第15話 急転直下

 ▼


「すまんな、■■。無理を言うようで悪いが妹を頼むよ」

「姫様には魅涼がいたはずです」


 自身の主を目の前にして、■■は明確な拒否を示した。自分がここまで主に反抗の意を顕したのは初めてのことではなかろうか。自分にとっては近侍として主がすべてで、主の使命には率先して従ってきたつもりだ。

 なのに、今回だけは従うことは難しかった。


 黒髪黒眼を象徴とする天道家当主、天道てんどう雪景ゆきかげは苦笑して再度■■に頼み込む。


「魅涼の実力は十分知っているし、それに不満があるわけでもない。……だが。真雪は唯一無二の私の妹だ。そして、私にとってアレの身柄は自身の命よりも遥かに重い」


 感慨深いように笑う主の姿があるが、逆に■■は苛立ちを覚えた。


「私は今まで、雪景様の手となり足となり尽くしてきたつもりです。ですが、主を放っておいてまで私が動くとはお思いにならないでくださいませ。全てはよりも劣る。それが実の妹君であってもです」

「私は天道家の当主として、ユレイヤを従える総帥の腹心として、今一度戦地へ赴かなければならない。奴等も一筋縄ではいくまい」

「なら私もお供致す所存です」


 頑なに■■は雪景に着いていこうとしているのだ。激化する戦場で雪景にとってはこれ以上ない忠臣だ。

 けれど、雪景は首を縦には振らなかった。


「■■、お前は連れていけない」

「どうしてですか!?」


 納得などできなかった。自身の命は主と共にあると自覚してきたのだ。なのに、拒否されたことに納得もいかない。

 すると、雪景は物悲しそうな表情へと変え、無理に口角だけを上げ笑う。


「私は妻を殺したよ」

「存じ上げております。……もしや私のことも疑いを抱いておいででありますのでしょうか。それとも手を汚すのは自分たちだけで充分と?」

「そんなことはない。天道の者は皆、私のために戦うと奮起した大切な仲間であり、家族だ。だが、私は家族を殺し、もうあとには退けぬ身分でもある」

「奥様は裏切りを企てておいででした。あまつさえ、主も手にかけようとした。しかし、残った者たちは貴方とともに。手ともなり足ともなりましょう」


 雪景の妻はユレイヤではない。エラルティアの人間だった。即ち、彼の妻は間者としてユレイヤの秘境へ侵入してきたものだったのだ。彼女がこの戦争でもたらした影響は数知れない。だが、■■は形式的にではあるが雪景への敬意とともに彼女の呼び方を変えることはしなかった。■■もまた、雪景の妻が反旗を翻すなど考えもしなかったのだ。

 けれど、最終的に夫であるはずの雪景にすら牙を向けた。だから、雪景はユレイヤのため妻を冷徹に葬った。隙を捉えれば雪景を殺せるとでも考えていたのかは定かではない。


「私は総帥とともに行く。お前も、誰1人として連れていくことはしない。皆にはここを死守させるのだ。無理だったらそのまま退いて生き延びろ。そして、妹を頼む。私はそう言っている」

「ですが──」

「これは決定事項だ。他の者は何人たりとも連れていけない。お前もだ」


 結局、雪景は■■の言葉を振り切り1人で故郷を離れていった。


「■■は皆とともに生きろ。大丈夫、私はきっと帰ってくるから」


 覚悟の言葉だけが耳に残り、雪景は■■のもとを去っていった。



 ■■が雪景の死を知ったのはそれから4ヶ月後のことだった。



 ◇


 ──ズドンと。


 ユウヤたちが彼女への処置をしている最中に突如として何かが崩れる音がした。それからゴゴゴと不気味に鳴り響くも発生源がわからない。

 まるで、足場全体が揺れ動いているような安定状態からズレを生じさせるものであろうか。


 ──そう。


 その発信源はからなのだ。


(…………気配はない。ないが、これは)


 ふと、ユウヤは考える。対峙したわけではないが、人型の氷獣が外方領域から下核領域へと昇っていった事実がある。更に、ユウヤたちを追う者たちの存在があった。断定はできないが、こちらは確率的に中四強国が第一貫である。


 であれば、下核領域で起きることがあるとすれば何か。考えるのに難しいことはなく、それは氷獣と中四強国の部隊とのかち合わせであろう。

 そして、戦闘に移行した可能性が高い。氷獣を見て人種の取りうる行動は大まかに分けて2つ──戦闘か、撤退かの明確な選択肢──である。部隊の編成にもよるが、Aランク相当以下の氷獣相手では、被害の大小を無視するのであれば多対一で倒せるレベルの軍人が揃っているはずだ。況してや、ここは軍事領域外であることから部隊の選抜は精鋭揃いになる。

 部隊の状態と、敵の危険度と照らし合わせれば相対する選択肢を取ることは間違いではない。


 しかし。


 一歩でも敵の戦力を見誤れば、それは自らの死にも繋がってくる。

 中四強国が相対する選択肢を取ったのであれば、甚大な被害を被る可能性が高いようにもユウヤは思う。それほどまでのあの氷獣の化け物加減が外へと漏れだしていたのだ。


 そして、もし。


 氷獣がまだいて、下核領域を闊歩しているとなれば、ユウヤたちも安全な場所にいるとは言い難いのだ。それでなくとも、ユウヤとマコトは早い段階で追手に付きまとわれている状況だったのだ。少しでも中四強国のある地帯から遠ざかりたいと思うのは自然な話だ。

 そして、ここに来ての地響きである。


(災害レベルの事が起こる可能性も踏まえるべきか。それとも、。本域と今の下核領域との接続は困難だから危険性も兼ねて調べることもできないな)


 もはや、事の一連の流れが結び付いているのではないかという疑念まで生まれている。ユウヤたち2人が下核領域へと降下し、戻ってくるまでの出来事が何らかの力によって連動しているのではないかというものだ。そして、それは正しいと言われても納得ができてしまいそうだった。もともと違和感を感じる場面が多かったのだ。説明がつくなら腑に落ちる。


「まさかとは思いますが、足場が崩れて沈下しませんよね」


 おっかなびっくりといった具合にマコトは顔を引きつらせる。マコトは今は真雪の容態を見ているところで、ユウヤは別として現状の把握を優先させている。

 外方領域から戻ってきたし、日射しを嫌う氷獣への警戒は解くことができたので、一息がつけたことは良いが、それでも油断はできない。何しろ、ここはまだ中四強国の捜査網の範囲にあると推察できるからだ。部隊をここまで押し上げてくるなど信じられないとユウヤは感じてはいるのだが、続く地響きも相まって不安が拭い去れない。


 ある意味、その感覚は正常だった。

 異常なときでは、理想的な行動など理想に過ぎないのだ。

 それは正常に、異常としてやってくる。



 ▼


 近い。


 気配ではない、本能だった。はあまりの動転具合に本能が辿る道を捨ててまで行動した。結果、知るところではない者たちとの遭遇により、無駄な時間を食ってしまった。皆殺しにできたは良いが、本命ではない者たちをいくら肉塊へと変えても気は晴れず、後味は悪かった。


 自分でも疑問に思う。


 あれほど憎んでいたはずなのに、対峙しても彼らへの直接的な怒りは生まれてこなかった。その憎悪の対象はただ1人に定まってしまっているのだ。最早、これは変更の効かない殺人衝動である。


 けれど、大昔の敵を皆殺しにして後味は悪くとも、漏れ出るほどに憎い感情をぶつける程度には発散できてはいた。とはいえ、1か2かの些末なことでしかないのだが。

 ここまで来れば、考え方の問題か。

 内なる気を溜めに溜めて、最後に気分が爽快になるほどに、の顔がひどく歪むまで嬲り殺してみれば良いと捉えればどうだろうか。


 それは、どこまで甘美な体験になるのだろうか。


 のろのろと歩を進ませ、着実に目標へと近付いていく。


 大丈夫だ、焦るな。

 いずれ辿り着く。

 それまでの辛抱だ。


 無理に鼓舞させ、本能をもとに進み続ける。


 ──そして、遂に念願叶うときがきた。


『……………………上』


 見上げ、辺り一面に変わらず張り巡らされている氷を眺めながら確信に至った。理由は特にない。特にないが、断言できる。

 引き寄せ合うからとか、憎しみが生み出した想像力の具現化に成功しただとか、そういうものではない。


 本能が叫んだのだ。

 ならば、それに従わない道理はない。



 ◇


「……来る」


 察知したのはユウヤではなかった。もともと、隠密技術の訓練を受けていたことで、敵を察知する、逃走経路の確保、探索、隠密移動といった面で、他の戦闘員よりも優れているとは自負しているところだ。

 けれど、今回に限って言えば、ユウヤが察知する前から真雪という少女はユウヤよりも上を行く。


 遅れて、ユウヤも違和感が肌を刺す。もともと、層の異なる領域による認知はうまくいっていなかったのだが、真雪の言葉によりその存在は大きく膨れ上がるまでになっていた。


 そして、あとから疑問が残る。


 ──どうして彼女が先に気付けたのか。


 答えは案外すぐに辿り着く。彼女はである。言い訳の代名詞として扱われるようになるのはユウヤも歯にもの着せぬ思いだが、氷獣の本体の性質も踏まえてそういうことなのだろうと勝手に予測する。

 ただ、その答えで十分かと問われればそうでもない。周囲の知覚といっても層を挟んでのものならば能力としてみても難しいはずだ。第一、彼女は体調面で現在優れているとは言い難い。

 であれば、能力を行使するにしても何かしらリスクが伴うのではなかろうか。今のところ、彼女に変化は見られない。


 よって疑問は形骸化してしこりのように片隅に残った。


 ──しかし。


 疑問を口にするまでの短い時間すらもないほどに、余裕は一瞬にして奪われる。

 ぴしりと、亀裂の奔る音がユウヤの耳に届いた。通常ではなんとも思わないようなその音がざらりと脳へと反響し、不快感が断続的に続く。


「スキーマを起動させろ、ここから早急に離脱する!!」


 結論を導く前に指示が自分の口から出たことは、日々の経験ゆえの感覚的な反射だ。本能はときに理性ある行動よりも勝る。従って、予測も何もないままに叫んだ。

 直ちに、スキーマを起動させ、駆動を確認する。マコトもそれに倣う。


 ぴしりと、また鳴った。


 気にする暇もなく、ユウヤは荷物を無理矢理リュックに押し込んで、体勢が崩れたままスキーマを走らせる。


「──ぐへっ!?」


 息が不自然に吐き出されたような声を漏らすは真雪だ。理由は単純で、ユウヤが彼女の身体をスキーマの発進に伴い、それなりの速度を以て抱き寄せたからだ。

 留まっていたところから南東方向に急速に移動する。光学エネルギーを主とする軍用器具や武具の中で、スキーマというものはエネルギーの消費が激しい。しかし、それも考えずに離脱を決断した。


 追従するようにマコトが後ろにつく。下手な指示にも関わらず、すぐに対応してきたあたり、彼の優秀さを物語っているが、今はそれを考える所ではない。


 そして。


 ユウヤたちが移動を計ったとともに、連鎖的に氷の足場はミシミシと不穏に鳴り響き、いつしか言葉通りに崩れた。

 もしあの場に留まっているタイミングが少しでも遅ければ、崩落に巻き込まれていただろう。余裕のない中で辛うじて後ろを振り返ると、足場が次々と破壊されていくのが見える。落ちれば、下核領域に逆戻りだ。そもそも、今の状態で落ちれば恐らく怪我どころでは済まない。


『急になんすか、あれ!!?』


 通信システムが起動し、そこからマコトの声が漏れる。迫り来る脅威に声音に焦りが見える。


「知るか。突然変異だろ、不意の自然災害はあるあるだ」

「いや、あれはだよ」

『は?』

「……どういうことだ」


 するりと割って話に入る少女の言葉に、マコトの間の抜けた声が聞こえてくる。真雪へと腹辺りに衝撃が加えられたのだが、すぐに話せるようになっていると張本人であるにも関わらず、ユウヤは他人事に思いながら話を聞く。

 真雪は一言、表情を歪ませて答えた。


「同族だよ」

「同族って、君の他にはユレイヤは発見されていないはずだ。そもそも、この下にはいても氷獣だけだ」

「その氷獣ってやつがなんなのか、いまいちまだわかってないのだけれど、これだけは言える。


 説得力は、一応ある。

 層違いでも敵をすぐに認知できたこと、ユウヤが認知できなかったこと、連鎖的に足場が崩れたこと。その積み重ねられた要因は、ユウヤが否定できないものだった。単一な要素だけであれば偶然とも言えるが、生憎と今回は心当たりもできている。


(このの言っていることが事実として、本当に故意なら──)


 崩壊を背にしてひたすら走る。時速で100キロメートルほどで、スキーマの性能上出力は半分だが、真雪を抱えていることも考慮してこれ以上のスピードは出せない。それでも、慣れないものにはきつい体験になるだろう。

 ただ、崩壊よりもこちらの移動の方が速かったことから、なんとか巻き込まれることは免れた。


 数分の出来事だった。

 崩落が止み、ユウヤたちも距離をおいてスキーマを停止させる。一転して静寂が訪れる。今までの事がすべてなかったかのようだ。


「まじで何なんですかねぇ。急にも程かあるんじゃないですか」

「崩落現象はそこまで珍しいことではないが、実害に遭うのは稀だしな。だが、今回は」


 スキーマの駆動音がなくなった時にはもうユウヤにもよくわかった。ここから走ってきた道には目視でわかるものはなにもないのだが、崩落の跡の先に何があるのかは聴覚が機能していた。

 そして、遅れて憎悪にも似た感情をのせた空気がユウヤを直撃した。


「あのときの、氷獣か……?」

「あのときって何?」


 ぼそりと出た言葉にすぐ真雪が反応する。表情は暗いが、ユウヤの捉える意味とは別として余程気にかかるものらしい。彼女ははっきりと発した。その意味が分かり兼ねない分、ユウヤは単なる氷獣としか捉えきれていないのだ。


「恐らく、下の領域で確認したやつだ」

「氷獣は本域に出ることを極力嫌います。本当に氷獣ですかね」

「……気配がある。5、6キロメートルは離れているのにこの威圧、俺の感覚に間違いがなければな」


 何しても、更に距離は取っておきたいところだ。二次災害も有りうることから、この場で様子見とはいかない。ユウヤは真雪の方を向いて訊ねる。


「崩落は止んだが、更に離れる。君の方は大丈夫だろうか」

「──問題ないわ。こちらも何か悪いわね」


 最初のときのように置いていけと言われない分、少しは打ち解けているとユウヤは感じた。警戒はされているが、攻撃を仕掛けてくることはなさそうだし、この混沌としてきた中で逃走する様子も見られない。

 また、勝手ながら彼女の戦力は欲しいところではあった。流石に、無理矢理とは行かないが、いざというときにユレイヤの力が借りられる可能性があるのは大きな余裕をもたらしていた。残念ながら、今は彼女が万全ではないので頼むことはしないが。


「取り敢えず、ここはまだ危険ですし移動を──」


 マコトも賛同し、また動こうとしたとき。


 ユウヤはこちらに向けられた悪意を感知した。当然と言えば、当然ではあるが、今までのものとはまた違った悪意が背筋を震えさせた。別のところから──即ち、中四強国のものではない。悪意は目の先にある。

 ならば、この悪意は何なのか。

 ぼんやりとしていたものが、具象化されたような感覚だ。


 そして──。


「避けろ!!」


 その悪意は眼前へと到達する。ユウヤは反射的に電磁シールドを起動させ、2人を庇うように前へと身体をスライドさせる。

 気付いたときにはもう遅い。


 何かが、ユウヤの脇腹を擦った。


 激痛が脳へ届く。攻撃手段が見えないままに、痛みだけがユウヤを襲ったのだ。血が滴る。身体のバランスが取れなくなり、ユウヤは片膝をついた。


「ぐっ!?」

「先輩!」


 視界にはマコトと真雪が映る。どうやら無事なようだ。だが、脇腹が何かによって抉れたのは事実だ。出血過多まではいかないが、下核領域でも血を流していた分、この傷は重くもある。


(あと数センチずれてたら即死だったな。とはいえ、今の攻撃は何だ?)


 防御に入る際、ユウヤはシールドを展開させていた。だが、予めわかっていたように、シールドは簡単に貫通した。それはつまるところ、ということに帰着する。


 電磁シールドは光学弾等の科学エネルギーによる攻撃を一定まで削減するものだ。特殊弾であったり、遠い過去に用いられた鉛玉からは防御が難しいのである。

 そこで、科学エネルギーが主流の人種国家のものではないことが確定した。なれば、やはり攻撃を放った悪意ある本人が、氷獣であると結論付けられる。


 ただ、完全にそれらを防御することはできないが、ある程度に攻撃を逸らせたりすることは可能だ。今回、起動させた理由もそれである。現に、致命傷は避けられた。


「マコト、スコープで視認できるか?」

「今、やってます」


 マコトの対応は早かった。次弾が来ることも踏まえて真雪も一緒に伏せさせて、自分は狙撃用光学銃の遠視鏡で辺りを確認する。ユウヤを心配するも即座に安全の確保をしようとするマコトの姿勢に、ユウヤは頼もしさを感じた。こういった場面で優先順位を履き違えないところは彼も軍人といったところか。


「また来る」


 傷の手当てを行っているユウヤの心情を無視し、そう告げたのは真雪だった。

 そして数秒後、音速を超えるほどのスピードで何かが3人の頭上を通り抜けた。寒風が遅れてやってくる。もし、直立していたらピンポイントで当たっていたところへと、弾道が確認された。


 確認できたのは、それだけではない。


「氷!?」


 一瞬ではあるが、氷の槍が視認できた。


「マコト!」

「ダメです! 弾道を辿っても周囲3000メートルで見当たりません」


 愕然とする。

 5、6000メートル離れたことで、攻撃をしてくる主が捕捉できないでいるのだ。狙撃銃をもってしても、射程は2000メートルでは届かない。

 にも拘らず、敵は平然とこちらに恐ろしい精度で攻撃してくるのだ。


 届かない距離に相手がいて、更に敵の射程も把握できていない状態で、精度の高い攻撃に背を向けて逃走するなど自殺行為もいいところだ。

 それに、ユウヤ自身が傷を負ったことで逃走自体も困難になってきている。


(知覚外からの攻撃に氷、崩落、それに同族……)


 ようやく彼女の言葉を理解し始めたところだった。けれど、想定以上に自体は悪化している。すべての要因が該当しているとするならば、規格外と言って良いだろう。

 まだ、姿すらも確認できていないのに、これだけ防戦一方になるということは、敵に距離の概念は存在しないことと同値だ。


 そう考えている間に、氷の槍が次々と上部を通過していく。屈む3人へと当たらないところを見ると、視覚的な情報は持っていないと推察できるが、この場から動けないのでは意味がない。


 迎撃の言葉がユウヤの頭に過る。

 だが、迎撃をするにしても距離を詰めなければならないだろう。目の前は崩壊の惨状があるところをだ。

 無理だと判断するのに時間はかからなかった。


 真雪のように、能力を行使するエネルギーの枯渇があれば良いが、結局いつまで続くかわからない凶刃に対して待ちに徹するのは愚策だろう。

 大体、奴が狙う要素からして不明なのだ。まるで、対象のみをサーチする機能でも備わっているのではと錯覚してしまう。


(……サーチ。これもユレイヤの力か?)


 ふと思い至り、真雪をちらと見る。彼女は崩落や攻撃を予測して見せた。そこをもう疑う気はない。

 ならば、ユレイヤとしての本能が危機的状況を、或いは同種の能力行使を知覚できるのではないかと推測できる。だったら──。


「また来ます!」


 考察がまとまる前に、マコトの言葉に我に返る。その時にはある1発が3人の前に着弾した。辺りの雪が高く舞い、視界が遮られる。危なく、直撃しているところだったが、マコトの言葉で何とか二次的な被害をやり過ごす。


 回避したのは束の間だった。


 ちらと上空で不自然に何かが光った。

 真っ青な空に雪が降るのは相応しくはない。だったらそれは。


 氷の雨としての、3人を襲う凶器だった。

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