歩行で歩き出したダンゴムシを見つけたかのような目でこっちを向いてるじゃねえか。男子の嫉妬の目も辛いな。

二宮にも言っておいた方が良いだろうか。俺が嫌われている事を。


五十嵐里穂:今の子誰?


スマホが震える。五十嵐からだ。


一之瀬巴来:後輩だよ。てかどっから見てたんだよ


五十嵐里穂:正面見れば?


そう言われ、正面玄関方向に目をやると、スマホ片手にこちらを半身で睨む五十嵐の姿が。


一之瀬巴来:おお。いたんだな。何で睨んでるんだよ


五十嵐里穂:別に睨んでないけど

五十嵐里穂:それよりもそんなとこ立ってないで早く来なよ


なんだろうか。何かに腹でも立てているのか。

俺?まさかな。何もしてないしな。


一之瀬巴来:おう


返事を返し正面を向くが、見えたのは下駄箱の奥に隠れ翻る長いブロンドの髪だけだった。

俺の『他人と関わりたくない理論』をようやく理解してくれたのだろうか。


席に着き、荷物を降ろすと左から視線が突き刺さった。

言わずもがなそれは五十嵐なんだが、俺が五十嵐の方へ振り向くとそっぽを向いてしまう。

なんなんだあいつは。

昨日の事を気にして気まずくなっているのだろうか。

いやしかしそんな感じではない。もっとこう、何か俺に思うところがあるような含ませるような視線だ。

やはり難しい。

長い間他人との接触を避けてきた・・・避けざるを得なかった俺にはわからないだけで他の皆はわかるのだろうか。そうなのだとしたら教えてほしい。

俺は彼女に何をしたのだろうか。

授業で教わらなかった感情の問題の解き方を俺はよく知らない。ただ、ヒントは過去にあることだけは確かだ。

考えてみよう。


・五十嵐が家に上がった。

・妹、親はおらず、二人っきりだった。

・五十嵐が部屋を荒らしたので片づけをした。

・その際に見つかったエロゲーをプレイ、気まずくなる。

・五十嵐がこける、気まずくなる。

・カーテンの中で密着、気まずくなる。

・俺が帰れと言うと五十嵐は割と素直に帰った。


洗い出して今一度理解する。

最後、最後だ。とても引っかかるのは。五十嵐はここの事を気にしているのだろうか。

帰らせてはまずかったのだろうか。いやしかし、時間も時間だった。帰らせるのは妥当な判断だったと思う。

今日は特に五十嵐絡みでは何もなかった。

強いて言うならば俺は二宮と出会い二人で登校したことくらいだ。これに五十嵐が不機嫌になる理由はないだろう。


五十嵐里穂:何難しい顔してるの


考え事もほどほどに、だな。

五十嵐について色々考えてた癖に、その五十嵐に心配されてどうするんだよ俺は。


一之瀬巴来:何でもない。悪いな


五十嵐里穂:いいけどさ

五十嵐里穂:今日もいつものとこに来てよ

五十嵐里穂:・・・あ、やっぱり屋上にしよ。鍵借りとくから


一之瀬巴来:・・・おう


スマホ越しにでも分かる五十嵐の『なんだかなあ』感。

それを知るには時間が必要、なんだろうな。


一之瀬巴来:購買寄るから少し遅くなるかもしれないけど。問題ないか?


五十嵐里穂:うん



†     †    †    †



「悪いな。待たせた」

「うん。待った。すごーい待った」

「・・・だから悪かったって」

昼休み。

珍しく授業中にメッセージを送らず休憩時間にだけちょこちょこと送る程度だった五十嵐は、俺と顔を合わせるとすぐに不機嫌になって見せた。

「で、私に何か言うことは無いですか」

「・・・ご機嫌麗しゅうお嬢様」

「殺されたいならそういえばいいのに」

「すみませんでした」

大丈夫だ。いつもの会話ができる。

「まあ、なんて言うかだな。すまん。謝ることしかできない。五十嵐が何を言ってほしいのか、俺が何をしたのかがわからん。昨日の事なら・・・。これも謝ることしか出来なさそうですすみません」

「き、昨日の事とかもう別に気にしてないからっ」

言葉にすると五十嵐は頬を茜色に染め顔を背ける。

それから一呼吸を置いて、心を落ち着かせたのか、軽く頷く。


「そういうのじゃなくてっ。・・・私が言いたいのはさ。一之瀬くん、他にも居たんだなって」


「他に居た・・・?」

そう言う彼女の瞳に影が差した。

同じだ、またその表情をした。

「俺が複数体存在したってのか」

「違うしバカ」

「ばっ・・・。・・・俺が居ないって言ってた何かが居たのか?」

「・・・そう」

「幽霊」

「違う」

「ツチノコ」

「違う」

「ケモミミ少女」

「居るわけ無いじゃん、違う!」

「・・・じゃあ何が居たって言うんだよ」



デジャヴ、だろうか。

聞こえない、そして見えていないため息が、俺の鼓膜を伝う感覚がした。

ゆっくりと、五十嵐は言葉を紡いだ。


「・・・学校での話し相手、だよ」



・・・ああ。俺は途轍もなく阿呆だな。

呑気な俺の脳みそに今度は自分でため息を吐きそうだ。

馬鹿だ。俺は想像を遥かに超えて馬鹿だ。

五十嵐には友達なんて居ない、とか言ってた癖に俺は今日二宮と登校してきたじゃないか。

一緒に行動するのは論外とも言ったな。


俺は、故意的ではなくとも結果的に五十嵐を裏切ってしまったという事ではないか。


「友達は居ないから、私が友達第一号になるって言った」

拗ねた様に五十嵐。

「そう・・・だな」

「少しは私の事、信用してくれてると思った」

「それは」

「私は一之瀬くんの事、信用してるよ」

そんな言い方はずるい。

それだとまるで、俺が。

だとしても、だ。これは五十嵐に難癖を付けられるほど容易い問題ではないだろ、俺。

「・・・俺に弁解の機会をくれないか」

説明する責任があるはずだ。

悪いのはどちらでもない。がしかし、誤解や矛盾というものは完全悪から生まれることはない。些細なきっかけや気持ちで生じてしまう。

ならばそのきっかけを作ってしまった俺は彼女に誤りを謝る必要がある。でないと先へは進めない。

「いいけど、私、結構怒ってるからねっ」

「・・・ああ」



「と言う訳で、知り合ったのは昨日で、友達とはまた別なんだよ」

「その割には仲良さげだったけど」

「それは・・・、まあ、あいつが特殊なんだ。俺にもよく分からん」

「何それ」

「知らないんだよ・・・ほんとに・・・」

俺は彼女に二宮と出会い知り合った経緯いきさつを出来るだけ鮮明に伝えた。

五十嵐は戸惑っているように見えた。謎の女だ、突発的にも程がある。

五十嵐も言うように、何故たったの一日であれほど仲がよさそうに会話ができたのかすら、当事者である俺すら理解していない。

訝しむ彼女に俺はただただノーを表す他無かった。なにせ隠すことなど何一つない事実なのだから。

「ふーん。そう。とりあえずはそういう事にしとく」

「とりあえずも何も・・・」

「これ以上は水掛け論だし机上の空論だし。私はこれ以上討論する理由はないからもういいの」

「そう・・・ですか」

「私はただ一ノ瀬くんとアニメの話をしたりゲームしたりしたいだけだから。別に一ノ瀬くんが誰と何してようがどうでもいいんだけどさっ!ただちょっと、なんだかなーって思っただけだから!・・・あっ、これツンデレとかそういうのじゃないから。私そんな面倒な娘じゃないから」

「お、おう。でもまあなんというか。ありがとな。お前がそう言う奴で助かったよ」

「ふんっ」

五十嵐が口にした『なんだかなあ』の言葉に、俺はどこかほっとしていた。

誤解が解けた訳じゃない。保留になっている。五十嵐がそうしてくれた。

形がどうであれ五十嵐に多少なりと裏切りをはたらいた報いとして、何か五十嵐に行動で示す必要がある。

命令された訳じゃない。無論五十嵐もそんな事を求めている筈はない。


それでも、口にはしないが。

俺に対する不満分子を俺自身に打ち明けた事、そしてその罪を受け入れてくれた事に、俺はとても感謝していた。

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