第2章 侵入編

第1話 愛しき想い

 ▽


「支部長!」


 片手で通信機器を確認していたとき、甲高く響いたその声にのべーっとした表情で、回転椅子を背後の扉の方へと回す。

 本人は好きなことをしていたい性分ではあるのだが、その声の主は許してはくれない。今日も今日とて、何か小言があるに決まっているのだ。

 そう思いながら待つこと数秒。

 目の前の自動扉が当然のごとく開いた。


「君の声は扉越しでもよく響くね」

「何ですか、急に」


 入ってきたのは可憐な少女だった。ツンデレのテンプレートみたいに、吊目、黒髪ツインテール、アヒル口を持ち合わせ、言葉も少々きつい。アクセントに自分よりも大きいサイズの白衣を身に纏う姿は、もうなんというか可愛いげのある少女だ。

 しかし、低身長なのもありそこまで怖くはないが、常に真面目な彼女には頭を下げざるを得ない。


 そんな少女──千崎ちざきコトネはムスッとした表情で、よれよれの白衣を纏う枯れた男──仁義ひとよしゴウを訊ねてきた。

 コトネと紅の年齢差は一回りどころではない。今年までで限って言えば、コトネは15歳、紅は45歳、3倍は彼女より人生を歩んできている。そんな少女に怒られるのも吝かではないのか、紅は力弱く笑った。


「君はいつも元気だよねえ」

「気持ち悪いんですけど」

「まあまあ」


 紅の物言いに若干ヒいた表情で、コトネが半歩後退する。そして、それでも話の方が重要なため、切り換えるように喉を鳴らした。


「関係ない話はあとにしましょう。緊急事態です」

「どうしたの?」


 真剣な彼女の表情に、紅もふざけるのを止めて姿勢を正す。


「先ほど、北西部の方で救難信号が打ち上げられました。また、無線からも同様なものが1件。どちらもここから距離にして400キロメートルほど離れています。ですが」

「恐らく、極東連盟うちのもので間違いなさそうだね?」


 話を汲み取って紅が言葉を引き継ぐと、コトネはコクりと首肯く。


「今、本部の方にも確認を取っていますが、間違いないかと」

「ジャックされやすく、位置情報もバレる危険性のある通信機器を中四強国あたりで使うなんて、よっぽど切羽詰まっているようだ。悪いけど、コトネちゃん、正確な位置情報も割り出しておいてくれないかな?」

「それこそ自分でやれ、と言いたいところですが、わかりました。どうやら、何かあったようですし」


 紅は誤魔化すように苦笑いする。出来の悪い上司という感じで紅はお願いしてみてはいたのだが、コトネはそれもお見通しのように溜め息をついた。


「コトネちゃんが優秀で、本当に助かるよ」


 現に、彼女は15歳ながら極東連盟に所属していることになっている。この年齢での入隊は珍しいことではないのだが、彼女のようにここまで動ける人間はそうはいない。

 紅が支部長として構える中間支部は何かと田舎者扱いされやすいが、北西に中四強国が構える第一線としても、この支部が居を構え意味でも、彼女の優等生ぶりがよくわかる。軍もそこまで馬鹿ではない。


「もう、予定があるならいいですけど、仕事はきちんとやってもらいますからね? 三橋みはしさんや桐延きりのべさんに迷惑をかけないようにしてください! ここはから」

「はいはい」


 真剣な表情で説教する15歳に、反して、穏やかに笑う45歳である。


「もう、聞いているんですか! おと……、支部長!!」


 何にせよ、守るべきものがここにあるのだ。そう心に留めて、紅は席を立つ。


「済まないね。私はこれからやるべき事ができてしまったようなんだ。指揮権は三橋にでも委託しておくから、よろしく頼むと伝えておいてくれ」

「──もう!」


 あくまで、紅はやんわりとこの場から離れる。後ろでぷりぷりと怒るコトネを背にして、支部長室をあとにした。



「本当に、世話をかけるよ。……千崎」


 取り繕っていた表情から一変して、紅は背筋を伸ばし先にある闇を睨む。

 どうやら、面倒ごとが立て込んでいるようだ。だが、何が来ようとこの支部は守り通す。歩むこの先に更なる問題がないように願いながら、紅は闇の中へと消えていった。



 ◆


「ねえ、ライラ」

「何でしょう、お嬢様」


 あるよく晴れた日、退屈そうに庭園に備え付けられたテーブルに、頬まで付けてぐてーっとしている真雪まゆきが呼び掛けると、彼女専属メイドであるところの萊ラがふわりと側に控えた。


 メイドである彼女の黒髪は極東地方に住まうユレイヤの一族にとって見馴れたものであるが、眼が澄んだ青なのはとても珍しい部類に入る。

 伝承に沿えば、眼が青いのは、ユレイヤの中でも高度な能力の使用ができる証であるとされていた。その言葉に違うことなく、彼女の実力は本物だ。真雪専属騎士の魅涼みりょうと比べてしまうと、流石に、訓練を施した方に軍配が上がり見劣りしてしまうが、それでも兼真雪の護衛を務めるだけはある。

 天性の才を持ちながら、血筋を優先し真雪に仕えようとしているところは、真雪の信頼に値する存在であり少々依存が過ぎていたようでもあった。


 そんな、いつでも甘やかしてくれる側付きメイドに対して、真雪は平然と文句を口にした。


「聞いてよ! 氷弥ひょうやのやつ、私のこと、すぐに馬鹿にしてくるんだよ! 今日だって、力をすぐ暴走させるお子様だってからかってくるの。もう、大っきらい!」

「また、喧嘩なされたのですか? 毎度毎度飽きませんねえ」

「私がまだうまく力が使えないのは、あんたよりも制御しなきゃいけない力が大きいからなのであって、それで私が頑張ってるのを否定されるの、本当にきらいだわ」


 不貞腐れてずっと同じ体勢になっていたが、それも疲れたせいか真雪は顔を上げると、今度は椅子の背凭れに寄りかかる。

 お嬢様の行動としては些か態度であるが、もう慣れきった萊ラは佇まいを変えずに目を閉じた。現当主である、真雪の兄、雪景ゆきかげに注意されても、何も見ていませんよと主張するためか。日々の世話は萊ラの務めだが、もう良い年になってきたこともあり、色々と喧しくしても効果はあるまいとも萊ラは思っていた。だが、注意をしなければ、エスカレートしていくのは常だ。


「景兄さまも酷いわ! 私にすぐ能力をコントロールしろってうるさいのだもの。そんなの、いつもやろうとしてるっていうのに。……どうして、皆、わかってくれないのかしら?」


 兄にまで文句が伸びようかといったところで、最後に真雪は悲しそうに呟く。


 真雪は自分のことを他の人以上に知っている。性格然り、能力然り。そして、自分が落ちこぼれであることも理解していた。自分は他のユレイヤの皆よりも能力を使いこなすことが出来ずにいたのだ。

 更に、真雪がユレイヤの一族当主の妹であることがそれを後押しした。優秀な兄と一緒に暮らしていたはずなのに、同じ父と母のもとに生まれたのに、自分は兄ができることが全くできない。

 幼馴染みにも馬鹿にされる始末だ。


 焦りは時間が経つにつれて増すばかりだった。努力しても、思うように行かない。最強種としての力が自分には伴っていない。

 萊ラは彼女の自分自身の評価を、そのように予想していた。

 悩む真雪に、萊ラはふわりと微笑む。


「大丈夫ですよ。お嬢様はわたくしのこの命に代えましてもお守りする所存であります。そして、わたくしはお嬢様が立派になられるまでずっとお側にいますよ」

「萊ラ……」


 諭すメイドに、真雪は涙ぐむ。

 いつもそうだ。何か困ったときがあったら、真雪が泣いていたら、萊ラはいつでも助けに来てくれる。真雪が萊ラに依存するのも納得だった。

 そうなるように密かに企む萊ラの思う壷となっていようとはいざ知らず、真雪は萊ラを抱き締めている。

 その様子を可愛いなと思いつつ、ただ、多少はからかったりするものだ。


「しかし、お嬢様はお兄様のことが本当に好きなのですね」

「……なっ!?」

「頑張っている自分を見てほしいなんて、可愛らしいではありませんか」

「ち、ち、ち、違うわよ! 私は、その、……なんというか。……そう。自分の都合で厳しくしないでほしいと進言したいだけです。人それぞれのペースがあるのですから、口出しするのももっと気を遣って欲しいというか。……そういうこと」

「はいはい」


 一気に紅潮し、あまりの恥ずかしさから萊ラを抱き締めながら罵倒する仕草は、いつもの真雪と萊ラの光景だった。

 そんな可愛い態度を見せる真雪に、メイドは密かに勝ち誇ったような表情をしていた。真雪をこうやって愛でるのは、メイドとしての日課なのだ。


(まあ、でも、氷弥様も素直になれない性格のようですねえ)


 どうして、氷弥という幼馴染みがそこまで真雪に構ってくるのか、それを本人に伝えてあげる義理もなくひとり優越感に浸るメイドの姿がそこにはあった。



 ◇


「さて、これから本格的にどうするか、だが。少々、伝手を辿ろうかと思う」

「伝手、ですか」


 無造作な銀髪が艶やかに揺れる真雪が傍らでぼんやりしている中、姫野ひめのユウヤの宣言に白峰しらみねマコトは首をかしげた。ここはとある雪原地帯であった。と言っても、どこを見渡しても、どこから見渡そうとも、基本的に全世界氷雪で覆われているまでであるのだが。

 今は、休憩がてら行動方針の見直しと、それに伴う提案をユウヤがしている。


「ここから一番近いところに、第3支部がある。そこに昔の知り合いがいるから、その人に支援を求めようと思っている」


 ユウヤに視線を送ってくるマコトと真雪へと目配せをしながら、ユウヤは結論から述べた。

 ユウヤの言葉から、聞いていた両者は極端に反応が異なる。ひとりは頭上にはてなマークを浮かべて首を傾げるが、もうひとりは露骨に嫌な顔をした。


「あれだけ、『軍』は頼らないって言ってたじゃないですか?」

「そうだ。だから、今回は軍ではなく個人で頼むつもりでいる」

「……それって、信頼できるんですか?」


 ユウヤの意志に、マコトは胡散臭そうに顔を歪めた。確かに、マコトの疑念は最もだった。

 最近になって共に過ごすようになった真雪は、ユレイヤという氷雪を自在に操る一族として知られている。そんな人間を何の考慮もせず連れていくことは安直過ぎるのだ。同じ軍にいる仲間達ならばまだしも、上層部が何を言ってくるか定かではない。

 自らが極東連盟の『軍』に所属していることから、その中での情報のリークは極めて重要ではあるが、だからといって知り合いを売るなんてユウヤにもマコトにもできないのだ。

 ユレイヤという、希少な種ならば尚更だ。ユレイヤという種は、遥か昔に滅んだとされていて、近年では神格化までに至っているのだ。彼女の存在が明るみに出れば、場の混乱は必至だ。


 しかし、当の本人は事態の重要性を理解していなかった。ユウヤとマコトの会話が何なのか知らないが故に、自らのことを話す彼らの会話に参加しようと輪に入ろうとした。アクアマリンの眼がふたりへと焦点を合わせる。


「何を言っているのか、さっぱりわからないけれど。でも、別に私は気にしないから適当で良いよ? どうせ、私に未来はないんだし」


 未来が過去に存在するという、超然とした立場にいる真雪が呟く。但し、最後の方は尻すぼみに声が小さくなっていった。真雪が場を治めるために言ったのか定かではないが、これは軍人ふたりを呆れさせる要因にはなった。


「何もわかっていないのに、適当で良いとか、適当なことをぬかすな」

「えぇ……。だって、実際よくわからないし? ふたりで勝手に進めようとしているし? なら、もう任せた方が良いかなって」

「いや、真雪ちゃん。これは、流石に適当で済ませて良いものではないんだよね? 下手をすれば、いや、しなくても、君の存在は脅威になりうる。それに、自虐は止めておいた方がいいよ?」


 ユレイヤという種族は戦争の火種となる可能性が高い。誰だって、世界を支配できるかもしれないという人間がいれば、敵ではなく味方として手中に入れたくなるものだ。況してや、肉体的に勝る獣種すらをも超える力を秘めているのであれば、人種国家にとってその重要性は格段に跳ね上がる。


(立っている種族は1つでいいみたいなことを平気で言うような奴等に、この娘を巻き込む訳にはいかない。


 ユウヤは真雪を危険視しない。それは、別に、彼女を自分達と全く同じであることを認めているわけではない。彼女の言い分を十分に理解した上で、彼女とは対等に論を交わせると思ったのだ。

 ユウヤの予測では真雪は良いところのお嬢さんなのだろうと考える。ある程度の教養を持ち、それを自らの意思のもとで使えるのだ。話のわかるのは重要だ。でなければ、とっくに殺されているか、殺している。


 ユレイヤを脅威と考えるのはわかるが、人間を物としては扱いたくはない。理性的に考えるならば、間違っているのだろう。しかし、感情で助けたのだから、感情的に動くとユウヤは決めている。

 そして、それで考えたとしても、行き着く先は極東連盟になるのだ。

 但し、目的は極東連盟そのものではなく、とある人だ。昔の知り合いであり、今は第3支部に所属している。その人であれば力になってくれると考えたからだ。


「マコト」

「……はい」


 決意が固まり、同僚を呼ぶ。


「作戦を伝える」

「はい」

「まず、何があろうと、極東連盟に帰還させる」

「──なっ!?」


 話に直接関わらない内容で、戦力外を暗示させたような指示に、マコトは思わず軽く悲鳴をあげた。だが、反論もさせないよう、ユウヤは手で制止させる。


「まあ、聞け。これは様々なパターンを模索したときに手立てとしては真っ当だ。あまり声高に言いたくはないがな。それに、報告もできない状態で行方を眩ましてもただ迷惑なだけさ。やるべきことは軍人としてやる」

「……どういう意味ですか?」


 心底、裏切られた表情でユウヤを見るマコトに、冷静になれと告げる。真雪はその間も言葉を発さないが、わからないことなりにも話は聞くらしい。ユウヤとしても、ここに来て物事を隠蔽する気はないし、信用を得るためにも必要だ。


「残念ながら階位は俺よりもマコトの方が上だ。戻るにしても報告は必須だし、その務めは階級の上の者が行うのが妥当だ。ここに隊長かマキノさんか、それか馬場さんがいるならば別だが、生憎と俺にはその任は発生しないだろう」


 年功序列でいけばユウヤとなるが、実力主義を謳う軍にとって、階位という存在はどうにも重要視される。中四強国のような階級付けであるならば、ユウヤもそれなりに出世できていたかもしれないが、極東連盟には通用しないだろう。元々、年齢を意識した統治よりも、若手が活躍できるようにした制度だ。

 そうなれば、ユウヤは肩身が狭い。階位は変わらず第2階位で年だけ経るのだから、軍にとっては厄介極まりない。そのうち肩を叩かれて解雇される可能性が高いが、その前に技術室にでも口を利いてもらおうと考えている。


 ともかく、第3階位であるマコトの方が身分としては上なのだ。普段であれば、そんな彼に命令する下位の者がいてはならない。経験則で動くユウヤに従うマコトの方が珍しいのだ。

 勿論、軍の中にも身分に囚われない者たちは存在する。髙村隊の中にも小込こごめマキノ副隊長や相沢タケル隊員なんかもそうだ。そう考えてみれば、髙村隊は意外と身分を気にしない者が多い。髙村隊隊長の髙村ショウゴが少々過激なだけで、安定している理由の1つなのだろう。特に、ユウヤも思うこともないので、今の体制に声を荒げることもないのだが。


 しかし、実力主義を謳う軍はそうはいかない。ユウヤは軍の規定に則り、任をこなすだけだ。そして、そこで役割を求めるのであれば、マコトの方が適任となる。


 更に──。


「お前は報告すべきことがある。この状況は些かまずい。中四強国の挙動が度が過ぎているだけに、防衛体制を調えるよう進言するのは必須だ。軍も何かしら手は打っているだろうが、だからといって、無視できるものでもない。後発部隊の要請ないしは、髙村隊長の行方の捜索にも手をつけるべきだ。下手をすれば、髙村隊長の言ではないが、戦争になる」


 ──いや、戦争をさせたいのかもしれない。そこまでは考えるだけに留めて口には出さないが、明らかに中四強国がおかしいのは事実だ。極東連盟軍もそれを考慮の内に入れての危険な上海連盟遠征の任を命じたのだろうが、事態は思っている以上に悪化している。

 最早、任務どころの話ではない。髙村隊長であれば、意地でも任務を全うしようとするだろうが、何も重荷のないユウヤからすれば人命優先である。危険な真似も、賭けも、先程まで続いた氷獣との戦闘だけで十分だ。


「戦争、ですか」

「ああ。下手をすれば人種上位5ヶ国を敵に回すかも知れない。だ」


 極東連盟とて、力がないわけではない。長い年月を経て、力を蓄えてきた。また、過去の偉人たちの技術力としての功績も大きい。世界トップ10に入る軍事力は決して謙遜することでもなく、世界が認めるところにある。

 だからこそ、周囲は警戒するだろう。極東連盟の同盟国として名を馳せるのは上海連盟やステイツメルアリがいる。その2国も決して侮れるものではない。トップ5と言えども、油断をすれば足を掬われる。勿論、極東連盟は今の軍事力に甘えるわけにもいかない。上位5ヶ国が手を組み戦争を起こせば、敗れるのは当然だ。ここで火種を作るわけにもいかないのだ。


 そう考えてみれば、問題を起こしたいのはきっと上位5ヶ国である中四強国であろう。世界第7位にして、人種国家第5位にしてみれば、後ろを振り返れば極東連盟が追随せんとしてきているのだ。到底我慢できるものではない。

 もし、こちら側が隙を見せれば、彼の国は付け込もうとするだろう。今は堪えるべき立場にいる極東連盟にとってはそれは避けたい。


 どうにも分かりやすい構図に、ユウヤは心底呆れる。閉鎖的で、生産性の弱い世界で、どの国が真の支配者かを決めようというのだ。愚かしいにも程がある。獣種よりも人種の方が肉体的には脆いのだ。目先の問題よりも、将来の発展を見据えてほしいものだとも思うが、いずれ来る資源獲得競争に、全種族が否応なく巻き込まれる身としてはどちらが得かも定かではない。


「戦争を踏まえた報告をした場合、最悪拘束、軟禁されるか、監視対象になるかもしれない。理由は不敬、無礼、洗脳、寝返り、虚言色々あるが、上は事実の摺り合わせで決断を遅らせることも考えられる。そうなれば、身動きも取れなくなるだろう。まあ、その辺に関しては今はどうでもいい。だが、極東連盟ウチにとっては無視できない。思うところもあるかもしれんが、任を受けてくれ」

「僕にとってはどうにもどうでも良くないのですが……、わかりました」

「というか、そもそもウチの隊が健在できるかも危ういしな。そういった意味でも形はどうあれ顔を売っておくのは悪くはない。お前には姉もいるしな。とは言え、これはまだ先の話になる。そのときにはまた打ち合わせも行うし、結局なるようにしかならんさ」


 拗ねたような表情で首肯くマコトへ、ユウヤは微笑む。自身よりも優秀な人材を目にかけるのは当然だ。

 真雪を保護したことに関しては、その後の責任を持たなければなるまいが、わざわざマコトにまで付き合わせる気はない。


「先輩は隊長とかやらないんですか?」

「いや、やらんだろ。仮にやろうとしても人も集まらん」

「……そうですか」

「…………本来であれば、俺も報告には参上するが、それについてもこれから行く第3支部を頼った方が良いだろう。あそこは本部とも連絡が取れる」


 唐突な質問を適当に交わして本題に戻る。

 結局は、まずは報告が優先されるだろう。任務は続行できそうにない。応援部隊の要請は優先させたい。但し、中四強国や他の国家については極力刺激させたくない。やるなら小部隊でだ。


(それに、俺たちにも追手は掛かっていた。行動も制限されるだろうが、中四強国の動きがあまりにも不自然だ。あれだけの手際だ。大隊規模の人員が自領を抜け出てきている。極東連盟ウチと上海連盟の中を裂きたいことに躍起にでもなっているのか? それに──)


 ユウヤは親指の爪を軽く噛み、他の懸念も思い返す。それは氷獣についてだ。


(あれだけ派手に氷獣が暴れまわったんだ。中四強国にも直接被害が出たようだが、その影響の余波が残っている可能性は否めない。取り敢えず、下核領域したを利用するのは危険だ。統計じゃ、この時期は氷獣の動きも鈍るようだが、イレギュラー続きでそれも当てにはできない。耳は良い方だが、自信なくすレベルで問題に巻き込まれてるし……)


 方針は立てた。作戦とまではいかないが、現状のするべきことも伝えた。だから、ここでもしユウヤの身に何かあってもマコトであればうまくやるはずだろう。

 そして、その手筈を整えるための第1関門として極東連盟第3支部がある。そこの支部長は知り合いだが、決して油断はしない。こちらには真雪イレギュラーがいるのだ。交渉は得意ではないが、彼女のことは全力で守りに行くつもりでいる。それがユウヤの最優先決定事項だった。

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