第17話 遭遇戦②
▽
(…………オカシイ)
気配が途絶えた。
あれだけ必死に探して、這うように追い続け、遂に捉えたと思ったらまた逃した。
自らが穿つ攻撃に手応えがないところ、まだ生きて逃走している可能性が高い。
それに、気配が途絶えた、というよりは気配を遮断させられたと解釈した方がしっくりくる。まるで、意思のある何かによって邪魔が入っているみたいだ。
向けるべき殺意はたったひとりだ。
その人物に対しては、種族柄気配を察知するすることができたのだが、こうも気配の祖とに逃れられればプライドはズタズタに引き裂かれてしまう。
若しくは、息絶えたのかもしれない。猛攻に対応できなくなって、最後は行動選択を誤って死亡という線もなきにしもあらずだが、前者の方が可能性として高い。
苛立ちが襲う。
だが、それはしない。できないとも言えた。
また、狂気に呑まれれば探知どころの話ではなくなるからだ。本能で動いているが故に、すべてをそれに任せられない。
ギリギリ存在する思考を束ねながら、気配を探り始める。
(コロス)
(ころす)
(殺す)
(殺すころすコロス殺すころすコロス殺すころすコロス殺すころすコロス殺すころすコロス殺すころすコロス殺すころすコロス殺すころすコロス絶対に殺す)
けれど、悪の感情の波は制御できないほどに強大だった。
──もうすぐだ。
もう、すぐなのだ。
この悪感情から解放されるのも、もう終わらせることができるまでに来ている。失敗は出来ない。
もう、嫌なのだ。
あと何回絶望を味わえば良いのか。果てない先に掴める未来があるというのに、終わらせられるのに……!
助けは呼べない。
孤独のまま朽ち果てていく身でも構わない。せめて「終わり」が欲しい。
その思いが伝わったのかは定かではないが、その生命を拾うものは露になった。
◇
ここまではうまくいったらしい。
ひとり一息つくユウヤは、視線の先にいる氷獣の背後を確認する。距離は800メートルといったところか。
うまくやったつもりはないが、氷獣がこちらに気付くこともなく移動ができた。2000メートルもの距離を遠回りしながら詰めていくことになったが、その間氷獣の動きは見られなかった。崩壊した本域の中で、動かない氷獣を見る。もう本域か下核領域かもあやふやな(厳密に考えれば下核領域だろう)場で、ポツリと佇む氷獣は、やはり氷獣らしからぬ存在に見えた。
(この状態ならさっさと逃げれば良かったか? いや、そういう問題じゃないだろう)
そんな違和感を気に止めつつ、ユウヤは装備を再度確認する。
(通常弾はおよそ300発分、特殊弾は
無謀だろうか、とユウヤは思う。
だったら、待つのは逃れようのない“死”であるとするならば、初めから終わっていたということになる。
或いは、行動選択のミスがこの事態に繋がっていると考えるべきだ。そこで思い当たる節から「真雪の救助」へと落ち着いてしまうのだが、納得はできた。
彼女は「同族」と言った。それが事実であれば、執拗に追い回される理由として十分だろう。
では、真雪を助けたから招いた結果がわかっていれば、ユウヤはあの状況を見過ごせるであろうか。恐らく、人々の大半は見過ごすのだろう。誰でも自分の命が惜しいし、明らかに面倒事の臭いがするものには触りすらしようとしないのかもしれない。
(……馬鹿だよな、ほんと)
けれど、ユウヤはひとり笑ってそれを一蹴する。助けた分だけ助けてもらったのだ。それを不運の一言で片付けたくはない。だから、助けなければ良かったなんて微塵にも思わなかった。
一族の訃報と現状の悲報に苛まれながら、自身の生きている意味を持たせようとしていた彼女の姿を胸に、ユウヤは意識を氷獣へと集中させる。
勝てる見込みはほぼない。ユウヤは戦闘に優れていない。
それでもユウヤは引くわけにはいかなかった。
「行くぞ!」
☆
氷獣はその気配を察知した。
但し、全速力で突撃してくるソレについては察知するだけでは遅いことにも氷獣は理解した。
振り向き、構える。
敵は一体。標的……では、ない。感じ取れるオーラからも同様なことがわかる。
構えはしたが、反応が遅かったために氷獣は迎撃までに至らなかった。それよりも前に、銃弾が当たる。
傷1つつかない身なれど、この時は反射的に足が退く。そこまで考える脳がないだけに、本能は見えるものだけを追って対処をするのだ。
反撃も出来ないまま、両者が交錯し離れていく。氷獣からは全く動きを見せていないことから、敵の挙動のみに依存しているわけだが、ここまで距離を詰められているなど思ってもみなかったのだ。
場が荒れているにもかかわらず、高速で近付く者──ユウヤは最適なルートを選んで接近してきたのだ。
『オノレ』
邪魔する者は誰でも殺す。
そうしてきた氷獣はユウヤへも例外なく殺意を向けた。
背後に回ったユウヤへそれをぶつけるべく、氷獣は勢いよく振り替える。
だが、それはうまくいかなかった。
首は回ったが、身体が思うように回らない。何事かと思い、氷獣は下に視線を動かした。
──凍結。
身体と地面が氷を以て一体となっており、行動を阻害する要因になっている。
けれど、氷獣にはそれがどんな現象なのかいまいちわかってはいなかった。単に身体が何かで固定されているように視界に映っているだけで、原因を追究できない。
そうしている間に、次がある。
ユウヤは覚束無い足場でスキーマを無理にUターンさせると、光学弾を連射する。勢いのある弾は氷獣の身体が難なく弾くが、存在として鬱陶しくなる。
結果として、氷獣はここで初めてユウヤへと力を行使した。
身体に付着したままの氷が割れた。
「……!」
前進しながらその様子を視認したユウヤは、ピタリとスキーマを停止させ、即座に後退した。
同時に、氷獣から自らが生成した氷を円形状に地面から這いずるように噴出する。ユウヤが先行させた
ユウヤは後退に後退を重ね、這い襲い来る氷を躱していくも、段々と氷獣との距離が開いていく。
やむを得ず、ユウヤは特殊弾を装填する。ここで使う予定のなかったものだが、ここまで来るとチャンスは遠ざかる。無理をしてでも接近せねばならない状況に、及び腰にはなれない。
止まり、光学銃を構える。
けれど、照準を合わせようとしたところで、視界の先には氷の槍を模したものが宙に浮いていた。
「チッ!」
堪らずユウヤは舌打ちをして、銃撃を諦めた。そして、途端に槍がユウヤ目掛けて飛んできた。
反応が早かったお陰で、スキーマを操作し氷獣の円周上を駆けることで難なく躱し続ける。だが、敵もそう馬鹿ではない。ある程度時間が経てば、先回りするように氷の槍が飛んでくる。
無理に身体を拈り、やり過ごす。
身を転がす真似は出来ない。ただでさえ足場が悪いのだ。体幹が良くともバランスを崩せば隙になるし、無理に身体を動かせば傷が開く。そもそも、そんなスペースはどこにもない。
環境的にも圧倒的不利な状況下にいながら、それでもユウヤは冷静だった。
先決は間合いを詰めることだ。たとえ、敵が近距離での攻撃方法を持っていたとしても、それは変わらない。
攻撃を躱すことを優先しながら、隙ができれば光弾を撃ち対応を鈍らせる。効果が見えずとも、そのうち処理能力は遅れてくるという考え方だ。
だが、依然として氷獣は崩れない。火力不足という問題もあるが、こうまでしてスキーマによる機動力で掻き乱しても変化がない。
機動力では勝っているので、破壊力は高いが精密性の乏しい攻撃はまだ1発もダメージを受けてはいなかった。視覚による攻撃のタイミングを計れるのも大きい。
距離が開きすぎてしまえば、そのタイミングもずれるので対処が難しかったが、敵の360度全てに移動できることで相手が思うような攻撃を阻止できている。
しかし、それも時間の問題ではあるのだが。
ユウヤが放った弾の1つが、氷獣に当たって炸裂した。厳密には炸裂したわけではなく、
効果範囲も広いので屋内戦や集団戦では注意が必要だが、微妙に距離が空いたことで使うことができた。
氷獣の動きが止まる。
氷結弾を用いてわかったことであるが、この氷獣には細身ながら想像以上の耐久度と氷の制御力を有している。だから、特殊弾もあまり意味がない。
それでも、一時の隙を生み出せることは可能であった。
──そこに付け入る突破口がある。
(もはや、この氷獣に『ユレイヤ』の血が流れていて間違いないな。真雪の力を間近で見ていなかったら対応が遅れていた)
ユウヤは敵を単なる『氷獣』として、ではなく『ユレイヤ』としても認知していたからこそ、ここまで生き延びられている。
真雪の言葉を信じた結果に、ユウヤは心中で感謝しながら、前に出る。
(なんとなくわかってきた。『ユレイヤ』の『氷』は干渉力が高いが、干渉時間はそこまで早くない。理性がない分、トラップも無視していい。全神経を研ぎ澄ませろ。それでも危険であることに変わりないが、見えていれば対応できなくもない!)
ここに来て、ユウヤは氷獣との距離を詰める。ある程度の分析は終わっている。ならば、スキーマの駆動時間内に仕留めるまでだ。
狙い、発動した氷を跳躍して躱すことに成功、既に干渉が終わっている足場に着地し、更に距離を詰めた。
その間、僅か20メートル。
片手で光弾を乱射させ、もう片方の手に尻ポケットをまさぐらせる。勝負の分岐点を確信し、一心不乱に突撃する。
────だが。
氷獣が嬌声をあげると、唐突に風が靡いた。
◇
「な、……に!?」
ユウヤは顔を上げ、氷獣との距離を測る。目測にして200メートルはあるだろうか。先程と比べれば一瞬にして桁が1つ多くなったと言えよう。
何が起こったのか、ユウヤには理解できなかった。気付いたときには突風に見舞われ、唐突に吹き飛ばされていた。スキーマが正常に機能していたことで体勢はなんとかなったが、それでもまた遠退く敵にユウヤは焦るばかりだ。
そして、漸く事の成り行きに気付いた。
「……雪?」
気付いたときには既に、身体に大量の雪が付着していたのだ。払い落とせるレベルではあるが、身動きは重く不自由だ。
(失念していた! ユレイヤは『氷雪』を自在に操る一族だった)
氷ばかりに気を取られ、近距離戦になった瞬間に切り換えられていたのだ。遠距離戦は重厚のある『氷』を、近距離戦には軽快な『雪』を用いて敵を阻むのだ。真雪が使わなかった手であることで、選択肢から除外していたことが響いた。そんな力は無いとすら思っていた。
どうにしても、距離が開いた結果は悠然とユウヤと氷獣の能力差を物語る。何が理性がない、だ。本能だとしてもとても厄介な敵を前に、尚もユウヤは自分のミスを嗤う。
(こいつをどうにかせにゃならんのかよ、まったく)
このとき、頭の中で未熟な自身を自分が評価していた。
──姫野ユウヤという男は、能力的に凡人である。
(……だから、どうした)
──姫野ユウヤという男は、軍人ひとりが倒せる平均氷獣レベルを遥かに下回っている。
(……その“軍人”だからこそ、退けないんだよ!)
──姫野ユウヤという男は、1対1戦闘に優れた装備を持ち合わせてはいない。
(だからこそ、今まで生きている!)
今回も生きると言わんばかりに自問自答を繰り返し、冷静さを取り戻そうとする。
しかし、氷獣は待ってはくれない。今度は相手方から動きが見られた。立ち止まっているだけだった状態から、体勢を低く構え、同時に空中に氷槍を再現させる。
見るからにわかる。
敵も機動戦をしようとの魂胆らしい。未だ尚、倒れることのない敵に痺れを切らしたのか、ユウヤを優先すべき標的と認めたらしい。
「はっ、ようやくマジになったな? 俺のような三流相手に本気を出してくれるみたいだが、少なくとも時間をたっぷり稼いでやるから覚悟しろよ?」
徐に尻ポケットに入ったままの物が無事かどうか確かめつつ、ユウヤは煽りをいれる。
スキーマの調子は段々悪くなっているのがわかる。ユウヤの一撃が届くまで保つかは不安だが、機動力は失えない。はじめから全力で行くしかないのだ。
両者に間ができる。
数十秒前とはうって変わって静寂が場を満たすが、それももう終わる。
仕掛けたのは氷獣だった。
氷槍が直線上を貫き、ユウヤの眼前へと迫る。それをスキーマによる移動で躱し、光学銃を氷獣へ固定する。
しかし、既に氷獣自らがユウヤへ肉薄していた。身軽な氷体から高速で迫り来る氷獣の姿は、スキーマの機動には劣るものの威圧してくる度合いがまったく違う。
ユウヤは唐突な仕掛けに若干怯むも、光学銃で迎え撃つ。バッテリは少ない。けれど、出し惜しみもしていられず、無邪気に連射する。
氷獣は止まらない。距離を詰められたことで仕方なしに
けれど、氷獣はユウヤの気配を正しく察知する。横に逸れようとしていたユウヤ目掛けて、氷獣が突っ込んでくるのをユウヤは視界に捉える。
絶体絶命のピンチか。ユウヤの選択を否定するように最短距離で接近してくる氷獣に、現状勝ち目は薄くなる。
──だが。
「そうだろうと思ったよ」
氷獣の先には銃口を向けたユウヤがいる。どんなに高速で動いてきても、目で追えるのであれば大した問題にはならない。
ユウヤは引鉄を引く。
放たれた弾丸は通常弾ではない。電撃弾だ。
自らも巻き込まんとする間合いで、
それでも、ユウヤは先に動くことに成功する。電撃弾の中心で零距離で食らう氷獣よりかは、耐性がなくともユウヤの方が先に動ける。
正に、捨て身の選択肢だ。
敵の動きを止めなければならない。しかし、距離が開いていればすぐに回復する氷獣には届かない。
ユウヤと電撃弾との間合いも重要だ。本来であれば、自身は食らわずにギリギリの範囲から追撃を狙っていたのだが、そこまでうまくいかなかった。
それでも、チャンスは到来した。
今度はユウヤが間合いを詰めていく。電撃弾もあり、スキーマが悲鳴をあげるが知ったことではない。
動くなら動け。
念じるユウヤに従うように、スキーマは暴走するように直進を始めた。
それでも、氷獣には届かない。
時間差で氷獣は動くことを認められ、異物を逃がすように頭を振る。
回復された。なれば、氷獣が次にとる行動は『氷』か『雪』か。防御に徹するなら氷だろう。近距離戦だが、対応が乱れた氷獣では『雪』の攻撃は薄くなるとユウヤはみている。
(『雪』の攻撃はここぞというときにしか使っていない。だったら、咄嗟の行動は使い慣れた『氷』! そうだろう!?)
確信は的中する。
身体中から広がり始めた氷が露になる。氷獣による初めての防御体勢だ。普通に光弾を食らっても問題ないはずはないであろうに、直前に電撃弾を浴びていたこともあり、恐らく本能が邪魔したのだろう。
好機がユウヤの目前に迫る。
しかし、より守りを固められては届かない。
だから、ユウヤは次弾を放つと、時間差で跳んだ。
干渉する。
ユウヤの放ったのは電撃弾ではなく、波動弾だった。
地面が振動を起こし、伝播する。
「この攻撃は知らんだろう?」
考えてみれば、相手にとってユウヤのすべての攻撃が初見であったろうに、このときだけはユウヤは誇ってみせた。
ニヤリと笑みが溢れる。
すると、ユウヤの笑みに呼応するようにして、
氷獣に纏っていた氷は砕け、本体のみが剥き出しになる。直接攻撃でないことから氷獣そのものには大したダメージは入っていないが、相手の防御は突破することができた。
それに、地面の振動により、氷獣はバランスを取っていることしかできずにいる。
対して、ユウヤは氷獣へと迫り続けている。跳躍していたことで波動の効果は薄い。少々、抵抗を感じるが、墜落することなく氷獣まで届く距離にある。
意思を持った移動が出来ない分、攻撃を躱すことは難しくなるが、氷獣が動けないことは確認済みだ。
だから、そのまま、前へ。
「……!」
氷獣は無理やり氷槍を生成している。数は1本。形も不完全で小さい。穿つには不十分なそれを、形を持続していることまでしかできてはいない。波動による粉砕と生成が拮抗しているのだ。だから、飛ばしても大した攻撃力は持たないのだろう。
だが、それは氷獣とユウヤの直線上に存在する。このままだと、自らが生んだ勢いに貫かれることになる。ならば、不完全でも致命傷になる代物だ。
──知ったことか。
ユウヤは呟く。だが、声にはなっていない。
叫ぶのも労力だ。力が入る分ましかもしれないが、そこまでの情熱は持ち合わせていない。ただ、冷静に、敵を穿つ!
最小限で氷槍を躱す。
けれど、脇を掠め、抉る。痛みが脳を灼いた。開いた傷口がまた作用して激痛が全身を走る。
尚、前へ。
眼前には氷獣ただそれだけだ。最後の力を振り絞り、ユウヤは右手で氷獣の顔面を叩いた。
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