第19話 軍務

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「くそ、どうして位置がバレていた!」


 焦りながらも、スキーマを走らせる。髙村ショウゴはちらと背後を確認すると、馬場ノボルと目刈ライはしっかりと追随している。だが、その後ろには髙村たちを追う、10倍はいる者たちが確認できた。


 どうして、このような状況になったのか説明すれば、中立域を目指す彼等を、待っていましたと言わんばかりに敵が潜んでいたからだ。咄嗟に逃走を計ったお陰で、何とか生命は繋いでいるが、控えめに言っても絶望的な状況だった。

 敵の正体は順当に考えれば中四強国で合っているだろう。ならば、中立区域に差し掛かる前で待ち伏せは些か過激だ。


 投降すれば命の保証はあるかもしれないが、だからといって、それを甘んじて受け入れられる要素はどこにもない。


煙幕スモークを張りつつ、急転回し北東方面へと逃走する。丁度、前方に雪丘せっきゅうがある。運悪く、他は見晴らしが良いから逃走経路はちゃんと把握しておけよ!』

『『了解!』』


 髙村の指示に、他ふたりの声が重なる。雪丘とは雪が疎らに積もったお陰でできた山であり、広大で一面が遠くまでのぞける雪原にポツリと異質に存在している。高さは20メートルはあるだろうか。それほどまでに巨大なものの陰でうまくやり過ごそうというわけだ。


 ──だが。


 髙村の思惑は遂行される前に、崩壊していた。


「な、に?」


 雪丘に潜み、現れた者たちがいた。奴等の服装はとある国の軍服であり、背後から迫る人間もこれを身に纏っていた。

 即ち、髙村たちは相手の思惑により、まんまと誘き出されていたわけだ。


 挟み撃ちするように、敵は急停止した3人の囲い込みに成功した。


「隊長、これは……」


 いつもののほほんとした空気は消え、動揺する馬場が髙村へと訊ねる。髙村と馬場は背中合わせでそれぞれの先にいる敵に銃口を構えるが、もうその意味はないと言って良い。

 髙村は納得のいかないこの状況に、悔しさを全面に出し歯噛みする。懸命についてきていた目刈は青い表情でぺたりと地面に座り込んでしまっている。戦力にカウントされない為、怒ることのできない髙村はその様子に苛立ちを隠せなかった。


 何もかもがうまくいっていない。


 仮に迎撃しようものなら、全方面からの射撃によって瞬く間に蜂の巣にされよう。怒りに震える指は光学銃の引鉄に触れているが、理性をもって引くことはできなかった。


(なぜ、奴等が位置を把握できた? それとも、虱潰しで待ち構えてでもいたということか!? あり得ん。だとしても、ここまで正確に追い詰めるなんてできないはずだ!)


 結論から述べれば、髙村の考えは当たっていた。しかし、あり得ない現象に納得がいかず、今もなお、考えを巡らせて焦燥が逸るばかりだった。

 そんな髙村の様子を知るよしもなく、3人の前から堂々とした筋骨粒々の男が、道を空けられて顔を現す。恐らく、ここでの部隊指揮を任せられている男だ。


「中四強国軍、大佐のレオン・グリズナーだ。残念なお知らせだが、君たちにはこれから捕虜として身柄を拘束してもらう。なに、命までは取らんよ。ちょいとおたくらの政治に介入させてもらうだけだ」


 金色に染まる髪を立たせた風貌は、軍人らしからぬものであり、だが、人一倍圧倒するオーラを纏っている。

 髙村はレオンへと銃口を向け直す。だが、レオンは悠然と歩み、敵の最前へと立った。


「レオン・グリズナーだって!?」


 背後でその様子を確認した馬場が、驚愕の声をあげる。レオンも興味深そうにして馬場へと視線を髙村から移した。


「やつがどうした?」

「……流れの傭兵ですよ、噂によると。ですが、そのバックには露亜帝国が噛んでいるとのことです」


 髙村には初耳だ。そんな人物まで知っているとは、無駄に知識が広いことを証明することになったが、馬場の言葉が届いていたのかレオンも感心している。

 共通のエラルティア語を通して、国家間の会話が形成される。


「ほう。猪口才に蠢く5ヶ国以下アンダー共の兵士にしてはよく知っているじゃないか」

「知っているとも。あんたは露亜帝国の幹部、ケツァリヤのNo.2として有名だ。随分、悪名が回っているぞ。なのに、どうして中四強国にいる? ここまであからさまに身分を開示したんだ。嘘でもないんだろう!?」

「ほうほう。これから人質になる身にしては、有能な人材らしい。、そこの無能な隊長が率いる隊員は皆、優秀らしい」

「何を!?」


 馬場とレオンの会話に、髙村は割って入った。それは、自身を無能呼ばわりされたからではない。勿論、そこに怒りはあるが。

 だが、聞き捨てならない言葉が、髙村を絶望へと導く。


「『やはり』、とはどういうことだ!? もしや……」


 あたかも知っているという口調に、髙村の表情は青くなるばかりだが、レオンはもう話は終わりだといったように取り合わなくなった。


ジィ大尉との連絡が取れない。早々に片付けるぞ。ああ、ちゃんと人質として確保するんだ。だが、抵抗するなら射殺して良し」


 非情な言葉を残し、レオンは即退散するように下がっていく。


 あとは、もう、結果は見えていた。



 ▽


「おう、あとでNo.6リウを通してくれ」


 レオンが指示すると、陰に潜んでいたレオンの部下が首肯する。

 カツカツと小粋よく鳴らす防寒耐性と動きやすさを備えた高級革靴に耳を癒しながら、レオンは出来合いの管制室へと戻る。


 計画的に事は進んでいる。

 特に、No.6リウの尽力が大きい。動かぬ我が身に代わって、仕事をこなす優秀さはレオンの認めるところだ。位階として同列のケツァリヤの部下として、レオンは優雅に笑う。


「取り敢えず、任務は完遂した。ジィを追いやったことは付け込まれそうではあるが、これで中四強国も戦力の練り直しだ。本当によくやったよ、我が主は」


 災害レベルの雪崩へ髙村隊を誘導できたことは上々な立ち回りだっただろう。上司も部下も優秀で、逆に動く必要のないレオンは大層、楽をできたことに更なる満足感を覚えた。

 懸念事項とすれば、これで極東連盟を完全に敵に回した事だ。


 しかし、いつでも露亜帝国に戻ることのできるレオンにとってはお互い潰しあってくれたことの方が良いと判断する。国力的に追随してきた極東連盟に、必要以上に過敏に反応する中四強国。

 両者を自らがコントロールしているという優越感に、レオンは尚も、ひとり嗤った。



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 第1章 了。

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