第4話それに不安を感ずるのは。
1平方メートル内に人間の侵入を阻止する為のプラズマ電子光学迷彩化生命体不干渉用防御壁を展開出来る術があるなら俺は知りたい。
訳の解らない一文から始まった理由として当てはまるのは『彼女』の存在が故。
諦めを知らない。
熱血漢のスポーツマンであれば見上げた志だと賞賛の嵐を巻き起こして然りだが、話し掛けると言う日常風景にまでその理念を持ち込まれてしまったらたまったもんじゃない。
彼女、五十嵐里穂はただ俺に話し掛けると言う目的の為、休み時間を全て俺の捜索に当てた。
彼女は、俺に話しかけたかったのだとさ。
† † † †
「え、五十嵐さん、どこ行くの?」
「ちょ、ちょっと校内を見て回ろっかなー・・・なんて」
頬をポリポリと掻きながらえへへと微笑む彼女に、男共は道端に落ちたクッキーに群がるクロアリの如く、「俺案内するよ!」とバカ騒ぐ。
「うるさい男子!五十嵐さーん、私案内するから一緒に行こー?」
「あ、う、うん!ありがと・・・」
有難い申し出にも関わらず語尾がシュンとなってるのは言わずもがな。
彼女達は昼休みにご飯を食べるという事を忘れてしまったのか、次世代版大名行列と名乗ればそこそこいい線突いてる群体の大移動を、俺はひっそりとトイレの中から伺っていた。
俺を探す理由はただの慈悲。
それ以上でもそれ以下でもないという事を、俺自身がよく理解している。
彼女は優しさとか特別な理由とか、そんなもんじゃなく、慈悲として俺に語りかけようとする。
そんな女神の立場にいる五十嵐さんに誤解して欲しくない事があったり。
それが俺にとって、どれだけ迷惑な事かを知って欲しいのだが、伝える術が無かったり。
さあどうしたものか。
八方塞がり四面楚歌。お先真っ暗底なし沼状態。
次に彼女の視界に入ればご臨終。
授業が終われば即時に飛び込んでくる可能性大。
自分の無力さが圧倒的過ぎてなんだかなぁ。
とは言っても、今やれる事と言えばトイレで過ごす事のみ。
便座の形状の所為、太腿が痺れるがそれもあと十数分の辛抱。
便所飯なんて言う初めての試みを成功させた俺は弁当を膝に置き、左ポケットから取り出した小説を読み進めた。
「であるからして——」
教師が黒板に書いた文を説明していた
「と、今日はここまで。日直、号令」
今日は有難い事に5時間授業だ。つまりもう帰れる。最高。
が、何時もとは事情が違う。授業終了後、担任教師が来るまでのフリータイム。この時間は廊下に出られず、尚且つ休み時間以外で正式に認められた生徒交流の場。
俺はトイレへ逃げられず、彼女は話し掛ける絶好のチャンス。
困った。もし彼女が俺に話しかけでもしたら二人揃って晒し者だ。
校内一の嫌われ者が転校初日から大人気の美少女と二人。
クラスの連中はさぞ胸糞が悪いだろう。
どうする。初詣なんて行かなかった俺が今は神頼み位しかする事が無い。
頼む、頼むから話し掛けるのだけはやめてくれ。
願いが叶ったとは思わない。
その日、彼女が俺に話し掛けることは無かった。
† † † †
「今日、女の子転校してきたんでしょ」
帰宅。
ソファーに寝そべる妹はリビングに入るや否やそう投げかけた。
「まぁ、知ってるよな・・・」
転校初日から学校の常識まで持っていく浸透圧すげぇ。
と言うか妹よ。俺は学校が終わるとすぐ帰ってるのは言わずもがな、何故お前は俺より速いのか。
兄妹揃って友達が居ないとかやめてね?お兄ちゃん悲しんじゃうよ?
「・・・可愛いんでしょ」
お前って藪から棒にそんなこと聞いてくる奴だっけ。
まあ自己紹介の時はそこそこクるものがあったような無かったような。
「・・・さあ、どうだっけな」
手を洗った後、荷物を小脇に階段を上った。
特にすることも無く、一日約6時間も60キログラムを支えているくたくたに萎れたマットに腰掛け、丸机に置かれたリモコンを操作しテレビをつける。
今時パーソナルステージ2、略してPS2を使う人間は数少ないだろうが、カセットの関係上、これを使わざるを得ない。
青白く照らし出される液晶画面は付近10センチ程度のオブジェクトをも青く映す。
表面にブルーライトカットのフィルムを貼ってはいるが、この光はどこか目をジンとさせる。
起動してから約二十秒ほどで漸くゲームセレクト画面へと移行する。
選択したゲームは『朱の渚のファンファーレ』。
廃部寸前の部活をもう一度輝かせる為招集された主人公が、圧倒的マネジメント力を武器に部員達と再建していく正統派ラブコメギャルゲー。
これをプレイするのは何度目か。
シンプルな世界観の中に描かれる繊細な表現描写には毎度心が高鳴る。
全ルート全キャラ攻略済みなのは勿論、だが何度やっても何度見ても面白い。
アニメ化されているが、自分としては原作を強く推したい。
俺は何度目かのニューゲームを開始し、夕飯時まで延々楽しんだ。
† † † †
懸念は杞憂だったか。
転校二日後、三日後と、彼女が俺に話し掛ける事は無かった。
こちらの事情を察してくれたのか、それとも冷めたのか。
後者の説が有力だろう。そんな深く考える人間はそういない。
しかしまあ、一悶着も無く彼女と距離を置けるのであればそれに越したことはない。
よし、これでまた楽しくぼっち生活を満喫出来る。
・・・ぼっちで楽しい思い出がないのは秘密。
人間は飽きるものである。
だからと言う訳では無いが、彼女、五十嵐の周りに集まる生徒も固まり始め、所謂『グループ』が完成していた。
女子数人で集まり、駄弁る。男子はそれを遠目に眺め、目の保養。
斯く言う俺もブロッコリーを
なんと言うか、うん。いい。
女子高生が菓子パン片手に微笑み合う青春の一ページ。とても素晴らしい。
どうした俺。中年社畜童貞にでもなったのか。まあ、女子高生に最も遠いランキングなるものがあるのなら、中年とか形容したものじゃなく、一之瀬巴来と個人名が乗るくらいには遠い存在であることに間違いは無いな。
おい悲しくなってきたぞどうすんだ。
それから特出するような移り変わる何かしらが起こるわけでも無く、ただ無難に俺を除いた全生徒が和気藹々とランチタイムを楽しんでいた。
「あれ、里穂は?」
「分かんないけど、先帰るって走っていった」
放課後。六時間目の体育はまさに拷問。長距離走なる帰宅部の天敵。担当の教師が死神に見えたのは気の所為では無い。絶対に。
そういう訳で足腰が産まれたての小鹿と化した俺は、帰宅の一歩が相当に遅れていた。
そして俺はどこかその事に一抹の不安を感じている。
考え過ぎならそれでいい。問題無い。
机の中を今一度確認し、ラノベが放置されていない事を確かめる。
置いて帰って見つかりでもしたら、それこそレッテル祭りのお祭り騒ぎってものだ。
窓から見下ろす玄関には、既にかなりの人数が
玄関前の階段に座り込み談笑を始める数人の群れ。
自転車に
彼らを尻目に、階段を降った。
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