第7話ここからが「起」。

あらやだ奥さん。あの子ったら熱い視線なんか送っちゃって。どうしたのかしら。もしかして・・・うふふ。

一種の脅迫文にもなりえるその文書を傍らに覗く彼女の熱視線にそんな事を考えていたけれど、その目つきは殺気のそれの様にも思えてきたのでこの程度にしておこう。

RPGの雑魚キャラが言う「この程度にしといてやるっ!」ってのはこんな感じなんだろうか。

彼女の思惑は見て分かる――と言うか、視覚情報として万人に分かるように示されている訳だが、どうしようか。

単純明快なメッセージ。『返事』の一言。

それは私の質問に対する応答をせよとの意思表示な訳だが。

元よりこういったいざこざが面倒で、玄関での御対面時に捨て台詞を吐いた訳だが。

返事を書かないと言う選択肢は、彼女が睨みを利かせている今不可能と。

かといって下手に返事を書いてしまうと誤解を生んでしまったり、手紙でのやり取りを容認したとされたりする可能性が無きにしも非ずだったり。

ここは変に内容を伝えず、且つ小波を立てない様な返しを・・・。



書き終えて思った。

「おおう、素晴らしい」

と。



† † † †



二時間目、やけにソワソワとしている彼女はきっと待ち遠しくてもどかしいようで。

何せ、俺が五十嵐から渡された手紙の一枚に文字を綴っている姿をしかと見つめていたようだから。

チラッと彼女を見ると、彼女もこちらを向いていたようで視線が重なる。

ドキッと心臓が跳ねる音がするのと同時、彼女は満足そうに軽く微笑んだ。

その笑顔の理由わけは言わずもがな。

殆ど他人である俺にあんな親しげな微笑みを送れるのだから、モテるのもまた然り。

別に?俺が今その笑顔にちょっと違う意味での「ドキッ」をした訳じゃ無いし?ドキッ…///とかじゃないし!?

客観視した時、誰に言い訳してんだろうコイツって思った。アホなんだろうな俺って。

そんな脳内に残念なバトラーさんを飼っている俺を余所に時間は相当経っていたようで。

人間が最も長く聴いたであろうクラシック音楽が流れる。

それを俺達は俗にチャイムと呼ぶ。


起立、礼をした後、教師は教材を持ち教室を出ていき、うぇーい系高校生の方々は封印された力が長い年月を掛け漸く解き放たれた様にこぶしを効かせ歌い出す。

気持ち良さそうに音程を外すもんだからついブフォっと吹き出しそうになるが、そんな事したらうぇーい系の方々にオラオラされちゃっていやーんってなるオチが見える。

語彙力を数値化すると2程度みたいな残念な思考をお持ちの俺は、トイレにでも籠って反省してこようと思います。


返事を書いた手紙を机に置き、五十嵐の方を見やる。

目が合った所で俺はその場を去る。

彼女も俺の意図を察したようだ。


表面はキラキラした女の子柄の手紙もとい、メモ帳のようなものも裏面は質素な白紙。

裏返しに置き、万が一うぇーい系の方々が中二病を拗らせて忍者走りしないとも限らないから風の飛ばされ防止に教科書を三分の一程度乗せておく。

少し歩いたついでに引き抜ける様、ほんのちょっと手紙の角を机からはみ出しておく。

これで不自然なく犯行が行えるだろう。

俺の完全なプロセスに感銘を覚えつつ、トイレという人類の答えに英雄の凱旋でもしてこの休み時間を過ごそうかな。

廊下に出、彼女が動き出したのを確認し、凱旋へ向かった。



さて、洋式便器に腰を掛け小説を開いたのはいいが、一つだけ疑問が生まれていた。


・・・俺、なんでトイレが人類の答えだと思ったんだろう。

試しにそれで一つ物語を作ってみようか。



『デーン(かっこいい音楽)

トイレ・・・それは最後のフロンティア・・・。

人類はいつだってトイレという名のフロンティアを目指し、争ってきた・・・。

食事の後も祭りの最中でも、人々はフロンティアを探し彷徨う。

トイレの門が解き放たれた時、人間は最高潮の喜びを得る事が出来る。


しかし。


フロンティアに辿り着くことが敵わなかった者達は、やがて果て、恐ろしい病に侵される事になるのであった。


その名も―――



[ボーコーエン]・・・。』



・・・やめよう。

圧倒的に知能が低そうな物語になる予感がした。

きっとこんな話作ったらトイレに行く度頭の中に「デーン(かっこいい音楽)」って音楽が流れる気がしてならない。

でも、「トイレ行ってくる」て言う所を「フロンティア行ってくる」って言い方にしたらちょっとかっこいいかもしれないとか思っちゃった。



† † † †



なんか下らない妄想をしてたような気がしなくもないが、そんな事はもう忘れた。

チャイムの鳴る一分程前に席に座った俺は、案の定返ってきた手紙を手に取る。

アイコンタクトがしっかりと取れているかどうかが不安であったが、問題無かった様だ。


手紙を広げると、前回とは打って変わって、綺麗に纏まった字で『放課後、体育館横の階段踊り場で待ってるから絶対に来て。

来なかったら「一ノ瀬くんにストーカーされた」ってみんなの前で泣くからね』

と書かれていた。

・・・。

なんつうタチの悪い嫌がらせをするんだ五十嵐里穂・・・。

嫌悪に拍車がかかるどころか生徒指導の対象になり得ないではないか。

だからと言って易々とホイホイついて行くような俺では無いさ・・・。



放課後。

別に体育館横の階段に向かっているのは呼び出されたからとかじゃ無い。すこーしだけ散歩したくなったからに違いない。

別にちょっと怖くなったから来たとかじゃ無い。


彼女に言われた通り、忠実に踊り場目掛けて一直線に歩く俺だが、目的地には先客がいたようで。

「――なんで、良かったら――」

「ご、ごめんね。私君のことよく知らないし、今はそういう気分になれないから・・・」

「そ、それじゃ、いつになったらそういう気になってくれるんですか!?」

「わ、分からないよぉ・・・」

「そんな・・・」

「・・・でも、もしそういう気になったとしても。・・・ごめん。君とは無いと思う。ほんとごめんね」

「・・・」


覗くつもりは無かったけど可哀想なもの見ちゃったな。なんまいだーなんまいだー。

それにしても結構えげつない振り方するな――。

――五十嵐は。

やはりそのルックスと明るめの性格が功を奏しておモテになられるようだ。

遠ざかる足音で、彼女に告白したのだろう勇敢な男子生徒が立ち去るのが分かる。

聞こえなくなるのを見計らって、階段を上る。

2、3段上った所で彼女、五十嵐が俺の方を見下ろし、同じ土俵、即ち踊り場に肩を並べ終えたら一言、先程の話し声よりはやや低めだが、綺麗に透き通った声で呟く。


「・・・待ってた」

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