第8話それの理由、これの理由。

「・・・おう」


「見てた?今の」

「まあ」

倒置法で問うてくる彼女は手紙の文面と同様、やはりどこかいつも遠目で見ている彼女と別人のようにも感じる。

話し方が――少し暗い。

「そんなのは関係ないんだけどねー?」

と、明るい印象の五十嵐に入れ替わるように発せられたその言葉に乗せるように、表情も皆大好き五十嵐さんになっていく。

・・・オフからオンに切り替わるスイッチの音がしたような感覚が残るものの。

「とりあえず、来てくれてありがとう?来なかったら泣いてたかもっ」

うん、いつもの五十嵐だ。話す言葉で百面相する五十嵐だ。

それはそうと、その表現は正しくないんじゃ無いか?五十嵐が泣くんじゃなくて俺が泣かされる羽目になる、の間違い。

「・・・それでね?一之瀬くん・・・なんで呼ばれたか分かる?」

はてさて、何だろう。思い当たる節は二つくらいしか思いつかない。

まあ二つも思いつく時点で呼び出されて然りかも知れないけど。

「はあ・・・。どこかに仲の良い運動部が隠れてて集団リンチ・・・とかじゃない」

「そんなわけ無いじゃん!これだよこれ!」

そう目の前に突き出されたのは、五十嵐から貰った手紙の俺が書いた返信だった。

「何これ!意味分かんない!」

わかりやすく怒りを露わにする表情だが、なんか貼り付けてるみたいな違和感がどこか拭えない。

「返事・・・だろ?」

「はあ・・・。こう言う返事を書けって言ったわけじゃ無いし」

深くため息を吐き出し、俺の書いた「おう」の二文字に不満を垂れる。

「なんで、どうしてって聞いてるのに『おう』はないでしょ『おう』は!」

そうだろうかな。親とか教師に説教された後とかにはよく言われるだろ?「返事は?」ってさ。

そしたら「はぁ」とか「まぁ」とかって言うと思うんだよ。

今回は――おうだったってだけだよ、きっと。

「あー・・・。まあ、そうだな」

「そうだなって、ちゃんと聞いてないでしょ。・・・まあ良いけど」

いいんだ。聞いて無くても良かったんだ。

ならなんで聞いたんだよおい。

「私が知りたいのは、あの時玄関で言ってた言葉の意味が知りたいの。こんな言い方したら誤解があるかも知れないけど・・・。少し楽しかった」

何かに期待を持った時、心拍が上がるのを感じる瞬間がある。

サッカー日本代表がホイッスルギリギリで点を掻っ攫っていったり、RPGでめちゃ強いと名高いラスボスに勝てそうな時だったり。

彼女はそれのことを言ってるのだろうか。その胸の高鳴りを、楽しさというものに置き換えたのだろうか。

「俺はあの時だいぶ辛辣なことを言ったつもりだったんだけど」

「そうかな?私と話したくないーって言うよりも、何だか私を想ってのあの言葉だった気がするんだ?」

「・・・買い被り過ぎだ」

しかしまあ、こうなった以上、黙秘を続けて付きまとわれるより、残酷な現実をぶちまけて今度こそ幻滅ってのが、一番のハッピーエンドなのかも知れない。

情けなくて不甲斐ない、俺のリアルをこいつに突きつけてやろう。文句なんて言わせない。聞いてきたのはお前だと、そう責任転嫁してやろう。


「・・・俺が」



†    †    †    †



人間が理由を求める時、求められた側の人間はどう答えるのが正解なのだろうか。

理論的に、感情的に。

多くはこの二つで訳を語る事があると思うのだが、その回答が出題者の意にそぐわない事がある。と言うか、そう言ったケースの方が数多と存在する。

例え話として昔話を一つ。


俺がまだ小学の低学年だった頃。

サッカー少年団に属して無く、自由奔放に野原を駆け回っていた時期。

よく友達と遊んでいたが、今と違って門限があった。

夏なら五時半、冬なら四時半といったように。

とある日、俺はその門限を破り、六時頃に帰宅したことがあった。

俺はいつも通り「ただいまー」とリビングの扉を開くと、母親が鬼の形相を浮かべながら怒鳴ってきた。なぜ遅れたのか、どうして連絡出来なかったのかと。

俺は友達の家で遊んでた、連絡は分からなかったと答えると母は「言い訳するな、連絡くらい少し頭使えば分かるでしょ」と、理由を求められたから答えただけなのに「言い訳するな」と叱られた。

確かに約束を破ったのは自分で非があるのは認める。がしかし、俺にはなぜ時間を破った事で叱られるのか、また、理由を説明しろと言われて説明したら言い訳するなと怒鳴られたのかが、全くもって理解できなかった。

だから俺は問うた。

「なんで五時半までなの、なんで理由を言ったら怒るの」

と。

そこで帰ってきた言葉に俺は途轍もなく落胆したのである。


「駄目なものは駄目なの!」


子供は大人が思うより論理的思考を持っている。物事の事象に辻褄の合わないところがあれば疑問が生まれる。だからこそ「駄目と言ったら駄目」なんて言うパワーワードを使われると対策のしようが無い。

だから子供は同じ過ちを繰り返す。理由が分からないから。



何が言いたいのか、それは「求められている者は、求めている側の知りたい根本を教えない限り、疑問はついえない」と言うこと。

説明した気でいても、相手が理解していなかったら意味が無い。


だから彼女、五十嵐はこんな顔をするのだろう。

「・・・ん?」



†    †    †    †



「俺が、いつもどう過ごしているかは分かるか?」

「うーん・・・いつも一人で居るよね」

「・・・半分正解」

「残りの半分は?」

「一人で居る、ていうのは少し語弊がある。一人で居るんじゃなくて、『一人』なんだよ」

「・・・ん?」

「俺は嫌われ者だ。理由は知らん。寧ろ理由が知りたいまである。そんな嫌われ者の俺が、今や学園のアイドル五十嵐里穂と関わってみろ。デモが起きるぞデモが」

「・・・ん?」

「今ので分からないか?」

「・・・いや、大体分かったんだけど、それでどうしてお互いに不利益なの?」

「どう説明するのがわかりやすいか・・・。あっ、『嫌われ者の一之瀬が五十嵐と会話してる!キーッ!許せん!』ってのと、『五十嵐さん、あんな嫌われ者の一之瀬と仲良くしてる・・・なんかちょっと・・・ねえ?』ってので不利益。どう?理解できた?」

「まあ少し。でも、それってちょっと被害妄想じゃない?」

「そうとも言う。けど、なり得るっていう可能性がある分看過出来ないだろ」

「そうかも。・・・でも、やっぱり私の予想通りじゃん」



「それって、全部私を想っての選択肢だよね」







・・・そういえばコイツ、自分がアイドルって部分否定しなかったな。別に良いけど。

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