天体観測 其の二
それは、高校の入学式の後。新入生にとって初めてのホームルールを終えて、学校中が部活動勧誘で賑わっていた。
「演劇部入りませんかー!」
「週三のバスケ部、どうですかー?」
月山は、先輩達を遠い目で見ていた。
――何が青春だ。そんなの、ただの友達ごっこだろ。
真っ黒の鉛のような歪んだ心を持っていた彼は、どこにも入部する気はなかった。振り返れば、キラキラしていた彼らがただ、羨ましかったのかもしれない。
しかし、新しい校舎の中を見たかったので、校内の地図を持って一人で廊下をとぼとぼと歩いていた。
校舎の中も結構人いるんだな、と彼は呟いた。放送部、華道部、ボランティア部など、入部者募集を呼びかけている。部の存続のために必死なのだろう。月山は、青春ドラマの真似事にしか見えなかった。
足を進めていると、一人の少女が腕を窓のサッシの上に置いて外を眺めていた。
ふんわりとやわらかい黒髪のショートヘアが風に吹かれている。整った横顔、雪を欺く白い肌。まるで、一枚の写真のように見える。月山は、その姿を見て、立ち尽くす。
すると、彼女が月山の方をちらりと見た。左胸に赤と白のコサージュを付けているから、新入生だと分かった。
「君も新入生?」
そう、彼女が理佐。二人の出会いはここからだ。
その後、理佐からの科学部の勧誘に負け、渋々入ることにした。月山の兄も科学部に入っていたからだと当時は言っていたが、メガネを掛けていない、あの姿の彼女をもう少し見ていたいからだとは、今まで誰にも言っていない。
あの日から理佐は、背が少し高くなり、黒髪は綺麗なまま伸び、顔も少女から大人の女性らしくなった。
しかし、ガリレオ・ガリレイを敬愛する理系ヲタク女子なところは除いて。
***
「なにボーっと見てるのよ、気持ち悪い」
「うるさい、レオナルド」
「ガリレイの方がいい」
「文句言うな」
「ここで謎解きのキーワードのヒントよ」
「え、謎解きのキーワードってどういうこと?」
「あれ、説明してなかったかしら?」
彼女の説明によると、この謎解きはキーワードを集めて、ある名台詞を見出して欲しいとのこと。キーワードごとにヒントは必ず出される。
「一つ目のキーワードのヒントは、ここにある写真よ」
いや、分かんねぇよ。月山は、心の中で突っ込んだ。
理科室の壁には、アルキメデス、アザック・ニュートン、トーマス・エジソン、レオナルド・ダヴィンチ、ガリレオ・ガリレイの顔写真や肖像画が飾られている。
「この中から選べって言われても……。理系ヲタクに言われても困るんだけど」
「あら、お世辞はいらないわよ」褒められたと勘違いしたのか、手を頬にあてて、照れる。
「いや、別に褒めてねぇよ」
「えっ、そうなの?」
「そうなの? じゃねぇよ。っていうかさ、他にヒント無いの? 難しすぎるんだけど」
「なら、この教室にある物に関係あるわ」
「もっと明瞭なヒントは無いのかよ」
「いいから探して!」
月山は、仕方なく周りを見渡した。望遠鏡、観察眼鏡、物理学者のポスター、天秤……。まだまだあるから、キリがない。
戸惑っている月山を見かねた理佐は、口を開けた。
「仕方ないわね、ヒント! 文化祭」
「え? 何年の?」条件反射で月山は言った。文化祭とは言っても、三回あるのだ。
「えーっと、確か、二年生だったかしら」
「二年生かぁ……。懐かしい」
ふと、望遠鏡に目が留まる。月山は、それに近づき、レンズのキャップを外す。埃が被っていたが、感慨深くノスタルジアに浸っていた。
自然と声色が明るくなる。
「懐かしいな。学校の屋上で、これ使って天体観測したよな」
ふふ、と理佐が微笑する。
「さすが、着目点が鋭いわね」
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