第15話二宮真樹見参。

「今日はもう帰る・・・」

「おう、そうだな、その方が良いだろうな・・・」


「「ほんと、ごめん・・・」」


人生初、謝罪が重なる瞬間を体験した俺達は、五十嵐が立ち上がってくれたことによって多少の冷静さを取り戻していた。

もちろん、テレビは消した。

「雨、大丈夫かなぁ」

折り畳み傘はコンパクトに持ち運べる分、守れる面積が少ない。懸念の理由も納得できる。

どっかの会社がコンパクト且つ面積の広い頑丈な折り畳み傘をリーズナブルな価格設定で発売してくれないかな。

「雨強そうだったら俺の傘持って行けよ」

「うん、そうする」

え、いいの?ありがとう!とかのリアクションを五十嵐に期待してはいけない。遠慮が無いと言うか肝が据わってると言うか。

まあ男としては変にリアクションされるよりこっちの方が気疲れしなくていいのだが。

「あー・・・、結構強そうだな」

「どのくらい?」

「レベル低めで挑んだ中ボスくらい」

カーテンを暖簾のようにして外を眺めると、だいぶ降っていた。

「それじゃ分からないので」

「おい、ちょっと・・・」

「あー、だいぶ降ってる」

手で開けたカーテンの狭い隙間に五十嵐が俺の脇の下をくぐって外を見る。

いや・・・顔近いんですが・・・。肩に手を置いてるみたいになってるんですが分かってますか五十嵐さん・・・。

少し照れながら五十嵐を見つめていたら。

「あっ・・・ん」

五十嵐もこちらに振り返り、目が重なり見つめ合う。

顔を赤くした五十嵐はすぐさま顔を伏せ、固まる。

「ああいや、その・・・悪い」

今日はなんだか謝ってばかりだ。

でもどうしても他の言葉が見当たらない。語彙力が無いのも考え物だ。

俺もまた右にならえで顔を背け、沈黙してしまう。


静かだ。

当然、会話など出来ない。

元はと言えば俺がエロゲーなんかやり出すから・・・。

何やってんだよ俺は。


他意無く密着していた身体、聞こえる息遣い、感じる体温。

どれも心臓に悪い。

クソ、また心臓が・・・うるせえ。

それにしてもやっぱり五十嵐は顔が整ってるな・・・。

まつげ長いし、伏し目がちな目もどこかミステリアスでグッと心を掴まれると言うか。

華奢な体躯に透き通った柔肌、光を少し反射している艶やかな長い髪。

・・・おいおい、服の隙間から若干谷間も見えてるけどいいのか・・・?

ダメだ、変な事考えるな。五十嵐が求めてるのは友達であって、その、男女のあれこれとかはまた別の話でベクトルで・・・。

でもやはり隠そうとしても俺も男だな、どうしてもドキドキしてしまう。

だって、こんな美少女と・・・。


「あああ雨、だいぶ激しいみたいだし俺の傘使ってくれ、それじゃ、またな」


・・・危なかった。

折角友達になった五十嵐を裏切ってしまう所だった。

俺は五十嵐を『女』ではなく『友人』として見ないといけない。

五十嵐はもっと俺なんかじゃ無い良い奴とそう言う関係を築くべきだ。

生唾を飲み込んで、混沌する欲望を抑え込む。


「うん、ありがと・・・。それじゃあ、また明日」

そう言い退く五十嵐は、どこか素っ気なく感じた。

聞こえない溜息が俺の耳には届いたような、そんな感覚。

「お、おう」

五十嵐は何か、俺に求めていた事でもあったのか?

俺はそれに答えることが出来なかったのか。

分からない。


でもまあ、あれか。

女の子は難しい、とかいう。



†    †    †    †



翌朝。

知らず知らずの内に帰ってきていた妹の表情は、何だか疲れていた。

帰りが遅かったのと何か関係があるのか。

パンをかじりながら溜息を付き、天気予報を眺めている妹に話しかけるなんて動機は起きないが。

話しかけるや否やガン飛ばしてくるに決まってるからな。触らぬ神に祟りなし。

「にーさぁ・・・」

と、思っていたが神の方から触りに来た。祟る気か。やめてくれ。

「あ?」

「・・・いや、やっぱいいかも」

「なんだそれ」

「・・・」

「おい?」

「うるさい」

「えぇ・・・」

ほらみろ。俺から触ったわけじゃないのに祟って来やがった。なんて理不尽な神だこの野郎。


きっと妹も何かしらで悩んでいるんだろうが、まだ話す気にはなれない些細な問題に過ぎないんだろう。

そんな俺もまた、悩みこそあるが誰かに打ち明けるほどでは無い悩みを抱えていた。

打ち明ける友達すら俺には存在していない件については後ほど追及するとして。



「行ってきます」

八時丁度。

玄関の戸を開けたら広がるのは登校する少年少女。

登校時一人の生徒は割と多いから気分的には楽だ。寧ろ男女で歩いてる輩がいる方が目立つってものだ。

そんな彼らの脇をいつもの愛車に跨りやや上り坂の道を駆け上がる。


疲れる。


いや、別に自転車を手で押しながら登校してるのは太ももがパンパンになったからとかじゃないから。断じて。絶対に。オールフォーミー。

こんなにも雑に英文をねじ込んでる癖に英語が赤点じゃないのは本当に奇跡か何か。

相変わらずの残念脳にツッコミを入れるべきか悩んでいた所に、どこかで聞き覚えのある声が隣から聞こえた。


「今日もおひさまが隠れちゃってますね」


昨日の子だ。

「気象を操れる魔法少女とかいたら萌えますかねっ」

「一人知ってるな」

そいつの呪文で昨日雨が強くなったらしいからな。

「うぇーまじですかっ。さすがですねーっ」


さて。

昨日と変わらず向こうはさも友人かの如く馴れ馴れしく話しかけてきた訳だが。

やはり知らない人だ。

知らない人と話しちゃダメだってお母さんに言われてるんだよなぁ・・・。

でもなぜだろう。彼女の自然な話し方が所以か、戸惑いも緊張もほとんどなく会話が成立している。これがコミュ力高い系リア充というやつなのか。そんなものは知らないけど。

「ええと・・・。どこかであったことあるっけ」

「えーっ、もう忘れちゃったんですか?」

「あるのか・・・」

「いやだなぁもう、昨日も話したじゃないですかぁーっ」

「・・・あ、うん」

なるほど、会ったことは無いと。

「昨日のは覚えてる。そうじゃなくて過去に、だよ」

「あー・・・。ない、かもですねーっ」

手を後ろに組みながら石ころを蹴飛ばす彼女の眼は、少し憂いを帯びていた。

「そうだ、名前、教えてくれない?」

「えー何ですかー?ナンパですかぁー?」

「やっぱりいいや」

「え、聞かないの?」

「ナンパと間違われるくらいなら聞かねえよ」

「じょ、冗談ですって。二宮真樹ですよっ。一之瀬先輩の後輩でーすっ」

やっぱり後輩だったか。なんかうれしい。

て、待て待て、こいつ今。

「おい、なんで俺の名前知ってるんだよ」

「えー、知りたいんですかぁ~?乙女の秘密なのにぃ~」

「じゃあな二宮。先行くわ」

「ちょ、先輩待って、待ってよお・・・」

「冗談だよ。で、なんで」

「仕返しですかー?趣味悪いなぁもうっ。・・・まぁ、覚えてないですよね」

「なんだって?」

「何でもないですよー。それじゃ先輩、行きましょっ!」

「あ、おい、何で知ってるのか教えてもらってないんだけどっ」

「また今度教えますので!」

走り出した二宮を追うように俺も走った。

後から考えれば自転車に乗ればよかったものを。


こうして、インパクトのある、というか癖の強い生意気な後輩と出会ってしまった。

いや、出会ったのは昨日だったな。じゃあなんて表現すればいいだろうか。


そうだな、『知り合った』が正しい表現、かな。

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