第13話それはいかんですよ五十嵐さん。

「妹になんて説明するか・・・」

「友達って言えば分かるって」

「何言ってやがる。アイツのことだ、事情を説明する前に『・・・きも』って言うに決まってるだろ」

「妹ちゃん強烈なのね」

「まして相手がお前となるとな。俺もどうなるか予想が出来ない」


帰りの道中、行く来るなとああだこうだ言い合っていたら既に自宅の玄関前まで辿り着いてしまっていた。

策略に引っかかったなーとか言っていた五十嵐の目はだいぶ泳いでいた。嘘下手すぎだ。

不幸なことに雨脚も強まり、少し風も出てきた為、返すに返せない状況下なもので。これまた策略にー、とか言ってたけど気象を操れるなら早く晴れにしてくれないですか。


「いいか、今回はやむを得ないから入れるけど本当に変な真似だけはしないでくれよ頼むから」

例えば妹にご挨拶、とか。

「大丈夫だって、私に任せてよ」

もしこれが戦場ならばコイツほど背中を預けられない奴も中々居ない。

「・・・はあ。それじゃ・・・」


玄関に入って最初に感じた違和感は、地面が全く濡れていなかった事。

そして、持っていた傘を傘立てに入れた時、妹の傘が入っていなかった事に違和感を感じる。

居間からテレビの音も聞こえない。

色々あった。その為帰路の一歩は相当遅れている。普段は帰宅の早い俺よりも早い妹だ、居ないと言う事を想像していなかった。

「いねえのか?」

独り言を呟き、居間の扉を開くも、やはり居ない。

妹は俺と違って自室に引きこもるタイプじゃないから部屋の線も薄い。

となると、状況から察するにまだ帰っていないのか?

「ねえ、妹ちゃん居ないの?」

「居ない、みたいだな」

両親は共働きで、早くても帰りは七時、遅い時は十時を回る事も少なくない。

そして妹もこんな雨の中何処をほっつき歩いてるのかは知らんが、まだ帰っていない。

午後四時五十分。妹を除けば最低でも家族の帰りは二時間後。

それまでの間、俺達は・・・、いや、俺は五十嵐と。

「私達、今二人っきり、だね」


これは喜ばしい事なのか、或いは。



†    †    †    †



「おいお前、もう帰れ」

「えーやだ。うわ、これ今年の二月に発売されたやつじゃん!持ってるのすごー」

「出したやつは元の位置に」

「あ、これ私も持ってる!面白いよねー」


ほんの少しだけ心の中でガッツポーズしていたのは一分前。

今となっては心の中で親指を下に向けていた。

コイツ、部屋に入るや否やカセットを漁ってベッドの下を荒らして出した物全て放置して。

「でも一之瀬くんの割には部屋綺麗だね?」

俺の割にってどういう意味だ。馬鹿にしてんのか。

「この有様を見て綺麗と言えるかよアホが」

片付けするのは手伝ってくれるんだろうな。

しかし、この感覚は一般の人には伝わりにくいかも知れないが、あいうえお順や出版社順に並べる作業というのは思いの外楽しかったりする。

表紙絵を見てニヤニヤしたり、パッケージ裏にあるゲームプレイ時のサンプルの小窓を見て『これはあのシーンの何某』と思い出に耽ってみたり。

そんな事をしている内に、またこれやってみようかな、とか思ったり。

綺麗に整頓した物が荒らされるのは腹立たしいが、片付けは寧ろ楽しいイベントに含まれる、のかな。

だからと言ってこの行いに正当性が生まれる訳じゃ無いけどな。

「片付け手伝うから、ね?」

「ね?じゃねえよ当たり前だ。ほら、とっとと片付けるぞ」

「もう少し見たいんだけど」

「申し訳ありませんがこの先は有料ですので」

「えー、後払いじゃダメ?」

「先払いです」

言いながら腕で胸を持ち上げて。

「えー・・・。じゃあおっぱい揉む?」

「ぶっはっ!」

何、何なのこの子、有料の意味をなんだと思ってるのほんと。

やばいやばい、危うく揉んじゃうところだった。絶対揉むなよ俺。

「ば、バカな事言ってないで早く手伝えよ・・・」

「はーい」

くそ、調子狂うな・・・。

ただでさえ二人っきりだって言うのにそんな貞操管理の甘い事されちゃ気が気で無い。

コイツがいまいち何を考えているのかが把握できていない上、どういう性格なのかすらまだよく分かってないってのに。

まあいい、今は片付けに集中しよう・・・。



「あ、このゲームどのルートでもメインヒロインが死んじゃうやつだよね」

集中し始めて数分、だいぶ片付いた頃、五十嵐が手に取ったギャルゲーに儚げな目を向けていた。

プレイしたことあるのか。

「いや、正規ルート目指してプレイしたら死ぬけど、最初から全部ネタに走った選択肢選べば死なないぞ。更にちゃんと伏線回収されてて最終的にはヒロインとくっつく」

「え、そうなの?知らなかった」

「まあ、普通にプレイする人は辿り着かない極地だからな」

「私は皆のトゥルーエンド見られたら終わっちゃうから」

ギャルゲーの楽しみ方は人それぞれな上、全てのルートを開拓するにはそれなりの根性と時間が必要になる。

俺個人としては、そこにしか無いルートの立ち絵やグラフィックを解放してくれると同士としては胸が躍る訳だが。

「じゃあ今やってみるか。ニューゲームでもいいしセーブした所からロードしてもいいし。選択肢は自分で決めてやって見ろよ」

話しながらパーソナルステージ4、通称PS4にケーブルを繋ぎ直す。

「え、いいよ、だってこれってさ」

テレビの電源を入れ、入力切り替えする。

青白い光の中に一筋の線と回転する輪。時間が立ち読み込みが終わったのを確認してコントローラーを握る。

「ほら、お前の見たことが無い景色はお前の想像より綺麗なものかも知れないぞ」

「え、ほんとに?これを、一之瀬くんと二人で?」

「プレイするのはお前だけだよ。少し暗いから電気つけるか」

紐を引き、灯りをつけた俺はベッドへ腰掛ける。

「そう言う事じゃ無くて・・・。ちょっと恥ずかしいんだけど」

「ん、ああ、まあ・・・。それはその時に考えるって事で」

「ええー・・・。まあ良いけどさっ。変な事考えないでよっ」

「考えねえよバカ」

「それじゃ・・・ニューゲームで」

「お、素晴らしい」




『――おう、よろしくなっ!俺の名前は』

『名前を設定してください』


「名前、どうすんだ」

「どうしよっか」

さて、入学式が終わったホームルームで隣の席の加藤純という、主人公に対する女子の好感度を何故か把握しているおきまり設定の友人キャラとの初対面。

彼が名乗った後の自己紹介で名前を決めるのだが、そこで頓挫していた。

「無難に自分の名前いれりゃ良いんじゃねえか。里穂でよ」

「やだよ私そう言う趣味無いし」

「ゲームの設定上の主人公の名前とか」

「それだと安直過ぎるもん」

「じゃあ適当で良いんじゃねえの」

「ダメだよ何言ってんの!?今後自分の名前になるんだから安易に名付けるなんて論外!」

「うわお前めんどくせえな・・・」

「大事なことだから!」

「分かった、分かったから落ち着け」

そもそもこう言う類いのゲームを女子高生がやること自体おかしな話だが、それの名前決めにこんなにも真剣になる五十嵐は予想を遙かに超えておかしいのかも知れない。

「うーんどうしよっかなあ・・・」

それでも、全力で楽しもうとしてくれてるこの姿勢は、少し嬉しいものがある。

オタクが嫌いなものベストスリーは、見もしないで否定、おすすめの作品聞いてきた癖に見ないやらない、リア充のこの三つだからな。

勧めたものにこうして取り組んでくれているってのは良いものだ。

「あ、決めた」

そうしている間に、画面内のドッペルゲンガーの命名を五十嵐は済ませたようだ。

「ん」


「ハクにする」


「ばっ!おんまえマジやめろって!この後の展開とかで気まずくなるだろバカっ!」

「いいの、もう決めたの~」

ダメだコイツ、本当に頭おかしい・・・。

「いや、いいけどよ・・・。お前、知らないぞほんと・・・」

「だってこのゲームやらせたの一之瀬くんじゃんっ、責任取ってもらわないとぉ~」

楽しそうにしているのは良いけどだな、そんな事して後悔するのはお前なんだぞ五十嵐・・・。

「いいよ分かったよ。そんなに羞恥プレイがしたいならもう止めないよ俺は・・・」

「うん、それじゃ決定」


『ハクでよろしいですか?』

「よろしいですよー」


『――俺の名前はハクって言うんだ、よろしく!』


「はあ・・・。本当にしやがった・・・」

「だって許可降りたし」

「・・・はあ」

「ため息をつくと幸せが逃げるんだよ、ダメだよ」

「そんなものとっくの昔に逃亡したよ」

「そんな事無いと思うよ?」

「部屋が汚いです」

「・・・」

「せめて反論しろよ・・・」


そうして名前を決め、ストーリーを進めていき。

「あ、最初の選択肢だ」

ホームルーム後、美少女先輩と出会い、プリントを持った眼鏡女子と廊下で肩をかすめたりした主人公ハク。

ファーストコンタクト時に選択肢は無く、『素敵な三年間になりそうな気がするぜ!』とか帰りの校門前でほざいていた。

五十嵐がぷはっ、と笑い出した時は少しイラっとした。

そんなこんなで一日が終わったハクは、家で今日のことを思い出しながら日記に出来事を記録して眠りについた。

明くる日、目覚ましが鳴らず遅刻寸前で家を飛び出した曲がり角。

そこでばったり出会ってしまったのが――。


『曲がり角でパンを咥えた少女とぶつかる』

『曲がり角でバナナの皮を抱えた少女とぶつかる』

『曲がり角でお魚咥えた野良猫とじゃれ合う』


「本来のルートではAだが、Cを選ぶことで違うルートに行くことは出来る」

「私ここの選択肢は全部見た気がする」

「まあ、これだけ強烈だと好奇心が優先するだろうな」

「じゃあCで・・・」


『わぁーい!猫ちゃんだにゃぁーん!』

『にゃーんにゃーん!』


『何あの子、怖いわねぇ・・・。うちの子には近付かないように言っておかないと・・・』


『俺はその日から周りと温度差が生まれ、友達になった加藤にも見放され、孤独のまま三年間を過ごすことになってしまった』

『今度生まれ変わった時には、目覚ましを掛けておくことを忘れない様にしたい』


『野良猫との戯れ。 bad end.』


「・・・まあ、遅刻しそうな時は猫と戯れてないで急げって事だよ」

「こんな展開もあったねそういえば・・・」


得も言われぬ空気感が漂う中、二人は『にゃんにゃーん!』の楽しそうな声が脳裏にこびりついて離れなかった。


・・・何と言うか現実までバッドエンドみたいだな。

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