その瞬間があったから。

倫華

天体観測 其の一

 桜が散る、卒業式当日。クラスメイトに別れの挨拶を告げた月山諒は、廊下を歩いていた。月山の片手には、お馴染みの筒。

 理科室のドアが開いている。そこに向かって歩いていると、教室の奥にある沢山の本を眺めている人がいる。長い黒髪で、窓から吹く風によって、斜めに流れている。

 月山は、後ろ姿だけで、誰かが分かったのは、言うまでもない。


「どうしてここに呼び出したんだ?」


 教室のドアの仕切りを一歩越えたところで月山は言った。

 彼女は、花瀬理佐。月山と同じ科学部で、卒業生だ。

 彼女は、振り返った。黒髪を揺らし、透き通った眼をこちらに向ける。その瞬間が、スローモーションのようにゆっくり見えた。この姿をみるの今日が最後か、と少し惜しくなるのは何故だろうか。


「謎解きよ。今から君に、私から出題する謎を解いてほしいの」


「はぁ? 卒業式に謎解き?」

 前言撤回。さっきの美化されたシーンを返してほしいくらい、理佐は意地悪そうに言った。


「そう。まず始めに聞くけど、この状況で何か思いつかない?」

「この状況でどう推測しろっていうんだよ」

「本当に?」

 理佐は目を細める。月山は疑問符しか頭に浮かばない。

「さっぱり分からない。何が言いたいんだ?」すると、理佐はため息を一つ吐いた。

「ほんっと、鈍感だよね。まぁ、分からないと思ったけど」

「なに? 鈍感?」

「あー興覚めしそう」

「今なんて言った?」

「アイロニーを込めた花束いる? 着払いで」

 絶対いらねぇ、と月山は笑って言った。


「じゃあ、思い出からいこうかしら」

 じゃあって何だよ、と口に出したら、理佐が被せて聞いた。

「そういえば月山ってさ、何で科学部に入ったの?」

「それは……、兄の影響で……」

 月山は言葉を濁す。あのことを上手く口頭で説明できる自信がないからだ。

「元々運動得意なのに、どうして、運動できない人の集まりのこの部活に入ったのか不思議だったのよね」

「……まぁ、それはよく聞かれる」

 理佐は腕を組んで唸り始めた。すぐに、ポンっと手のひらの上に拳を乗せた。


「あ、私が誘ったからだ」




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