第11話こうして彼と彼女の物語は始まりを迎える。

「やほ」

結局、情けないことに為す術無く言う通りに来てしまったさかしい俺だが、生憎にも弁当を持ってきていなかったことに銷沈。

片手を軽く上げ挨拶を送る彼女は、階段に腰掛けるように座り、俺を出迎える。

「はあ」

弁当は無い癖にミルクティーを片手にぶら下げている虚しさたるや。

俺は一体何しにここへ来たのだろう。

圧倒的な空虚感の中、五十嵐が自分の隣に座れと言わんばかりにトントンと階段を叩く。

「おいでよ」

「どうぶつのも・・・。・・・遠慮する」

空虚が過ぎる所為か所以か、なんか変な事を言った気がしないでも無いが、隣に座るのはなんとなく嫌だ。確証は無いけどなんかされそう。

「えーつまんない」

憎まれ口を叩く彼女を尻目に、手すり側に背を預ける。

「何の用だよ。お友達とお友達ってこいよ俺なんか誘わずに」

「凄いパワーワードだねそれ。いいの。たまには私も一人で居たいし」

いや、俺がいる時点で一人じゃ無いんですがそれは。

え、何、この子友達になろうとか言いやがった癖に俺を認知してないんですか。人外の方とでも思ってるんですか。

だとしたら誰よりもいじめの才能あるよお前・・・。

「さいですか・・・」

息をするように吐いた言葉に栓をするように、右手に持ったミルクティーをこくりと飲み込む。

ぷはっ、と一息ついた所で五十嵐。

「分かるでしょ?少しくらいは」

そう含ませた言い方をするのは、最初の手紙にもヒントを仕込ませていたからだろうか。

素直に返事をするのがいいか、少しおどけて見せればいいか。

短く悩んだ挙げ句、

「さあな」

と濁すことにした。

いずれ辿り着く答えにしろ、五十嵐に誘導されて核心に迫るのは何だかな。

そう答えると、少し窮屈そうに顔を曇らせ、呟く。



「いじわるだなあもう。私だって」



†    †    †    †



別に取り立てて頭が良いわけじゃない。

別に取り立てて運動が出来るわけじゃない。

別に取り立てて良い子なわけじゃない。


言ってしまえば普通の一高校生に過ぎない筈なのにも関わらず、どうしてこうなるのか。

どうして?

答えは鏡と言葉が教えてくれた。


「五十嵐里穂は凄く可愛い」


よく聞く言葉で、「持つ者には持つ者なりの苦悩を抱えている」と言うものがある。

それに対しての一般論は「贅沢いうなバカヤロー」である。

確かにイケメンが「モテすぎて辛い」とかほざいていたらなんだコイツ声帯除去手術でもしてやろうかコノヤロー。となるが、もしかしたらそれが彼には本当の悩みで、本当に辛い事なのかも知れない。

毎回学年トップの成績の子はプレッシャーに押しつぶされそうになっているかも知れないし、野球のエースは右肘に爆弾を抱えているかも知れない。


生まれつき髪の毛が明るく、目鼻立ちが整っていて、何を食べても太らない。

思春期で肌が荒れたりニキビが出来たりする事も無く、胸もそこそこ育っている。

身長も低すぎる訳じゃ無いし高くも無い上、身体は細すぎず太すぎず良い肉付き。


何も努力はしていなかった。


努力はしてない。頑張ってない。元からそうであっただけで、自分が良くしようと手を加えた訳じゃない。

なのに周りはこうも褒め称える。凄い、綺麗、美しい。


それが、辛かった。


頑張っていないことで褒められて、手を加えていない作品が『完璧』だと皆が言う。

手を加えていない筈なのに、何故かその作品のネームプレートには『五十嵐里穂』と。作者の欄には自分の名が刻まれている。


『作品』が完璧であるが故に、『作者』も完璧でなければならない。


ここで先程述べた言葉をもう一度見てみよう。

「持つ者には持つ者なりの苦悩を抱えている」


違う。そうじゃない。


気付いたら持っていただけに過ぎず、持ってしまっていたから苦悩を強いられているのではないのか。

贅沢、だろうか。容姿に優れなかった人間への当てつけだろうか。嫌みだろうか。


この悩みが口を突いて出ることはこの先無いと思う。

少なかれ誰かの反感を買うことになる。

そんな面汚しは完璧を装っている自分に対する侮辱だ。


完璧な器に劣らないように中身も完璧であり続けようと『努力』した。

皆が望む自分のカタチであり続けようと『頑張った』。


学年トップや野球部エースがゲームをしたり遊んだりするように、私だって



†    †    †    †



「素直で居られる場所は欲しいよ」


この言葉にはどれだけの思惑が交差して渦巻いているのだろうか。

素直と言う言葉の内側に秘めているものは、きっと単純な事なんだろう。

だから俺は変に飾らず、こう言ってやった。


「いいんじゃないか?素直でいれば」


「え、あ、うん・・・?」

期待していた解答では無かったからだろう。拍子抜けした面をしている。

「お前はあれだ、八方美人してる割に二方くらいしか見えてないな」

例えば突然授業中に「イェァァァァァァ!」とかシャウトし始めたらやばい奴だと思われて友達も皆遠ざかるだろうけどだな。

「皆大好き五十嵐さんをやめて、ラフな隣人五十嵐さんに変わったとしても誰も何も言わないぞ?きっと」

見た目も良くて性格も良いなんてのは所謂高嶺の花って奴な訳でだな、なんなら少し抜けた所があるくらいの方が可愛げがあるってもんだ。

「少なくとも俺の前に立ってる五十嵐とクラスの五十嵐は全くの別人の様だけど、俺は何もおかしいとは思わない。きっとクラスの連中も右にならえだ」

変わりすぎも良くないが、徐々に変化を加えていって自分の一番楽な立ち位置まで持って行けば良い。

素直でいたいなら、自分の存在している場所を素直でいられる空間にしてしまえばいい。俺にはそんな器用な真似は出来ないが。

彼女なら出来るはずだ。

「どうだ、解決出来たんじゃないか?これでお前は晴れて自由の身だ。俺なんか誘わずに友達と友達ってこい」

何かの相談を受けたわけじゃないが、これでいい。

もとより俺の願いは一つだけだった。

こじつけでも何でもいいさ。今の詭弁はもっともらしい解釈だろう。反論の余地すらなく完璧な納得のいく答えに導いてやったぞ。

俺はまた一人に戻れて、五十嵐は素直でいられる居場所ができて。

これでおしまい。



終。















「違うそうじゃないってば」


・・・良い感じに話を締めくくれそうだったってのにまだ何かあるのかよ、おい。

「・・・何がですか」

「私は完璧な美少女で居たいの。分かる?」


・・・何だか凄く自信満々な事を言ってのけた気がするんだが。

「・・・もう一回言ってもらっても良いですかね」

「私は完璧な美少女で居たいの。だからクラスで素を出すとか無理♪」


なんか、もう、あれだけ語ってた俺を殺したい。

「じゃあ素直でありたいとか言ってた人は誰だったんだよ・・・二重人格か何かですかね・・・」

呆れるように投げた質問に、彼女は淡々と答える。

「クラスで皆にいい顔してるからすっごい疲れるのは分かるでしょ?だからクラスとは別の場所でのびのびと私をさらけ出していたいの。分かる?」

いやまあ言いたいことは分かる。だがしかしだな、そうなるとおのずと被害を被る事になる輩が誕生するのをコイツは分かってないのか?・・・まさか分かっててやってる訳じゃあないよな?

そんな和紙で作ったような薄い壁など簡単に破壊する勢いで彼女は俺の淡い願いを粉々に砕いていった。

「一之瀬くんと一緒に居る時は私のままで居る事にするからよろしくね」

「ええ・・・」


ここまで行くと最早清々しい。

つまりあれだ。俺の前で隠す気は無い訳だ。クラスメイトなのに。

信頼されているのか、はたまた信頼なんて毛頭するつもりが無いのか。分かりなんてしないが、こんな彼女を知ってしまった以上強制的に保守する側に属しないといけなくなった訳だ。

これまた文字に起こすと『美少女と秘密の共有』となるのだから奇妙な事だ。

「・・・はあ」


こんな傍迷惑な状況にも関わらず、満足そうに微笑む彼女を見てほんの少しでも可愛いかな、なんて思ってしまうのはきっと年齢が若すぎる所為。

クソ、厄介に巻き込まれて迷惑な筈だろうに。

青春の馬鹿野郎。

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