第12話なんて言うかあれだな。

空は生憎にも灰色がかった重たい顔をしている。

若干霧がかって小雨も降ってやがる。

最悪で災厄だ。低気圧も相まって左こめかみから後ろにかけてズキンズキンと痛む。偏頭痛も悩み物だ。

ここ数日運動をしていなかった所為か、肩もだいぶ張って気持ち悪い。

折り畳み傘は持参している。でも霧なら話は別。霧の野郎は『濡れる』と言う表現では無く『湿る』と言う表現になる。空気中をふにゃふにゃ彷徨いやがるから防ぎようが無い。忌々しい限りだなほんと。

帰りのホームルームから解き放たれた放課後、窓から見た空模様に鬱になっていた俺だったが、左ポケットが震えた事で更に憂鬱になりそうな予感の中、取り出したスマホの画面を嫌々確認した。


五十嵐里穂:今日一之瀬くんの家行きたい

五十嵐里穂:あともういい加減一之瀬くん一之瀬くん言うのめんどくさいからはくって呼び捨てにしていい?


あー、頭痛い。



†    †    †    †



あの地獄のような昼休みから早一週間。

性懲りもせず毎日のように授業中メッセージを飛ばしてきたり呼び出したり。

休み時間、友達と楽しそうに話していると思えば

五十嵐里穂:めんどくさいー。どうにかしてよー

とか無理難題を押しつけてきたり。

そうやってわがまま放題してると思えば今日、家に来たいとか言い出した。

そんなもの当然答えはノー。目立ちたくないって言ってるのに五十嵐と行動するとか論外。

いやまあ俺だって男だし?可愛い女の子が俺と親しくしてくれているってのはどこか優越感があったりはするけど?それも家に来るとか言っちゃう女の子だよ。他に親しい友人なんて存在しない俺だから必然的に二人きりになる訳だから?

まあ?

ま、まあ?

嬉しい・・・のかもしれないけど。


そもそも五十嵐とは親しいとかそう言う区切りじゃ無いけど。

言うなれば・・・そう、戦友みたいな。

俺が一方的に五十嵐を支えてるだけなんだけど。足軽参謀偵察何でもござれ。全ては将軍を守護する為に。

そこに忠誠心のかけらもありはしないものの。


明らかに可哀想な身分だと気付きため息を吐くと、気温が低い為か、白くなり目に映る。

寒いし霧だし雨だし。

「最悪だな・・・」

玄関前で雨宿りの真似事のつもりか、立ち尽くしていた俺はボソリと独り言を口にしていた。


「霧ですねーっ」


・・・。

「ああ」

「うわあ、雨も降ってますよ?大変だあ」

・・・。

「そうだな」

「家まで走らないとですね!それじゃあお先に失礼しますね?」

・・・。

「・・・ああ」

「でわでわーっ」




誰だ。


待て、普通に返事を返してたけど今のはどこのどいつだ。

でわでわ、と軽く手を振っていた時、確実に俺の方を向いてはいた、が。

誰だ。

周りに居る誰かに手を振っていた可能性を考えて辺りを見回してみるが、それは無さそうだ。

一人、俺しかいないじゃないか。ぼっちじゃないか。流石。

違うそうじゃない。今はいつもの癖とか必要ない。

髪の毛はショート?のようで、背も低め。俺に対して敬語を使っていたから少なくとも先輩では無さそうだ。二年生か一年生のどちらか。

どっちだ。いや、どちらでもいい。まず問題なのは。

誰だ。

このままでは結論が出ない、色んな仮説を立てる、分からない、誰だ、の輪廻に突入してしまう。どうしたものか。

いや、同級生なら俺が嫌われ者だと知っている可能性の方が高い。

あとなんとなく好感の持てる印象だったから後輩が良い。願望だけど。

そもそもそんな考える必要も無いかも知れない。

きっと近くに人が居たら話しかけちゃう子なんだろう。・・・それはそれで危ない子だけど。

なんて色々考えていたら、手に握っていたスマホがまた震えていた。

そうだった、俺はこっちも忙しいんだった。


五十嵐里穂:早く後ろ見て


本能的に恐怖を感じると、背筋がゾワっとしたり身震いがしたりする。

スマホを見ていた俺の後ろから足音が聞こえ、すぐ近くで止まる。

「返事、遅いよ」


キャー!


「怖い、怖いって」

危うく演出家さんに口から心臓が飛び出すエフェクトをお願いしなきゃいけなくなるところだった。

「メッセージ見てくれた?」

「・・・まあ」

「で、どお?ダメかなあ」

「ダメに決まってるだろ何回も言わせんな」

「そんな気にしないってだれもー」

「・・・この際俺は良いとして、困るのはお前だぞ?」

貞操の問題として。

「私?困んないよ別に」

「男の家に女一人で上がり込んでみろ。妄想爆発期の高校生らはどんな妄想をすると思う」

「造語が凄いねほんと。そんなめんどくさい考えする子いないって」

「ばっかお前。男子高校生だぞ。下らん妄想考えて色んなとこに触れ回るに決まってるだろ常識的に」

「そんな常識は知らなかった。でもそっか、男ってバカだもんね」

「そう、バカなんだぞ嫌になっちゃう」

「一之瀬くんも男じゃん」

「俺は男じゃなくて男のようなものだ」

「意味分かんないし・・・」

これまた下らない会話を繰り広げる俺達だが、結論としては前述通り変わらず。

「なんにせよ来るのはNG。きっと妹ももう帰ってリビングで寝転がってるだろうしな」

でももし俺が家に女の子を連れ込んだとしたらどんな顔するのか、とか見てみたいかも。

「え、一之瀬くん妹居るんだ」

「おう」

「可愛いの?」

あいつが可愛いかどうか・・・。顔はまあ可愛いとして、家に帰ると『きもい』とお帰りの挨拶が飛んできて、うん、とか、分かった、とかの返事は大体『死ね』で片付く。俺に何かして欲しい時は『は?』とおねだりをしてくるんだよな。

・・・。

「可愛いな。うん。超可愛い」

「ふーん・・・」

「なんだよ」

「別にー?」

「てかお前、俺のこと下の名前で呼ぶんじゃ無かったのか。どっちでも良いけど」

「あーそれねー。なんか、実際会うと呼ぶの恥ずかしかったり嫌だったりさ・・・」

そうですか。名前すら呼びたくないほどですか。

「はあ・・・」


「と言うか違う。何で私が一之瀬くんとこんな世間話しないといけないの。これならクラスの友達で充分だし」

「・・・は?」

「だから・・・。私はさ・・・、ほら、そのぉ・・・」

言いながら少し頬を紅に染める五十嵐。

「はあ。まあ、分かっちゃ居るけどさ。俺も、あの時の手紙が突っかかってた」

「さすがぁ。色んな小説読んでるからそういうの分かるんだ?」

「あんな書き方してりゃあ誰だって察するっての」


「でも、そう言う事。私も、『友達』が欲しいかな」



基本的に理解力の乏しい俺でも分かる、単純なSOS。

俺はもちろん友達なんて大層なものは居ない。

けど、それは五十嵐も同じ事だった。

俺からすればクラスの連中だって友達に数えてやれよ、とは思うが、彼女にとっての友達ってのはつまりこういう事なんだろ。


「・・・今期のアニメは作画が神なのが多いな。特に『妹恋』とか」

ほら、単純で分かりやすい。俺が話した言葉になんつう顔で聞いてるんだよ。

「・・・うん、そう!みぃちゃんが海斗に上目遣いした時とかまじ超神だった!もうほんと可愛すぎて泣いたよね!あと――」


二次元の話で盛り上がれる類友が欲しい。一般的にアニメはオタクが見る物だから。一般人のクラスメイトとではわかり合えないから。


誰の思い込みだ。価値観の相違なんて何処にでもありふれてるものだ。

でも、完璧でありたい彼女と、完璧しか知らないクラスメイトの間に二次元は必要なかった。無論排除したのは五十嵐であり他ならない訳だが。

しかし五十嵐はわがままな事にオタク仲間も欲しかった。


「――の最新話は見た?」

「まだだな。録画してる」

「じゃあ帰ったらすぐに見て。もうほんっと最高だから」


俺は五十嵐の秘密を一緒になって隠していかなければならない。なんてリスキーな立場だ俺は。

まあでも。


「おう。帰ったらな」

「約束だよ、指切りする?」

「いらん」

「あーあ、女の子と手繋ぐチャンスだったのに」

「そんな考え方はしたこと無かった」


こんなにも楽しそうに笑う彼女の隣に立てているのは、悪くない。


「それじゃ家にいこっか」

「おう。またな」

「何言ってるの。今から一緒に行くんでしょ」

「・・・は、何処に」

「一之瀬くんの家」

「いや待て。そんな話をしたおぼ」

「今夜は寝かさないよ♡」


こういう所はとても悪い。

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